古い龍
龍椀のガルドは、乾いた大地を踏みしめながら、急なはげ山を登り続けていた。彼の額には汗が浮かび、呼吸は荒く、足取りは重い。しかし、その目には確かな決意が燃えていた。
「ドランゴドラ……あの野郎……」
彼は歯を食いしばり、怒りと悔しさで胸が張り裂けそうだった。
長年、側近としてドランゴドラを支えてきた自分が、まるでバカのように思えた。あの男はついに、幼女を力づくで奪い、姿を消してしまった。しかし、ガルドにはまだ希望があった。
幼女が連れ去られる前日、運よくガルドは幼女に魔法をかけるように言い、祝福をもらっていたのだ。その希望が、今のガルドを支えていた。
「だが……このままではいかん。」
ガルドは腹の減りを感じながらも、簡単に食べ物を口にすることはできなかった。魔法の力は、食べたものの力を取り込むもの。もしも弱い魔物の肉を食べてしまえば、その弱い力しか手に入らない。それでは悲しすぎる。
「牧場の魔物のステーキなんか……食えるか!」
彼は自分に言い聞かせるように呟き、拳を握りしめた。
ガルドは数人の特殊能力を持つ仲間を連れ、ドラゴンの谷へと向かっていた。彼らの目的は一つ――ドラゴンの肉を手に入れることだ。
「何が何でも……ドラゴンの肉を食ってやる。」
ガルドは心に誓った。
命と引き換えにでも、食うか食われるかの戦いの中で、ほんの一片でもドラゴンの力を手に入れれば、彼はあの圧倒的な力を得ることができる。たとえそれが鱗の一片でも、ドラゴンの力を取り込めば、一国の王にもなれるだろう。
「だが……ドラゴンの谷は危険だぞ。」
仲間の一人が慎重に言葉を挟む。その声には不安が滲んでいた。
「あそこには、ただのドラゴンじゃない。伝説の古龍が棲むとも言われている。一歩間違えば、我々が食われるのが関の山だ。」仲間は、ワイバーンでも良いじゃないかと何回もガルドを説得していた。
ガルドはその言葉を聞き、一瞬黙考する。しかし、すぐに顔を上げ、力強く言い放った。
「それでも行く。これで死んでも本望だ。ドランゴドラから……幼女を取り戻す。俺たちは、もう後戻りはできねえんだ。」
仲間たちは互いに顔を見合わせ、やがてうなずいた。彼らもまた、ガルドの決意を理解していた。
「わかった。だが、戦い方は慎重にな。古龍の力を手に入れるためには、生き残らなきゃ意味がねえ。」
ガルドは頷き、再び前を向いた。
「ああ……死んでも、ドラゴンの力を手に入れる。それが俺たちの最後の賭けだ。」
足取りは重く、疲れも相当たまっていた。ドラゴンの谷へと続く道は険しく、危険に満ちている。しかし、ガルドたちにはもう選択肢はなかった。
――食うか食われるか。
その戦いの中で、彼らは運命を切り開こうとしていた。
ドラゴンの谷の入り口が近づくにつれ、空気は重くなり、不気味な風が吹き抜ける。ガルドはその風を感じながら、心の中で呟いた。
「待ってろよ、ドランゴドラ……俺は必ず、古龍の力を手に入れてやる。」
彼らは谷の奥へと進んでいった。
いにしえの古い龍は、その巨大な目をゆっくりと開き、遠くを見据えた。風が運んでくる微かな匂い――人間の匂い。その匂いはまだ遠く、しかし確実にこの谷へと近づいてきていた。
「ふん……」
古い龍は低く唸り、その声は大地を震わせるほど重厚だった。
「目当ては我の鱗か、爪か、はたまた首か……。」
その言葉には、どこか嘲るような響きがあった。
古い龍は長い年月を生きてきた。その間に、無数の人間が彼の力を求めてこの谷へと挑んできた。しかし、誰一人として彼の首を取ることはできなかった。
「人間どもは、我が首を取ればドラゴンスレイヤーとして名を上げ、その子孫七代まで栄えると夢見る……。」
古い龍はゆっくりと首を振り、その動きだけで周囲の空気が渦を巻いた。
「それがただの龍ならともかく、我は古龍……。ましてや、特殊能力や魔法を使う者が何人束になろうとも、我の首を取れると思うなよ。」
古い龍は焦らなかった。むしろ、彼はこの状況をある種の楽しみとして受け止めていた。長い年月を生きてきた彼にとって、人間の挑戦は退屈しのぎの一つでしかなかった。
「さあ、どうなるか……。」
彼はゆっくりと目を閉じ、再び深い眠りにつくかのように静かに息をついた。
「我の力を求めてくるなら、その代償を払うがいい……。命と引き換えに。」
谷の奥では、風が不気味に唸り、古い龍の存在感がますます重くのしかかっていた。その圧倒的な力は、谷全体を支配し、挑んできた者たちに恐怖を与えるのに十分だった。
一方、谷へと近づくガルドたちは、その重い空気を感じながらも、足を止めることはなかった。
「あの古龍の力……それを手に入れれば、国だって取れる……!」
ガルドは心の中で繰り返し、自分を奮い立たせた。
「たとえ命を懸けてでも……!」
古い龍は再び目を開き、遠くを見据えた。
「さあ、来い……人間どもよ。我の力を求めるなら、その覚悟を見せてみよ。」
龍の攻撃は、まさに圧倒的だった。
ガルドの仲間たちが一斉に飛び掛かろうと身構えたその瞬間、辺りにキーーーーーーンという何とも不快な高温の音が鳴り響いた。その音は、まるで金属が軋むような、あるいは地獄の業火が咆哮するような、耳をつんざく轟音だった。
