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「こちらでお待ち下さい。迎えの者がもうじき参ります。では私たちはこれにて失礼します」


 王国から帝国を経由して、このエゾまで一緒に来てくれた帝国の侍女達。ここでお別れだ。


 ここはエゾにある宿泊施設の1室。私がこれから住む国とは違って、エゾには帝国の人が自由に行くことができるらしい。そこでここまで帝国の侍女達はついてきてくれたのだ。


「ありがとうございました」


 ツバキ様とは帝国でお別れしたのもあってか、侍女の人達は全然知らない人達だった。


 でも私のような小国の貴族令嬢という、帝国からしたら価値があまりないような人にも、ちゃんと皇族の婚約者として扱ってくれた優しい人達だ。


 これからの生活は、はっきり言ってどうなるか分からない。


 このまま私が暮らす国、ホンシュウへと向かう。ホンシュウで私は婚約者である、ソラ様と一緒に生活する予定。それだけが決まっているだけで、それ以外は全く何も決まっていない。例えばソラ様がどういう人なのか、それすら私は知らない。


「シレラ様ですか? 私は簓木木々簓木木々(ささらぎきき)と申します。では今からアゴーニ様の住んでいらっしゃる家に案内します。ところで侍女はいらっしゃいますか?」


 少し待っていると、緑の髪をしていて黒い目をした20代後半の人が部屋にやってきた。このいかにも漢字が似合いそうな名前を聞いて、嫁ぎ先へ近づいたことが分かる。


「侍女はいません。遠い国に侍女を連れてくるわけにはいませんもの。では行きましょう」


 この宿泊施設にくるまでは皇族の婚約者として、それなりに着飾っていた。パーティーでは『神の子』として和装をしていて、それ以外の時は帝国で流行っているドレスを身にまとい、その影響で侍女がたくさんの荷物を持っていた。


 でもここからはそういうのはいらない。


 必要なものは嫁いでから生活にあったものを買えばいい。そこで大事にしている物や、新しく作ってもらった服を何枚かだけ鞄につめて持ってきた。


「そうですか。でももう家にシレラ様の生活用品を持ってきてもらったので、大丈夫だと思います。ただしこれからシレラ様が住むところはかなり田舎で、お店がありません。そこでまずは買い物へ行きますか?」


「買い物はしなくて大丈夫です。お店がないということは、田舎なのでしょうか?」


「そうです。生活レベルは高いかもしれませんが、家や畑くらいしかありません。では行きましょうか」


 木々様は歩きながら、私がこれから住む場所のことを説明してくれる。


 私がこれから住む場所は、知音(ちいん)集落と呼ばれることが多いらしく、私が前世生きていた世界とこの世界の狹間にある別世界らしい。そのために知音集落には異世界転移者と呼ばれる、私が前世生きていた世界からこちらの世界にやってきた人も多く、なんとインターネットも繋がることがあるらしい。


「エゾはまだ帝国よりです。ですがここから向かうホンシュウは魔法メインとは言え、別世界の影響をいっぱい受けていて、恐らくシレラ様が今までいたところとは違う感じがします。それからハザマの世界には別世界そのものの町もありますから、楽しいですよ」


 私が前世生きていた世界のことを、木々様は別世界と話す。


 そんな別世界よりの田舎に住む、帝国の皇子であるソラ様。どんな人か、私には想像できない。


「たしかにエゾは帝国と建物の感じが似ています。でもそれ以上に別世界の影響が強いです」


 ソラ様のことを考えても仕方ないので、木々様と会話を続ける。


 私が元々住んでいた王国や帝国の都会によりも、エゾの方が生活レベルは高い。それはコンクリートみたいな物質で舗装された道、ときどき見かける車らしき乗り物、そして信号にしか見えない置物があるから。王国はもちろん、帝国にもこれらの物はなかった。


「ここから船に乗り、ホンシュウへと向かいます」


 前世テレビでたまに見た、田舎の港みたいな場所。そこで手続きを終えた後で、私は木々様と一緒に船へ乗る。


 小さいけど立派なつくりの船。これは帝国からエゾにくるまでに乗った船は豪華で立派ではあったけど、そんな船よりも安心感が強い。


 なんだか私は見知らぬ国であるホンシュウへと向かうのではなくて、前世暮らしていた日本へ戻るような気がしてきた。


「ここがホンシュウです。これからハザマの世界へ向かうための転移陣のあるところへ行きます」


 船からおりたら、そこには日本があった。


 異世界って雰囲気は全く無くて、記憶の中にある日本へ戻ってきた。それ以外のことが考えられない。


「分かりました」


 私は木々さんについて、日本にそっくりの町を歩く。魔法陣というファンタジーな言葉にも負けないくらい、日本っぽさがある町。


 私はここへ来たのじゃなくて、戻ってきたのだ。その気持ちが段々強くなる。


「ここです」


 こぢんまりとした家の中へ、私は案内されるまま入る。


 家の中には複雑な絵が、床いっぱいに描かれている。それ以外は変わったことがない、日本の家だ。天井には蛍光灯があり、携帯電話らしき物が机の上に乗っている。そう王国や帝国では考えられもしない、日本の家。


「ではここからハザマの世界へ向かいます。ここに乗って下さい」


「はい」


 絵の上に乗ると、ふわっと身体が浮いた。


「ではここがハザマの世界です。ここから知音集落へ向かいます」


「はい」


 さっきと光景が全く変わっていないから、何も起きていないのじゃないかと思う。とはいえ私は木々様について、家の外へ出た。


「自然豊かです」


 日本の町から、日本の森へ。家の周りがすっかり変わっていた。


「ハザマの世界はまだまだ発展中です。そこでどんどん新しい町や村が増えているのですが、こういう風に森も多いです。ちなみに知音集落は令和の6年にできたばかりという村なので、令和6年村と呼ばれることもあります。令和6年は今年、2024年ですよ」


「ホンシュウの元号がレイワなのですね」


 レイワという元号を前世では聞いたことがなかった。そこでレイワは日本ではなくて、ホンシュウ独自の元号なんだろう。なんか元号が違うから、ホンシュウが日本とは違うって感じがしてきた。


「いえ違います。令和は別世界の日本で使われている元号です。貴族令嬢の令と、平和の和で令和です。平成が終わりまして、元号が変わりました」


 私は昭和に産まれて、平成で亡くなった。そして私が王国で生きている間に、日本では平成が終わり令和となっていたらしい。


 私が亡くなっても、私がいなくても、それに関係なく国は変わっていく。そこは少し寂しい。


「あちらが令和6年村、知音集落です」


 私の寂しさに気づかないまま、木々様はある家の集まったところを指さす。


 よくある日本の家が集まる場所、あそこが知音集落らしい。


 そうあそこで、私は新しい生活をはじめるのだ。


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