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月のない夜、命は仄青く光る  作者: 日諸 畔
最終章 さよならを言う前に
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第42話 前夜

 予想通りと言えば予想通りだった。組織の者たちは既に久隆の影響を受けていた。基本的な態度こそ変わらないものの、荒魂への対策に関しては不自然なほど消極的になった。優子や結衣ですら、由美と哉太の訴えに耳を傾けなかった。

 彼の支配が及んでいないのは、現役の代人だけだった。

 

「まさか優子さんもだったなんてな」

「代人を引退してからしばらく経つからね、仕方ないよ」

「皆に頼るのは厳しそうだな」

 

 人の集まりとしては形を成しているが、組織の内部は既に瓦解していた。久隆の自信に満ちた態度はここからきていたのだろう。子供二人では何もできるはずがない。そんな目論見が透けて見えていた。


「二人でやるしかなさそうだな」

「そうだね」


 支援が期待できない絶望的な状況であっても、由美はさほど不安を感じていなかった。哉太と二人で企みごとをするのはもう慣れていた。家族や仲間に隠し事をした時の高揚を思い出し、由美は少しだけ唇を緩めた。


「なんだよ、楽しそうに」

「一緒だから」

「ああ、そう」


 相槌だけで哉太は背中を向ける。照れているのがわかるから、由美はそれ以上何も言わなかった。


 次が決戦となる。おそらく、どちらかは力を使い過ぎて消える。もしかしたら両方かもしれない。だから、二人で決めたことがあった。

 お互いにその覚悟を持つこと。悲しまないこと。そして、一人になっても戦いをやめないこと。


「明日は紗奈子と佐々木君、学校来るってね」

「だってな」

「改めて、紹介しないとね」

「まぁ、無理しなくても」

「だめ」


 由美は、苦笑いをする哉太の腕に自らの腕を絡めた。肘が胸に触れる感触があった。哉太が緊張しているのに気付いたため、敢えて更に強く押し付けた。


「由美」

「ん? 何?」

「いや、何でも」

「ふふ、そっか」

  

 残り少ない時間を、照れや遠慮で無駄にしたくない。これからは自分に縛られず、心の向くまま生きる。まずは、気持ちを表に出すことからだ。もちろん、哉太が本気で嫌がらない範囲で。


 翌日の辰浦高校は小さな騒ぎとなった。【あの矢部 洋志を投げ飛ばして高笑いをする美少女】として有名な、触れ得ざる者が転校生と手を繋いで登校したのだ。その衝撃は想像にしがたい。


「人前でとなると、これは恥ずかしいかも」


 今日の気温は例年より低いと天気予報で言っていたのにもかかわらず、由美の顔は熱かった。手汗をかいているような気もしている。


「じゃ、離すか?」

「哉太、たまに意地悪だよね」

「ばれたか」


 少年らしい笑顔を浮かべる哉太に向け、頬を膨らませる。きっと自分も、年相応の表情ができているのだと思う。今はそうあるべきだし、そうしていたい。


「あ、紗奈子。おはよう」


 教室に入ると、親友の姿があった。制服の下にハイネックのインナーを着ていて、首の痣を確認することはできない。そう簡単に消えそうではなかったので、着衣に違和感のない季節でよかったと安心した。


「おー、由美。おは……」


 振り向いた紗奈子は、挨拶の途中で硬直した。視線は由美の右手に集中していた。


「えーと、由美、さん。そういうこと?」

「うん、そういうこと」


 徐々に紗奈子の瞳に光が戻ってくる。状況を理解しつつあるようだった。


「そうか! 由美にも!」

「うん」

「うわぁ、嬉しい」


 硬直が解けた次は、涙目になっていた。ころころと忙しく変わる反応は、親友の魅力のひとつだ。通り魔の仕業とされている事件の後でも、紗奈子が紗奈子のままであることが嬉しかった。


「お見舞いに来てくれた時にただならぬものは感じていたけど、ほほぅほほぅ」


 紗奈子は顎に手を当て、哉太を上から下まで見つめる。彼女にとっては、ほぼ初対面なのだ。同居している事は知っていても、得体の知れない男と由美が突然親密になっていた。それを不審に感じても、不思議ではない。


「失礼なこと言うかもしれないけど、なんか、霧崎君、前から知ってた気がするんだよな」

「それは不思議だね」

「うーん、何だろうね。まぁ、なんにせよ、由美が幸せそうでよかった。霧崎君、私の由美をよろしくね」

「了解、任せて」


 即答する哉太に、紗奈子は満足そうに頷いた。失ってしまった信頼関係は、改めて築いていけばいい。由美も哉太も、振り返って気に病むことは意識的に止めていた。


「私、紗奈子のだったの?」

「そうだよ。知らなかった?」

「ふふ、知ってたよ」


 だから、明るく楽しい会話だけをしていたかった。生きていく理由は、ここにもあるのだ。


「じゃあ、私も重大発表しちゃおうかな」

「重大発表?」

「お、いいところに、佐々木」

「おん? おはよう」


 紗奈子がちょうど教室に入ってきた誠を呼び止める。哉太の体が少し震えたが、由美は気付かないふりをした。


「実はね、私達もなのだよ!」


 そう言いつつ、紗奈子は席を立ち誠に抱きついた。由美と哉太は、同時に納得した。


「知ってたよ」

「俺も」

「えっ? 知ってた? 霧崎君まで?」

「時間の問題かと、ね? 哉太」

「まぁ、わかりやすかったしな」

「入ってくるなり、どういうことだよ?」


 驚く紗奈子と困惑する誠を見て、由美は笑いが止まらなかった。哉太のことは忘れてしまったが、友人二人の気持ちは変わらず繋がっていた。

 それは、悲しみの中にある、大きな救いだった。


 平和な日常を楽しむ裏で、戦いへ向けた準備も進めなければならなかった。組織は通常の荒魂への対策のみ検討している。久隆への対応は期待できない。

 優子の指導を仰げない中で、これまで以上に繊細で強い力を発揮する。必要なことは多く、全てを手探りで進めなければならなかった。


 そんな時間も、由美は苦どころか、ささやかな幸せさえ感じていた。想う相手と密に過ごす時間は、どんなものでも尊いと知った。


 翌日に新月を控えた夜、優子と結衣は準備のため詰め所に泊まり込みだ。夕食を終えた二人は、静かなリビングでソファーに体を預けていた。


「いよいよだね」

「だな」


 今更多くの言葉は出てこない。やれるだけのことはやったという自負もある。


「紗奈子がさ、明後日の夜、ダブルデートしようって」

「ああ、いいね」


 哉太と誠は、すぐに再び意気投合していた。以前と同じとは言えないが、友人として良好な関係を築き直せている。

 四人で行動することが当たり前になり、それが紗奈子の誘いに繋がっていた。年末近くにある、この国では恋人と過ごすのが理想となっている季節行事だ。


「楽しそうだよね」

「うん、楽しみだ」


 今、未来のことを語るのは、希望を捨てたくないからだ。由美と哉太、互いに存在を維持したまま戦いを終える。そんな夢のような結末があってもいいはずだ。


 由美は体の向きを変え、哉太を抱きしめた。自分の体温と鼓動を伝えるために、腕に力を込める。


「由美?」

「私は、忘れないよ」

「俺も」


 哉太の腕が、泣きそうな由美の背中に回った。

 由美の目に、仄青い光が映った気がした。

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