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月のない夜、命は仄青く光る  作者: 日諸 畔
第3章 友情と信頼の在処
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第19話 提案

 組織の詰め所は、神社の一角に建てられている。その最奥に代人の修練所があり、ひとつ手前には十畳ほどの畳部屋があった。

 主に会議室として使われる場所には、由美と哉太を含めた計六人の男女が座っていた。


「改めて調べさせたが、予兆なく現れる荒魂というのは例がなかった」


 苦虫を噛み潰したように、矢辻(やつじ) 由隆(ゆたか)は調査結果を述べた。長年の苦労で刻まれたような皺が、さらに深くなっていた。二十年ほど前から組織の長を務める由隆は、由美の義母である優子の実父だ。つまり、由美にとっては義理の祖父となる。

 先の戦いでの出来事がいかに異常事態だったのか、彼の表情が物語っていた。


「過去の事例がないとなると……」


 由隆の隣に座る壮年の男、矢辻(やつじ) 嗣久(つぐひさ)が言葉を濁した。叔父にあたる長の後任として、現在の実務は概ね彼が取り仕切っている。人望はあるものの口下手な嗣久は対外的な調整が得意ではない。そのため、主に折衝を行う従兄妹の優子と二人三脚という体制だ。


「対策は未だ目途が立たず、ですね」


 嗣久の言葉を繋げるように、優子が口を開いた。

 古来より荒魂と戦ってきた者たちは、代々矢辻を名乗る一家によって統べられていた。直系での血筋もあれば、由美のように才能のある被害者を養子にする場合もある。そういった点では、元々の家名のままでいる哉太は異例の存在だった。代人へと志願した少年の意思を尊重しようと、優子が周囲を説得した結果だ。

 

 会議室には三人の首脳陣と現場指揮担当の結衣、そして実働する代人の二人が顔を合わせていた。戦闘報告を含めて三回目の集まりではあるが、優子の言う通り有効な対策案は出てこなかった。由美と哉太を除く四人が揃ってため息を吐いた。


 重い空気を作る大人たちの中、由美は落ち着いた気分だった。義祖父の言葉で腹を括ったという表現が正しいのかもしれない。

 現れることを予期できないのであれば、都度対応するしかない。かなり短くはあるものの、哉太の《調》が検知してから攻撃されるまでは時間がある。常に周囲を警戒するという精神的負担と、反応が遅れてしまった時の危険は計り知れない。それでも、手段がなければ順応するしかないというのが由美の判断だった。

 まだ生きているし、これからも死ぬつもりはない。髪を短く切ったのも、自分なりに覚悟を表したつもりだ。私が頑張れば大丈夫、と口を開こうとした時だった。隣に座った相棒が、恐る恐る声を上げた。


「あの、提案が」


 初対面ではないにしろ、威圧感を放つ男二人の前で手を挙げるのは容易ではなかっただろう。由美も慣れるまでは怯えに怯えていた記憶がある。


「おお、聞こうか」


 由隆が少しだけ表情を緩めて、発言を促した。由美から見るとわかるのだが、義祖父は哉太のことを気に入っていた。以前、義理の孫を救い、今は命を懸けて使命を全うしようとしている。実直な人間を好む由隆がそんな少年を嫌うはずがない。それだけでなく、この場にいる全員が近しい感情を彼に抱いていた。


「他に方法があるならそちらの方が良かったんですが、ないならと」


 由美を含む十の目が哉太へ集中する。緊張しながら話す姿は、堂々としている学校と違って新鮮に見えた。それでも、ちらちらと結衣の方を盗み見るのは彼らしかった。


「この前、由美……さんが髪を掴まれた時」

「いいよもう、由美で」

「ああ、うん。その時、由美に深く《伝》をかけたんです。意識が混ざる直前くらいまで。で、俺は由美の手を動かしました」


 それは由美にも記憶がある。髪を切ることを拒否した自分の意思に逆らい、右腕が動いた。結果的には命を救われたが、危険な行為でもある。《伝》は代人同士の意識を部分的に共有する力だ。あまり深く入り込んでしまえば、どちらがどちらかわからなくなってしまう可能性がある。

 由美が力を暴走させた哉太を救った際も、戻れなくなってしまっても不思議ではなかった。


「なら、その状態で俺が《造》も指示できないかなって」


 全員が息を飲んだ。空気が一気に冷たくなる中でも、哉太は続けた。こうなることは予期していたようだった。


「予兆なく現れた荒魂が攻撃を仕掛けるまで、少しだけ時間がありました。その時間で《造》による簡単な壁を作ります。最初の一撃さえ耐えられれば、後は由美がどうにかすると」


 まくし立てるように言い切り、哉太は周囲を見回した。沈黙は三十秒ほど続いた。由美には永遠にも思える時間だった。

 哉太の言っていることは、理屈では理解できる。しかし、そんなことができるのか、やってしまったらどうなるのか、由美には判断がつかなかった。


「これまでも《伝》で相手を操作するようなことはあったけどね。そもそも危険だし、さらに《造》なんて考えたこともなかったわよ」


 会話の口火を切ったのは、優子だった。由美と同じく、哉太の案に驚いていたようだ。


「です、よね……」


 否定されたように感じたのか、哉太が下を向く。


「危険は危険だけど、由美が直接危ないよりはマシかも」

「結衣さん……」


 結衣の助け舟に、哉太は顔を綻ばせる。


「結衣の言う事もわかるけど、できるの?」

「え?」


 義母の視線が由美へと向けられた。当事者としての意見を求められている。ただ、今の由美には明確な答えが持てなかった。

 確かに哉太の案では、由美への直接的な攻撃は防げる。しかし、《伝》の深さを間違えば自分だけでなく相棒まで危険に晒すことになる。それは由美の本意ではない。


「私も、危ない気が」

「待った」


 否定の言葉は哉太によって止められた。由美を見る彼の目には強い意志が見えた。


「危険なのはわかっている。でも、前のままいけば由美だけが危険になる。俺はそれが許せない。前衛も後衛も代人だろう。危険はお互いに背負った方がいい」

「哉太……」

「いいよ! 私はそういうのいいと思う!」


 哉太の台詞に、なぜか結衣が盛り上がっていた。残りの大人三人も、呆れたような、諦めたような笑みを浮かべている。


「わかった、仮で了承します。ただし実戦でやるかは訓練次第ということで。お父さんも嗣久さんもよろしいですか?」

「ああ、他に手がないからな」

「訓練については優子たちに任せるよ」

「ありがとうございます!」


 哉太は座ったまま、深く頭を下げた。


「よし、これで約束守れるよ」

「約束?」


 修練所に向かうため立ち上がった哉太が、由美に向かってわざとらしく親指を立てる。


「責任取ってくれてやつ」

「へっ」

「えっ」

「まぁ」

「は?」

「あぁ?」

 

 その一言で、場の空気は一気に冷えた。もちろん、先ほどとは別の意味で。

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