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月のない夜、命は仄青く光る  作者: 日諸 畔
第1章 夜空の出陣
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第4話 救出(第1章 完)

 由美(ゆみ)が住まう、幕森(まくもり)と呼ばれる地域には古くからの伝承がある。土地と人を守る神と、それらに害をなす荒魂(あらだま)、そして代人(かわりびと)

 多くの人はよくある土着の昔話と捉えている程度のものだ。しかし、新月の夜に蔓延る荒魂は実在し、それを狩る代人も社会の裏に存在していた。

 

 伝承の中心となっている神を祀った幕森大社(まくもりたいしゃ)の一角は、荒魂に対する者たちの詰め所となっている。年始には初詣客で賑わう町外れの神社も、残暑の夜には閑散としていた。


「由美!」

結衣(ゆい)姉さん」

 

 勢いよく戸を開けた由美に小柄な女性が顔を綻ばせた。やや茶色がかった髪を後ろでまとめ、大きく丈が余った作業着を着ている。玄関で待っていたのだろう、黒目がちな瞳を大きく広げ、由美を見つめていた。


「あの子は?」

「奥に寝かせているよ。あなたは大丈夫なの?」

「うん、そんな場合じゃないから」

 

 戦いを終え制した公園を出た後、人払い役の車に乗り込んだ由美は詰め所へと直行した。車内で多少休むことができたため、自力で歩ける程度には回復している。

 送ってくれた人払い役に頭を下げつつ、少年が寝かされているという部屋へと足早に向かった。もしかしたら間に合わないかもしれない。由美は傍から見てもわかるほどに焦っていた。


 荒魂は人を喰う。伝承によれば、人の存在を取り入れ自身の存在を保つためとされている。だから、喰われた者は世界からその存在を失う。世の理から外れた怪物を維持するための餌となるのだ。

 代人も荒魂と同じく、人の外にある者だ。土地神から与えられたという力は、個人の才覚なしには行使できない。代人は人を喰うことはない。その代わり、力の代償として自分の存在を消費していく。

 荒魂を認識できる者であっても、消えた代人の記憶が残ることはない。残るのは、存在が消えたという事実のみだ。彼らが生きてきた経緯や、彼ら個人の人格などは、同じ力を持つ代人の記憶の中だけに残る。

 

 人の存在は、他者からの認識で証明される。認識する者が少ない状況で力を使い続ければ、どうなってしまうかは明白だ。結衣や仲間達がいる由美ですら、他者による確認が必要なのだから。


 襖を開けた先には、畳に敷かれた布団に少年が横たわっていた。背格好は由美と同程度であったが、目を閉じている姿は少しだけ年下に思えた。意識はなく、徐々にその存在が希薄になっている。この場の中では、代人である由美にだけ理解できる感覚だった。

 懸念していた通り、少年は未だ無意識に《調(しらべ)》を発動し続けていた。このまま放っておけば、少年はいつの間にか消失する。荒魂に喰われた人のように、誰の記憶にも残ることはないだろう。


「まずい、消えかかってるよ」

「え? そうなの?」


 もう時間がないと確信した由美は少年に駆け寄る。結衣の無関心こそが、その証拠だ。


「《(つたえ)》を使う。結衣姉さん、下がって」

「由美も弱っているのに、危険よ」

「私を助けてくれたから、今度は助けなきゃ」

「もぅ……」

 

 結衣はため息をつくと、そっと部屋を後にした。襖の閉じる音を背中で聞き、由美は義姉に感謝した。

 彼女は、近しい者を失うことを心から恐れていた。それは由美にとって、嬉しくもあり、悲しくもあり、腹立たしくもあった。目前で家族を失い、それを覚えている。互いに同じ境遇を持つからこその共感だった。


「さぁ、やろうか」


 由美は少年の傍らに座り、彼の手を握る。男としての無骨さと、成長しきっていない少年らしさの両方を感じる感触だった。目を閉じ、呼吸を深くする。

 これから使うのは、他者の精神に自らの精神を一部送り込む《伝》と呼ばれる力。代人同士での情報交換に使われるものだ。意識がそのまま伝わるため、機械を使った言葉によるやり取りよりも遥かに正確で効率がいいとされている。

 先ほどの戦いで由美に危機を伝えたのは、少年が無意識に発したこの力だ。

 

 今回の使い方は本来の用途でなく、亜流だ。無意識に《調》を発動している少年の内面に働きかけ、それを止めるよう促す。繊細なことは得意としない由美だが、現状で彼を救えるのはただ一人だ。

 半年前まで由美の相棒を務めていた者は、この手の使い方に秀でていた。兄のように慕っていた男であり、初恋の相手でもあった。だが、今はもうこの世にいない。原因は、由美の慢心からくる油断だった。

 家族を奪った荒魂と、大切な人が消える要因となった自分。由美は、ふたつの存在を呪い続けていた。この感情は、信頼する義姉にすら伝えられずにいた。


「おじゃま、します」


 他者の心に入り込むということは、記憶や感情を盗み見ることと同義だ。同年代の少年ということもあり、多少の気後れはしてしまう。しかし、今はそういう雑念を持っている場合ではない。

 意を決し、少年に自身の一部を送り込んだ。


 由美の中に少年の記憶が混ざり込んでくる。名前は霧崎(きりさき) 哉太(かなた)、歳は十七。学年で言えば由美と同じ高校二年。

 幼い頃に母は病死。父と姉の三人暮らしをしていた。照れくさくて素直には言えなかったが、家族に対する感謝と好意を忘れたことはなかった。

 三人でコンビニに出掛けたところ、巨大な怪物に遭遇した。父と姉は気付く様子もなく、そのまま歩いていた。恐怖のあまり言葉を失い、二人を止めることができなかった。直後、愛する家族は文字通り引き千切られた。


『違う、こんなの見に来たんじゃない』


 哉太という少年に渦巻く感情が自分の記憶と交じり、巻き込まれそうになる。呑まれてしまっては、元も子もない。由美は強く目的を再確認した。

 代人だけが理解できる、意思と力の線。自身の中で感覚的に知ることが、代人として最初に学ぶことだった。それを外部から一時的に遮断すれば、力の発動は止まる。


『見つけた……ん?』


 哉太の線は、どこか自分のものと違う印象があった。あまりにも太く、力強いのだ。無意識に発動させてしまった原因は、恐らくここにあるのだろう。


『でも!』


 由美の意思を受け《伝》は力の線を断ち切る。哉太の心が少し落ち着いたような気がして、由美は軽く安堵した。

 目的を達すれば、他者の中に長時間留まる必要はない。それに、自分の存在も消費され続けている。由美はすぐさま力の発動を解き、意識を現実へと戻した。


「ふぅ……」


 緊張から解放され、大きく息をついた。静かに瞼を開く。部屋の照明が眩しかった。


「あ、あの……」


 見上げる哉太と目が合う。どうやら意識を取り戻したようだ。由美は無性に嬉しくなり、手を握ったままということも忘れて、微笑んだ。

 

「おかえり。哉太くん」

「あ、うん……」


 由美は後日、この時の軽率な発言を強く後悔することとなる。



第1章 『夜空の出陣』 完

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