deux
帝国の使者がくる。そこで歓迎のために舞踏会が行われることとなった。
淡いピンクで、フリルとリボンがたっぷり使われた豪華なドレス。それを身にまとったマリア様はずっと王子と一緒にいる。
このまま婚約されるのだろう。それほど青い髪はこの国にとって貴重なのだろう。
いけない、いけない。王子のことは気にしない。もう私は王子の婚約者ではなくなるのだから。
「この国の方ですよね。初めまして、ツバキです。ツバキ・ヴィーニシャと申します」
華やかな花柄の着物に、質素な紺の袴。この世界ではありえないと思っていた、和装をしている人だ。
この人は帝国の人だ。帝国の人が、単なる貴族令嬢である私に何か用だろうか? まさか私が王子の婚約者だと知って、話しかけてきたのかな?
それよりもこの人は日本語で話している。それは私の前世で使われていた、私以外は使うことができないはずの言語だ。そこに驚いた。
「初めまして、リリニア・アラリーヌ・シレアです。帝国ではこの国と服装が違うのですね。そこで着物を着るのは普通ですか?」
私も日本語で話す。
帝国ではこの国と違って裾を一切膨らませていないシンプルなドレスを女性は着ている、そうこの国と帝国では衣服の文化が違う。だけど和装の人がいるなんて思いもしなかった。
日本語を使うことが出来るのだから、日本の文化にも詳しいのかもしれない。
「私はよく着ます。特に私は『神の子』ですから、着物を着ることが多いのです」
「『神の子』とはなんでしょうか?」
帝国における宗教のことは詳しくないので、『神の子』のことは知らない。
それに前世では『神の子』と言えばうさんくさい存在だった。もしかしてそういった系統なのかな?
「はい、『神の子』です。前世は日本人として、別の世界で生きていました。そこで生まれつき、日本語で話すことが出来、様々な知識があります。そういう貴重な存在なので、帝国では尊ばれていて、『神の子』と呼ばれています」
日本語で話し続ける、ツバキさん。
私と同じく黒い髪、名字はともかく名前も和風。いや見た目は転生したら変わるんだからそこは重要じゃ無いかもしれないけど、これほど綺麗に日本語を話すことが出来るのなら、私と同じく日本人として前世を過ごしたということが納得できる。
「それにしてもリリニアさんも日本語が出来るんですね」
「はい、そうです。なぜか生まれつき話すことができたのです。帝国後よりも日本語の方が得意ですので、助かります」
「そうなんですか。実はこの世界でも日本語が公用語の国があるのです。ですがこの国とは国交がないはずです。そういう状況でどうやって生まれつき日本語が話せるようになるのですか?」
「それもそうですね」
ツバキさんが日本語で話していたから、合わせてみた。だけどこの国で日本語を学ぶことは無理だ。
私しか使えない言語と思うくらい、この国には日本を思い出すような物は無い。和風の小物すらなく、どちらかというとこの国はヨーロッパ風だ。どこの国のいつの時代風なのか、それは分からないけど。
「ということは日本で前世暮らしていた、異世界転生をした『神の子』なのですね。髪の色も黒ですし、決まっています」
「異世界転生という言葉が何か分かりませんが、そうかもしれません」
テンションがあがったツバキさんから距離を取るよう、私は少し離れる。
「我が国では青い髪が尊ばれているのですが、『神の子』もそうです。血が濃くなるのを防ぐためにもという理由はありますが、基本的に皇族と結婚できるのは『神の子』だけと決まっているのです。黒い髪は『神の子』の証拠ですから、一目見て分かりました」
「ということは帝国ではマリア様よりも私の方が王の婚約者としてふさわしいということになるのですか?」
「そうです。マリア様は確かに帝国貴族の血縁者です、確認が取れました。ですが忌み子でもあります。実は全部青い髪は忌まわしいものとされているのです。そこで青と他の色のグラデーションカラーが、帝国では尊ばれています」
「そうなんですか。どうしてですか?」
帝国からやってきた人の中にはマリア様のような純粋な青色の髪を持つ人はおらず、青と他の色のグラデーションカラーか別の髪色の人だけだった。そこでマリア様は特別な存在、そう信じている人もいる。
青い髪が素晴らしい物ならば、全部青の方がいいはず。現に『神の子』の髪は全部黒く、他の色は混じっていないみたいだし。
「青い色と他の色、それを親から受け継ぐのが帝国では普通とされています。ですが近親相姦の場合は、他の色ではなくて青い色だけを受け継ぐのです。そこで全部青い色は近親相姦の証拠なのです。それを隠すためにも、全部青い色の髪を持つ子供は遠い国へ追いやられます。マリア様もそうなんです、あっ他の人には秘密です。日本語が分かる同盟の一員として、リリニアさんにだけ教えます」
「要するに両方の親から青い髪をもらうってことが、危ないってことなんですね」
近親相姦の結果生まれた子供、それは黙った方がよさそう。この国でも近親相姦は忌まわしきものとされていて、知っても誰もうれしくないはず。
「そうです。この国は帝国とは全く関係がありませんから、マリア様と血縁関係にある人はいないでしょう。血を弱めるのにはちょうど良い機会です。まあこれは親と帝国の事情であって、マリア様は単なる被害者なのですが」
「そうだったんですか」
ふとマリア様の方を見る。
マリア様は王子様と楽しそうに話している。帝国貴族の血縁者とのことだったけど、髪色を変えてこの国では平民として孤児院で育った。
もし全部青の髪ではなかったら、帝国でマリア様は生きていたはず。それなら私は王子の婚約者として生きていた。今はその事実がうらめしい。
「ところでリリニア様は婚約者がいらっしゃいますか?」
「もうすぐ婚約破棄されてしまうので、実質いないです」
ツバキさんは帝国側の人だけど、私の事情は知らなかったみたい。それじゃあなんで私の婚約者のことを気にするんだろうか? 本来は関係ないはずなのに。
「実は帝国には婚約者がいない皇帝の子供がいらっしゃるんです。末っ子なので、皇帝にはなれません。それに今は他国で暮らしているのもあって、婚約者が出来づらいのです」
「私が帝国の皇族と婚約ですか?」
「そうです。良い縁だとは思いませんか?」
それは良い縁と言うよりも、格差婚になる。
帝国のような大きい国の皇族と、小さい国の貴族の娘が結婚。王子が帝国貴族の娘と結婚しているのに、その元婚約者が皇族と結婚なんてあり得ない。
「大丈夫です。『神の子』ですので、条件は満たしています。それに末っ子様が訳ありですので、帝国民は平民であっても嫁ぐことができません。その上今末っ子様は鎖国状態の国に住んでいまして、その国では身分を気にすることはないらしいです」
「そうなのですか……」
私も『神の子』である以上、条件を満たしているらしい。
外国で暮らす必要のある事情、それが私には分からない。それでもこの話は魅力的に聞こえた、特にもうすぐ婚約者がいなくなるから、尚更。