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「リリニア様、ここ最近の王子の言動についてはどう思いますか?」
王家の使者は雑談に見せかけて、重要な話を始めた。
「確か特待生のマリア様と親しくなさっているとうかがっています」
「そうです。婚約者のリリニア様をおいて、平民の女性と親しくされているのです」
「それのどこが問題なのでしょうか? マリア様は平民です、王子とは結婚できないことくらい、分かっているはずです。庶民と王族の結婚はあり得ません。そんなの最近流行の恋愛小説でしか起きないです」
最近流行っている異国由来の安っぽい設定の恋愛小説じゃないのだ。
平民の女性が貴族の婚約者を押しのけて、王族と結婚するなんてありえない。そこでいくらマリア様が王子様と仲良くされていても、関係ない。
「ああ、どこの国で書かれたか分からない、あの恋愛小説ですね。ああいった庶民の流行をご存じとは流石リリニア様です。ですがマリア様が帝国貴族の隠し子である事が分かりました」
「帝国と言いますと、我が国とは交友関係にありませんが、大きな国のことですよね」
「はい、そうです。マリア様は昨日十八歳の誕生日を迎えました。その日、マリア様の髪の毛が青色になったのです。青い髪を持つことができるのは帝国かその縁の人だけです。そこで帝国に問い合わせましたところ、その事実が分かりました」
「帝国もこのことを認めているのですね」
「そうなります。完全に青い髪は帝国では忌まれるらしく、この国の孤児院に預けてられていたそうです」
「そういうことになりますと、マリア様の扱いはどうなりますか?」
マリア様がどういう経緯で、帝国の貴族では無くてこの国で平民として暮らすようなったのかはどうでもいい。
問題は今後のこと。
帝国の貴族令嬢となったマリア様はどうなるのか? まさか王子様との結婚はありえない。だって私が王子様の婚約者なのだから。
「青い髪は帝国、いえ帝国周辺の国にとって大事なものです。青い髪を持つ人は魔力が強く、国にかなり貢献します。それで帝国は青い髪を持つ人を優遇します」
「そうですね」
これはこの世界で住む人なら常識だ。
帝国はこの世界を握っているほどの超大国と聞いたことがある。この国は帝国から遠いからあんまり関わらなくて済むけど、そうじゃ無い国でも青い髪を持つ人を大事にしているらしい。
「そこでマリア様が本当に帝国と関わりがあるのか、調査します。帝国の方が我が国にこられますので、そこで全てははっきりします。もしマリア様と帝国との関わりが認められましたら、王子に嫁がせる予定です」
「えっなぜですか? 王子の婚約者は私です」
「青い髪は遺伝します。そこで青い髪を持つ王様を誕生させるためにも大事なことです。帝国は青い髪を持つ人を尊重します、今周りの国には青い髪を持つ王族はおりませんから、我が国が有利になるのです」
「そうですか……」
この国が他の国よりも優れているわけでは無い事を、私は知っている。そこで青い髪を持つ王がいたら、他の国を出し抜くことができるだろう。そのためにマリア様と王子様が結婚した方がいいのは分かる。
「それじゃあ王子の婚約者である私はどうなりますか?」
「婚約破棄となります。これからのことは帝国の使者が来た後で考えましょう。今城では帝国の使者を迎える準備で忙しいのです」
「かしこまりました」
伝えることが終わったのか、使者は帰っていった。
帝国、それはとても大きな国だ。噂によると今流行っている恋愛小説もこの国からきたらしい。
そんな国の庇護下にあれば、他の国との付き合いが有利になる。それは分かっているのに、自分の人生が犠牲になると考えたらもやもやする。
今まで頑張ってきたのだ。王子妃、王妃としてふさわしい人になれるよう、教育や社交をしっかりこなしてきた。
それがぽっとでの庶民、たまたま血筋がよかっただけの人にその地位を奪われてしまうなんて、考えもしなかった。
「本当、今流行の恋愛小説じゃないし」
そんなこと現実に起こると思っていなかった。どれだけマリア様が王子様と仲良くしていても、私が結婚するものだと思っていた。
「お嬢様、御使者様は帰られましたか?」
「はい、帰りました」
「お疲れ様です。お着替えしましょう」
「はい、お願いします」
今まで着ていたよそいきのピンクのドレスを脱ぎ、白いワンピースに着替える。そして侍女を部屋から退出させた後、ため息をついていすに座る。
「はあ、これからどうしようかな……」
新しい婚約者を探す、これは難しい。
身分が高いから、低い身分の人や平民に嫁ぐのは難しい。
何よりもこの髪色だ。この国では私以外にいない、漆黒の色。明るい色の髪色がもてはやされているこの国では、黒色の髪を好きになる人はあまりいない。はっきり言って、これじゃあ求婚してくる人なんていない。
「いっそ逃亡して、どこかで平民としてやり直すか」
前世の記憶を書いたノートを取り出し、それをぱらぱらと見る。
日本語というこの世界では読む事が出来る人がいない、私の前世でよく使われていた言葉で書いたノート。そこには今まで思い出した、前世のことを書いてある。
前世はこの世界とは違い、学問が盛んだった。魔法が無かったのも大きいのか、科学が発展していた。
うーんでもこの髪色じゃあ、平民としてこっそり生活は無理そうだ。なんせ黒髪の人は私以外にはいないので。
身分が高い令嬢が仕事をすることもできない。他の令嬢は働いていない、将来的にみんな結婚するだけだ。
そもそも女性は皆結婚するべきだ、その考えが私には合わない。
前世は平成の日本で庶民として生きていた、その記憶を持ったまま王族の婚約者として生きるのはギャップが大きくて辛かった。
一日何度も用事に合わせて服を着替えること、ごてごととしたドレス、それから結婚相手に従うことが決められた人生。
そんな人生とお別れ、それが婚約破棄の結果できるのならいいかもしれない。
例えこの先真っ暗だとしても。