十
「せっかくですし、テレビを見ましょう」
離れのリビングで、柊くんがきらきらと目を輝かせて話す。
「これがテレビですか?」
私の記憶にあるテレビよりも薄っぺらい物。
確かにテレビと言われたらテレビに見えるけど、それよりも映画館のスクリーンっぽい気がする。
「この家には機械がないから、テレビっぽい魔道具って感じだけど……。最近のテレビはこんな感じだよ」
青空くんは慣れた手つきで、テレビをつけている。ちなみに柊くんがくんづけなので、青空くんもそうしている。
私が死んでから、この国に来るまで20年くらいしか経っていないはずだ。その間に変わってしまったことが多く、とても驚いている。
「せっかくですし、ニュースとか見ましょう。リリニアさんはどれくらい前の記憶がありますか?」
「1985年くらいから2005年くらいまで。だから2005年以降のことはあまり知らない」
私は1979年生まれだけど、産まれてすぐのことはよく知らない。そこで大体このくらいのことが記憶にあるかもしれない。ちょっと記憶があやふやだから、はっきりはしていないけど。
「僕2008年生まれなので、僕の産まれる前です」
今16歳だから、2008年生まれって事になるんだ。もしかしなくても私が前世産んだ子供よりも、柊くんの方が年下だ。
ていうか私も今、前世産んだ子供よりも年下って事になるんだ。子どもよりも年下って、なんか言葉にはできないけど複雑な気分。
「じゃあ2005年以降のニュースをまとめたものを見ましょう。平成と令和のニュースです」
「なんか平成ってあっけなく終わったよな。もう少し長く平成は続くと思ったんだけどさ」
青空くんも柊くんの言うことに反対はしないらしい。いそいそとテレビの前にあるソファーへと座る。
「そうですね。とはいえ平成の時に在位していた天皇は上皇になっただけで、まだご存命です。生前譲位されたってだけで、昭和から平成になるときよりも平成から令和になるときの方が明るかったそうです」
「昭和から平成になったのは私が小学生だったときです。あとベルリンの壁がなくなった年でもありました、あちこちで世界が変わったかもしれません……」
前世のことだからおぼろけだけど、昭和から平成になったときのことは覚えている。
その時天皇になった人は今上皇で、新しい天皇が即位した。そこら辺の話が今は分からないけど、とりあえず柊くんが操作しているテレビを見る。
柊くんが選んだ番組は『2010年代ニュースまとめ』という番組。あっそうか、もう2010年代は終わったんだ。
「今って西暦だと何年ですか?」
「2024年です。2019年が令和元年、2020年が令和2年、2021年が令和3年、2022年が令和4年、2023年が令和5年ですから。2020年からコロナって病気の影響で世界が混乱したり2024年の正月に能登で大きな地震が起きたり、そんな風に混乱した令和です」
柊くんは青空くんの隣に座り、やれやれと肩をすくめる。
世界が混乱するほどの病気、大地震。私が死んでから、大変なことになっているらしい。
「2008年生まれの僕は、2010年代前半の記憶がないんです。だからここら辺は後で知った話が多いです」
私が2人から離れたときに座ると、番組が始まった。
まずは2010年。天平遷都1300年祭で、奈良が盛り上がったらしい。せんとくんなる謎なゆるキャラの登場につい3人で笑ってしまう。いやなんだよ、かわいいというよりもむしろ言葉にしたくない何かがあるよ、せんとくん。
そして2011年、2010年度の終わりに関する話から始まる。
「東北で大きな地震、津波が起きました」
東北を始めとした、東日本での大きな地震。
「僕の住んでいたところでも揺れたんですって。計画停電とかもあって、大変だと聞きました」
柊くんの話がすぐに抜けてしまう、それほどショックなニュースだった。
津波で被害を受けた場所、そのうちの1つになる宮城県女川町。私は亡くなる前に、そこで暮らしていた。
私が死んだとき、長女と次女の双子が6歳で長男が4歳。私は2005年で亡くなったのだから、2011年の時には長女と次女は12歳で中1、長男は10歳で小5になっているはずだ。
夫はどうでもいいけど、3人には絶対亡くなって欲しくない。
「非常に悲しいことです。ところでリリニアは東日本に知り合いがいたの? とても難しい顔をしているよ」
青空くんが不思議そうに、私のことを見ている。
「女川町に前世の家族が住んでいるはずなのです。前世の夫はいいですが、前世の娘と息子はまだ幼いので、生きているかどうか心配です」
そう前世のことだ。今の私にとっては無関係の赤の他人ということになるけど、やっぱり自分で産んだ子供だもの、気になってしまう。
「娘さんと息子さんの名前は何ですか?」
「風宮榎と風宮椿が双子の娘で、息子が風宮楸です」
もう二度と呼ぶことのない、そう思っていた名前をゆっくりと柊くんにつげる。
私の名前を聞いて柊くんは、パソコンかゲーム機みたいなもので何やら調べ始めた。
「その3人は東日本大震災の犠牲者ではないみたい。3人とも東日本大震災後の新聞に載っているから」
「教えていただきありがとうございます」
柊くんが見せてくれた画面には、大きくなった娘達と息子がうつっていた。
王国で暮らしていたとき、娘達や息子とは永遠に縁がないものだと思っていた。これは娘達や息子を置いて、自ら命を絶ってしまった私に対する罰だとも思っていた。
でもそうじゃなくて、ほんの少しでも娘達や息子と繋がれたようでうれしい。
「リリニアは娘や息子と会いたい?」
真剣な顔で、青空くんが質問してきた。
「うーん分からない」
私ははぐらかす。
だってね風宮智子が亡くなり、今は『風宮智子』の記憶があるリリニア・アラリーヌ・シレラという人が生きているだけ。
だから親子関係はとうの昔に終わっちゃって、今更どうしよもないんだよ。
私はリリニアとして生きて、ソラ様の婚約者としても目的を達成する。それ以外ないんだよ。