九
「これで村に住んでいる人の紹介は終わりです。おやしきに帰りましょう」
「分かりました」
私は胡桃様や藍紫様と別れて、柊くんとおやしきに戻る。
「この村に住む人は、これから増えていくのですか?」
「そうです。令和6年になってから、まだそれほど年月は経っていません。でも来年になればきっと、たくさんの人で村が溢れそうになっているはずです」
「そうだとうれしいです」
せっかくの新天地。ソラ様を含めて6人だけでこの広い村で生活していく、そう考えたら寂しい。
そこで村の住人がどんどん増えていけばいい。そしてできれば婚約者である、ソラ様とも会いたい。
「結婚することが幸せって世の中じゃあ今はありません。そこでリリニアさんは村で新しい生きがいを見つけた方が良いですよ。ソラさんは引きこもって他人と関わらないですし、フロストさんは何言っているか分からないですし、帝国の指示で結婚する必要はありません」
柊くんも帝国の言葉は分からないみたい。
普通に考えたらこの国はもちろん、日本から異世界転移してきた人が帝国の言葉を話せるわけがない。そこでフロスト様がこの国の言葉を勉強するほかないけど、それは難しいのかな? そこで今フロスト様はよく分からない言葉を話す人に、この国ではなってしまっている。
「完璧ではありませんが、私は帝国語が使えます。そこで私がフロスト様と話します」
そうするしかない。私は帝国語を少なくとも他の人よりも使えるし、日本語もバッチリ。そこで他の人とフロスト様の橋渡しくらいはできるはず。
「ありがとうございます。ソラさんとは会えませんしフロストさんとは話せないしで、困っていたんです。一応僕はソラさんやフロストさんの家で働く使用人ですが、今は離れの管理しかできてませんでした。でもこれからはおやしきと関われるように頑張ります」
柊くんはかなりうれしそう。これはかなりフロスト様とのコミュニケーションに困っていたんだな、柊くん。
「そうだ、おいしいいちごのタルトを昨日もらったんです。リリニアさんも食べますか?」
おやしきに戻ってきてから、柊くんが提案する。
「はい、いただきます」
きっと帝国や王国のいちごタルトよりもおいしいはず。
私が住んでいた王国には真っ白の砂糖がなくて、帝国の砂糖は質があまり良くなかった。そういうこともあってか、今まで本当においしいお菓子を転生してから食べたことはない。
でも日本から異世界転移してきた柊くんがおいしいと言ったいちごのタルト、それはきっと本当においしいはずだ。どんな味か気になる。
「こんにちは、柊。隣のきれいな女性は誰?」
黒髪ショートカット、黒色の瞳。帝国の人というよりも異世界転移者っぽい見た目で、なおかつきれいな男の子がリビングにいた。
「この人はリリニアさん。ソラさんの婚約者様ですよ。で青空さん、いきなりどうしたんですか?」
あきれたように、柊くんは青空と呼ばれる少年を見た。
「僕はフラフラ生きているから、今日も気が向いたから来ただけ。僕は青空、この近くに住んでるんだ、よろしくね」
青空様の、これまでにないフランクな態度に戸惑う。
「ソラはここに追い出されてから、基本的には帝国と関わりがないはず。それなのに帝国から婚約者が派遣されてるのか、全く分からない。ところでリリニアは言葉上手だね? どこで学んだの?」
いきなりのタメ口に戸惑う。青空様はどうやら、なれなれしい人なのかな?
「私は異世界転生した来たので、産まれてからすぐに日本語を使うことができました」
「そーなんだ。だったらこの国にこれてよかったかも。基本的に日本語が通用するのは、この国と、この国の近くにあるエゾやリュウキュウだけだもん。それに他の国よりもずっと、この国は自由だよ」
「そこは分かりません」
私はこの国のことをよく知らない。日本と似ているということは知っているが、それ以外の情報が帝国や王国にはなかったのだ。
そこで王国や帝国よりも、この国に自由があるか分からない。
「そう? この国は同性婚が認められていて、夫婦別姓がフツーだし、そして性別移行も日本よりもしやすくなっている。そうこの国は日本を含めて、一番生きやすい国だよ」
「ドウセイコン? フウフベッセイ? セイベツイコウ? 聞いたことのない言葉です」
私が住んでいた王国、それから帝国でも聞いたことはない言葉達に混乱する。
「日本では自分の信じることが大事な政治家が拒否っているので認められないこと。そのおかげでこの国に日本から異世界転移する人が増えてるって、な柊」
「そうです。僕も日本で生きづらかったですが、この国に来てから楽になりました」
「そうそう。この国が一番良い」
青空様の意見に対して、思いっきり賛成している柊くん。
異世界転移や異世界転生といえば、普通は文化レベルの低い世界へ行き、そこで元の世界で身につけた知識を生かして暮らして幸せになっている。
でも話を聞く限り、日本よりもこの世界の方が栄えていそうだ。青空様だけじゃなくて、柊くんも言っているから、絶対そうだろう。
「いちごタルトがあるんだった、用意します」
柊くんはるんるんとキッチンの方向へと向かう。
「リリニアはこの村から出ても、きっとやっていけるよ。帝国の見張り、いや別の国の見張りもいないしさー、どう?」
「別に良いです。私はソラ様の婚約者ですから、ここでいます」
決められた婚約者と結婚しなきゃいけない、その考え方をどうしても変えられない。
でもこれからこの村で生きていったら、私の考えも変わるのかな? そこらへんはよく分からない。