フロスト・ネゼラの事情
母親はここから少し離れた国出身の娼婦、父親は客の誰か。そういう状況の子どもはたくさんいるし、私もそのなかの1人だった。
娼館が多くある夜の街近くの孤児院。そこで私は暮らしている。きっと将来は娼婦になるんだろうな、それ以外の選択肢が思いつかないまま、日々生活していた。
「この子は大変賢い子です。2歳ですが、すらすらと話すことができるのです」
「フロスト・ネゼラです。よろしくお願いします」
「素晴らしく賢い子だ。この子なら大丈夫だ」
そこでこんな会話で、人生が変わるとは思いもしなかった。
この会話で、帝国から将来離れていくだなんて、夢にも思わなかった。
「フロスト、行ってくる」
私がお仕えするソラ様は、朝ご飯を済ませるとどこかに出かけて行ってしまった。
いやどこかではない、離れに行ったのだろう。離れにいる婚約者のリリニア様、そして離れの管理人である柊様へ会いに行ったのだ。
私は掃除したり洗濯したりする。ここでは帝国と違って便利な道具があるので、家事があっという間に終わってしまう。
もともと私はソラ様の側仕えであって家事をする人ではない。でもこの国に侍女は私1人しかいないので、そこは仕方ないし、何よりも他にすることもない。
そこでこの国で使われている言葉の勉強をする。ソラ様が帝国語の訳をつけてくださった本を読んで、言葉について学ぶ。
『おはようございます』
『ありがとうございます』
この国の言葉は難しい。謎の記号がずらずらと書いてあり、それをどう読めばいいのか分からない。
それでももうこの国を離れて、帝国へと帰ることができないのだ。勉強するほかない。ぶっちゃけ勉強なしでこの国の言葉が使えるソラ様や、リリニア様がうらやましい。でも私は使えないから、勉強するほかない。
【帝国から離れたくないありません。そこでソラ様にはついていかないです】
そう言い切った、サフィールのことを思い出す。
サフィール・ピラミーダも私のように孤児院出身でありつつ、子どもの頃からソラ様につかえていた。でも私と違って、ソラ様から離れて、今も帝国にいる。
でも私は皇族の側仕えであることを辞める方が、帝国から離れしまうことよりも嫌だった。だから私はこの慣れない国で、訳分からない言葉と戦って、今日も生きている。
そう私は皇族の側仕えの侍女、選ばれた存在。他とは違うんだから、頑張れるはずだ。