「ウゴォオオオオオー!!!」
仲間の一人が悲鳴を上げ、その声はすぐに途絶えた。
「ガハッ!」
別の仲間もまた、その場に倒れ込む。
彼らの耳や目、口、そして毛穴――体のあらゆる穴から血が噴き出し、その瞬間に絶命していった。その光景は、まさに地獄絵図そのものだった。
ガルドは一瞬の判断で命を拾った。
甲高い音が響いた瞬間、彼は直感的に「これは命が危ない」と感じた。次の瞬間、彼は自分の両耳にナイフを突っ込み、無慈悲に破壊した。
「ぐっ……!」
激しい痛みが走り、彼の視界は一瞬真っ暗になった。しかし、その判断が彼を死の淵から引き戻した。
耳を破壊したことで、龍の音波攻撃の影響を最小限に抑えることができたのだ。
「くそ……くそったれ……!」
ガルドは地面に膝をつき、血まみれの顔を上げながら必死に呼吸を整える。彼の周りには、仲間たちの無残な姿が転がっていた。
「みんな……みんな……!」
彼の声は震え、怒りと悲しみが入り混じっていた。しかし、今はそれに浸っている場合ではなかった。
龍はゆっくりとその巨大な頭を動かし、ガルドの方を見下ろす。その目には、どこか興味深そうな光が浮かんでいた。
「ふむ……一人だけ生き残ったか。」
龍の声は低く、重厚で、まるで地鳴りのようだった。
「耳を破壊してまで生き延びるとは……なかなかの判断力だ。だが、それだけで我に勝てるとでも思うのか?」
ガルドは必死に立ち上がり、龍を見据えた。彼の目には、涙と血が混じり合い、視界はぼやけていた。
龍はゆっくりと首を振り、その動きだけで風が渦を巻いた。
「愚かなる人間よ……我の力を求めるなら、その覚悟を見せてみよ。」
その言葉と共に、龍は再び攻撃の構えを見せた。
「だが、お前の命はもう長くはあるまい。」
ガルドは必死に呼吸を整え、龍との距離を詰めようとする。彼の耳は聞こえず、視界もぼやけている。しかし、彼の心には一つの思いしかなかった。
「力が欲しい.......」
その思いが、彼の身体を動かしていた。
古い龍は、ガルドの姿をじっと観察していた。その小さな人間が、どうやって次の一手を打つのか――あるいは、どうやって死を受け入れるのか。彼は興味深そうに目を細め、次の瞬間を待っていた。
「さて、どうやってこの小さい者を星にしようか……」
龍の心の中には、ある種の遊び心が浮かんでいた。長い年月を生きてきた彼にとって、人間の最後の抵抗を見るのは退屈しのぎの一つでしかなかった。
しかし、次の瞬間、ガルドは地面に這いつくばり、涙ながらに龍に向かって懇願した。
「実は……実は俺の娘が、ドランゴドラという男に連れ去られたんだ! 俺は奴から娘を取り戻したくて……それには金が必要なんだ! どうか……どうかそこに落ちているあんたの鱗一つだけで良い、俺にくれないか? 頼む……古い龍よ、ちっぽけな人間に慈悲を!」
そう言うと、ガルドは地面に頭をこすり付け、必死に懇願する。
古い龍は、興ざめしたような表情を浮かべた。
「ふん……娘を連れ去られたか。」
彼はゆっくりと首を振り、その動きだけで風が渦を巻いた。
「まあ、可哀そうではあるな。」
龍の声には、どこかため息混じりの響きがあった。彼は長い年月を生きてきたが、家族を奪われるという悲劇にはいくらか共感を覚える部分もあった。
「……仕方あるまい。」
龍は大きな欠伸をしながら、指先で地面に転がっている自分の鱗を軽く弾き飛ばした。その鱗はガルドの目の前に転がり、鈍く光を放っていた。
「ほれ、取るがいい。だが、これ以上我の眠りを妨げるなよ。」
そう言うと、龍は再び目を閉じ、深い眠りについた。その姿は、まるで何事もなかったかのように静かだった。
ガルドは涙ながらに鱗を拾い上げ、その手にしっかりと握りしめた。
「ありがとう……ありがとう……!」
彼の声は震えていた。
「これで……これで娘を取り戻せる……!」
龍はもう何も言わず、ただ静かに眠り続けていた。その巨大な身体は、谷の奥でゆっくりと上下し、まるで山そのものが呼吸しているかのようだった。
ガルドは鱗を懐にしまい、ゆっくりと立ち上がった。彼の耳は聞こえず、身体は傷だらけだったが、その心には希望が灯っていた。
彼は谷を後にし、闇の中へと消えていった。
一方、古い龍はそのまま眠り続けていた。彼にとって、ガルドの存在はもう過去のものだった。
「ふむ……人間どもはいつも面白いことをするものだ……」
彼は心の中で呟き、再び深い眠りに落ちていった。
その谷には、再び静寂が訪れ、龍の寝息だけがゆっくりと響き渡っていた。
いつもイイねをくださる優しい「あなた」に、心から感謝を。
その小さな一押しが、物語の翼となり、遠くまで届く風となる。
ブックマークは、ページに刻まれた足跡。
その足跡が増えるたび、物語は新たな読者との出会いを果たす。
作者の心は、読者の温かい反応で満たされ、
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あなたのその一押しが、次の物語を生み出す原動力になる。
さあ、物語の旅を、一緒に続けよう。
──オレンジより、感謝を込めて。




