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月のない夜、命は仄青く光る  作者: 日諸 畔
第1章 夜空の出陣
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第2話 犠牲

 荒魂(あらだま)は人の目に見えず、人を喰らう。喰われた者は存在自体を失ってしまう。つまりは、人の記憶からも記録からも消えてしまうという事だ。

 被害者の家族ですら、近しい人間を忘れてしまう。そのため、存在そのものが一般には認知されていない。

 荒魂の脅威を知っているのは、政府の一部と代人(かわりびと)の関係者のみだった。異形の姿を認識できるのは、さらに一握りの者だけだ。


 大きな跳躍の頂点に達する直前、由美(ゆみ)は両の掌を合わせた。《調(しらべ)》が発動し、意識が肉体から放たれる。

 探知する方角がわかっているため、短時間でも問題ない。二秒ほどで状況把握が完了した。

 

「荒魂は北幕森の交差点方面に移動中。付近に人の姿。たぶん三人」


 由美は《調》から戻る感覚に耐えつつ、インカムに向かって結果を告げる。このままでは被害者が出てしまう。吐き気に近い焦燥感が由美を支配した。


『人払いを向かわせてるけど、間に合わないかもしれないわ。覚悟して』

「……はい」

 

 人払いとは、由美のような戦う力は持たずとも荒魂を認識できる者に与えられた役割だ。その名の通り荒魂に人を近づけないようにすることと、現地での詳細な偵察を任務としている。彼らが間に合えば、被害者は出ないで済むだろう。しかし、結衣(ゆい)の意見も、由美の見立てでも、間に合わないことはほぼ確実だった。

 無慈悲な事実に、由美は歯噛みをした。


 着地の衝撃は、ビルから飛び降りた時と同様に、土地神から与えられた力で軽減する。そのまま脚部に意識を集め、人ならざる速度で駆け出した。

 自身の肉体強化と、周囲の事象を操作する《(うごかし)》。そして、虚空から様々な武具を生成する《(つくり)》。

 荒神と戦うための、武の力だ。


「見えた……」


 数分後、荒魂の背中が視認できる位置にたどり着いた。

 だが、既に遅かった。

 明らかに人の数が減っていた。三人いたはずが、今は地面にへたり込んでいる少年が一人。荒魂はゆっくりと、長い左腕を振り上げた。


「ちっ!」


 動揺している暇はない。由美は《造》を発動し、青白く光る弓矢を手にした。生き残った少年だけはなんとか救いたかった。

 大ぶりな弓を構え、矢を番える。平均よりも大きく突き出た胸を守るため、併せて胸当ても生成した。

 

「ふっ!」


 矢を掴んだ右手を開き、矢を放つ。正式に弓道を学んだわけではないため、手順は雑なものだ。それでも《動》の力で補正された矢は、正確に荒魂の左手を射抜いた。

 右手で矢を引き抜きつつ、太い首が動き由美を睨みつける。丸く大きな瞳は、怒りに血走っているようだった。

 

「よし……」


 矢の一射では仕留められないことは、わかっていた。左腕の傷は既に塞がっている。あれは、少年に向けていた注意を引き付けることが目的だ。

 荒魂を屠るには、胸のあたりに位置する核を破壊する必要がある。個体によって僅かに位置が異なるため、弓矢による攻撃では正確に狙うことは至難の業となる。確実性を求めるのであれば、刃物を使った近接戦闘に頼ることになる。


 体ごと振り向いた荒魂は、由美に向かって走り出した。全身のバランスから短く見える足を動かす様は、どこか滑稽だった。ここまでは想定通りだ。迎え撃つ体勢となった由美の手には、弓に代わって薙刀が握られていた。一般的なものよりも遥かに長く、これまでと同じように青白い輝きを放っている。

 駅前の時のように不意を突いた攻撃でなければ、一刀のもとに斬り伏せることは困難だ。着実にじっくり切り刻む方が結果として効率的であることを、由美は徹底的に学ばされていた。

 

 固く握られた拳が由美に迫る。人の頭よりも大きなそれが激突すれば、怪我では済まないことは容易に想像できた。

 攻撃が届く少し手前、由美は薙刀を横に振るった。鋭利な刃は、荒魂の右脛を容易く両断する。勢いよく突進していた巨体は、平衡を失い大きく転倒した。

 

「まだっ!」


 ここで気を抜いてはいけない。荒魂の体は、例え細切れにしたとしても瞬く間に再生するのだ。

 立ち上がろうとする荒魂の右腕を切断する。再び地面に崩れ落ちつつある背中を、《動》の力を使い蹴りつけた。同時に、薙刀から刃渡りの長い刀へと持ち替える。

 訓練に訓練を重ねた、流れるような動作だった。


「これでっ!」


 由美は吹き飛ぶ異形の後を追う。その肩口から脇腹にかけて、袈裟斬りに刀を振り下ろした。途中、荒魂の核を斬り裂く手ごたえがあった。


「ふぅ……」


 地面に足を付け息を吐き出す由美の背後で、荒魂は消失した。まるで、最初から存在していなかったようだった。


「排除完了」

『お疲れ様。本当に』


 安堵に包まれたような結衣の返答に、由美は嘆息を漏らした。

 荒魂を屠ることはできたが、救えなかった人もいた。素直に自分を労うことはできなかった。


「あ、あの……」


 不意に、由美の背中に声がかけられる。力を使っている間の代人は、普通の人間には見えない。だから、声をかけられるはずはない。

 はっとなった由美は、数十秒前を思い出す。彼は、荒魂を前にへたり込んでいたのだ。それは、見えていたということだ。異形の化け物の姿も、それに食い荒らされる家族の姿も。


「えっと……」


 少年は何か言おうとしていた。見たところ、由美と同じくらいの年頃だった。命を救った礼か、それとも彼以外の二人を救えなかった罵倒か。


「何?」

「化け物みたいなのがいて、父さんと姉ちゃんが消えて、君がそれを倒して……」

「うん」


 消えた二人は家族だったようだ。上手く言葉にならないのは当然だろう。続いて何を言われるかと体を硬くする由美に、少年は意外な言葉を投げかけた。

 

「まだ、いるんだよ、あれ、もうひとつ」


 夜空を見上げた少年は、虚ろな表情でそう呟いた。

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