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月のない夜、命は仄青く光る  作者: 日諸 畔
第3章 友情と信頼の在処
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第17話 名案

 尊大な態度は、明らかに上級生のものだった。学年がひとつ上、せいぜい数ヶ月早く生まれただけだ。それなのに、さも格上かのように振る舞う。ただでさえ異性を得意としない由美にとって、好ましく思うことは到底不可能な手合いだ。

 

 発見される前に席を立とうとしたが、時既に遅かった。クラスメイトの一人、小柄でふっくらとした女生徒が恐る恐るというふうに由美を指差していた。


 由美たちの通う辰浦高校は、それなりに名の知れた学校だ。通常に入学するには、ある程度の財力と学力を必要とする。そのため、極端に素行の悪い生徒、いわゆる不良という者は在籍していない。

 

 由美を探している男子生徒も、制服を着崩してはいるものの校則の範囲内だ。半年前の事件もある程度知られているのだから、直接的な危害を加えられる可能性は低いだろう。

 それでも、恐ろしいと感じる気持ちは小さくない。由美は思わず身を硬くした。


「ありがとな。おーほんとに美人だー」


 上級生は律儀に礼を言うと、我が物顔で教室に入ってくる。それなりに整った顔立ちをしていて、細身の長身だ。

 本人も容姿に優れているという認識があるようだった。自信を隠さない表情が物語っている。


「矢辻さんに何かご用で?」


 舐め回すように由美を見つめる上級生に、紗奈子が問いかける。意図的に呼び名を変えているのは、彼女の気遣いだ。


「あー、いいからいいから、俺この子に用事」

「え、あ、ちょっと」

 

 身を乗り出した紗奈子を一瞥し、掌を向け制する。お前に用はないと、暗に告げているようだった。

 クラス中の目と意識が集中しているのを感じた。それを知ってか知らずか、上級生は椅子に座ったままの由美を満足げに見下ろしている。校則内に辛うじて収まった長髪が、どうにも鬱陶しく見えた。


「矢辻 由美ちゃんだよね?」

「えっと……」


 馴れ馴れしく名を呼ばれても、すぐに返事はできなかった。言葉を濁すのが精一杯だ。


「俺は矢部(やべ) 洋志(ようじ)。知ってるかもしれないけど、一応名乗っておくよ。由美ちゃんのこと、三年でも噂になっててさ。見に来たら大正解だったよ。あ、情報が遅くてごめんね」

「はぁ」

「髪、前は長かったんだって? なんかあって切ったのかな? 似合ってていいと思うよ」

「はぁ、どうも」

「あの、矢辻さん困ってますから」

「いいのいいの、由美ちゃんと話してるから君は気にしないで」

 

 由美と紗奈子の反応を無視し、矢部と名乗った上級生はまくし立てるように話し続けた。由美の容姿に興味を持ったという趣旨だけは理解できた。

 

 異性へ話しかけることに慣れた様子の口調は、恐らくそういう事なのだろう。紗奈子の制止を物ともしない強引さで迫られるのは、初めての経験だった。


「ええと……」

「というわけで、連絡先交換しよう」


 矢部は滑らかな動作で制服のポケットから携帯電話を取り出す。断られることは想定していないようだった。


「あ、いえ……」

「ん? 携帯持ってないとか言わないよね?」

「あの……」


 刺さるような視線から目を背けつつ、由美は必死に言葉を絞り出した。


「その、ごめんなさい……」

「あ?」


 軽薄だった矢部の声が一段低くなり、笑みをたたえていた目が一瞬だけ鋭くなる。周りに気取られぬよう、由美だけに向けた硬質的な圧力だった。


「そんなこと言わずに、仲良くしようぜ」

「えっと……」

「ほら、びっくりしてますし」

「いいからいいから」


 すぐに元の調子に戻り、手に持った携帯電話を突き出す。紗奈子の制止は完全に無視されていた。由美は逃げ場を探そうと周囲を見回し、小さく悲鳴を上げそうになった。

 

 教室の出入り口から、数人の上級生とおぼしき男女がこちらを見ている。一見楽し気に笑っているが、由美には恐ろしい表情に感じられて仕方がなかった。


「だめだよ」


 鞄へと手を向けた由美に、紗奈子が耳元でささやく。後々面倒なことになるのは、火を見るよりも明らかだ。それでも、この場を収める方法を他に思い付くことができなかった。


「先輩、困ってるようなので、それくらいにしてもらえませんか」


 満面の笑みを浮かべた矢部の肩に、手がかけられた。同時に、聞き覚えのある声。


「なんだよ」

「困ってるっぽかったので、止めに」

「どこが困らせてるんだよ」


 露骨に不機嫌な表情を浮かべ、矢部は振り返った。肩を掴まれては紗奈子のように無視できなかったのだろう。上級生の向こうには、由美の同居人がにこやかな笑みを浮かべていた。


「いやぁ、勘違いだったらすみません」

「なんなんだよ、お前は」


 矢部は哉太を振りほどこうとするが、なかなか放れなかった。眼鏡越しに見えるその手は、かなりの力で掴んでいることがわかる。肩に食い込んだ指は、相当の痛みを与えているだろう。


「ああもう、わかったよ」

「それはよかった」


 諦めの台詞を聞くと、哉太は安心したそぶりを見せ手を放した。それをひと睨みした矢部は一転、由美に先ほどまでと同様の笑顔を向ける。


「女性の誘い方がスマートじゃなかったみたいだね。下級生に叱られてしまったよ」

「はぁ……」

「また来るよ、今度は連絡先用意しておいてね。ついでにデートしよう」

「ええと……」


 明確な返事ができない由美に向かい、再びまくし立てた矢部は教室から逃げるように出て行った。友人と思わしき数人の上級生が、彼に向かい「ダサいなー」などと笑いかけていた。


「大丈夫か?」

「あ、うん」


 学校で哉太と会話をするのはほぼ初めてだった。家や訓練の時のように、言葉が出てこない。簡単な礼や感謝さえも口から出てこなかった。


「いやーありがとう。霧崎君、かっこよかったよー」

「おお、そうか」

「そうそう、助かっちゃった!」


 由美の代わりと言わんばかりに、紗奈子が大げさに哉太の背中を叩く。こういう屈託のなさが、誰からも好かれる理由なのだろう。


「あの人、何なんだ?」

「矢部先輩ね、女子からは人気あるんだよね。私は興味ないけど」

「ああいうのがモテるんだな」

「顔と身長とお金なんだろうね。なんかグループみたいなのに囲まれてるし」

「そんなもんか」


 哉太と紗奈子の会話から、矢部は校内で有名人だったようだ。人間関係に疎い由美は、その存在を先程初めて認識した。あの手の人種とは、あまり関わりたくはないと思い避けていた結果だ。


「また来るって言ってたな」

「うーん、困っちゃうね」

「だな」


 由美の前で二人は首を傾ける。親しい友人と秘密の同居人という組み合わせは、実に奇妙なものだった。


「あ、そうだ!」

「ん?」

「しばらくさ、霧崎君にもボディーガードしてもらおう。なんか奢るからさ。名案!」

「えっ?」

「は?」

 

 自称名案を思い付いた紗奈子に、由美と哉太は揃って絶句した。

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