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皎天 弐  作者: うちょん
6/11

第六強 【継】

悲観的になるのは、自分のことばかり考えているから。

           斎藤 茂太


















 第六強【継】














 祥哉は冰熬の帰りを待っていた。

 というのも、祥哉が買い物から帰ってくると、そこには冰熬からの一言だけ書いてあるメモが置いてあったから。

 大体暗くなる前には戻ってくるが、今日はなかなか遅い。

 そのうち戻ってくるだろうと、祥哉はご飯の支度を進める。

 しかし、そうはいかなくなった。

 翌日、いつもより早く目が覚めた祥哉だが、まだ冰熬が帰ってきていなかったのだ。

 「なにしてんだ、あいつ」

 その辺で寝ている、なんてこともないだろうとは思ったが、万が一ということもあるため祥哉が朝早くから冰熬を探しに出かける。

 背中には以前のように刀を背負う。

 「刀ってのは脇にさすもんだ」と言われたが、祥哉はどうも腕に鞘が当たるのが気になるらしく、持ち歩くときにはいつもこのスタイルだ。

 「迷子、なわけはねぇよな」

 森の中を散策しながら歩くも見つからず、そのうち街まで下りてしまった。

 冰熬と出会ってから幾つか国や街を回ってきたが、いつも冰熬は街ではなく森の方に住処を見つける。

 祥哉ももともと弟と二人で小さな家というか小屋に住んでいたため、特に不便を感じることもなかった。

 「いねぇなぁ・・・」

 背が高いため見つけやすいと思ったのだが、冰熬らしき姿はどこにも見当たらない。

 これからどうしようかと思った祥哉だったが、瞬間、背中がゾクッとした感覚に襲われ、刀に手が届く前に唾を飲み込む。

 祥哉の背中に、何かが押し当てられた。

 それが銃なのか剣の類なのか、はたまた別のものか。

 「俺に何か用か?」

 「祥哉というのはお前か?」

 「なんで俺のことを知ってる」

 「言うことを聞け」

 「・・・・・・」

 気づけば、祥哉の周りには数人の男たちが武器をもって取り囲んでいた。

 言われた通りおとなしく付いていこうとしたのだが、その前に目隠しをされてしまい、刀も没収されてしまった。




 どのくらい歩いただろうか。

 男たちの気配が一斉に動きを止めると、祥哉の目隠しが外される。

 「!!!!」

 目の前、少し離れた場所には、祥哉と同じような状況の冰熬がいた。

 二人は立った状態で両腕は後ろで拘束されており、それぞれの首にはロープが巻かれ、さらには何か肌につけられている。

 「お、来たか」

 「来たか、じゃねえよ!なんなんだよこれ!誰だこいつら!!!」

 「知らねえが、まあ、お前は巻き込まれたんだろうな」

 「そんくれぇわかるよ!!」

 冰熬なら一人でこのくらい簡単に逃げ出せそうなものだと思っていると、冰熬の隣にいる男が冰熬に何か注射器のようなものを打ち込んだ。

 少し距離があるからわかりにくいが、冰熬の顔色が良くないことに気づく。

 「おい」

 祥哉は低い声で自分の横にいる男に声をかける。

 自分でも驚くくらい低いと思った祥哉だが、今はそんなことどうでもいい。

 「あれはなんだ?あいつに何をした?」

 「あれか。あれはな」



 「ただの幻覚剤だ」



 「幻覚剤・・・!?」

 「あれだけではない。我々で調合した特別な神経や筋肉を麻痺させるものなど、あいつでいろいろ試させてもらっている。なにしろ、通常の人間より頑丈なのでな」

 「・・・ッ」

 「安心しろ。お前にはやらない。あの男は多くを知りすぎた。時代のことを。いずれは消される運命なのだ」

 「ふざけんなよッ・・・!!!」

 抵抗しようとした祥哉だったが、そのとき、冰熬の横にいる男がまた別の何かを冰熬に打とうとした。

 「おとなしくしていろ。お前が騒ぐとあの男が実験台になるぞ」

 「ッ!!!!」

 「さて、ここで説明を始めようか」

 そういうと、一人の男が祥哉と冰熬の間あたりに立つ。




 男が言うには、体に貼られているのは筋肉の動きや汗などを感知するものらしく、男たちの指示以外で動くと相手、つまりは祥哉が動けば冰熬に、冰熬が動けば祥哉にダメージが与えられるらしい。

 「首のロープは単純明快。自分が助かりたいと思ったらそのロープの前部分に触れるんだ。するとロープが首から解ける。それと同時にもう片方が下へ落ちる。それだけだ」

 ちらっと下の方を見てみると、ここがどこかもわからないほど真っ暗闇がそこに横たわっている。

 奈落の底にでも行きついてしまいそうだ。

 「・・・俺たちに何をさせたいんだよ。こんな回りくどいことしなくたって」

 「お前たちの関係性を確認したかっただけだ」

 「関係性?」

 「お前のことは調べさせてもらった。お前は弟が殺されているな」

 「だからなんだよ」

 「ほら、あんまり感情的にならないほうがいい」

 ぐ、と腕に少しだけ力がこもっただけだったが、冰熬の近くにいる男が、何か別のものを冰熬に打とうとする。

 深呼吸をして自分を落ち着かせると、男に対してまた尋ねる。

 「弟が殺されたことと今回のこれと、どう関係あんだよ」

 「冰熬をかばったそうじゃないか。間接的にとはいえ、あの男のせいで弟が死んだのに、なぜ一緒にいるのか」

 「あいつにいつか復讐するためだ。それ以外はねぇ」

 「復讐というわりには、あの男の世話をしているな。それにあの男のことを弟と同じようにかばうこともある。あの男の指示に従い、あの男のために動く。それはどういう理由かな?」

 「なんでそんなこといちいちお前らに話さないといけねぇんだよ。それこそ関係ねぇだろ」

 「お前はあの男の何を知っているのかと思ってな」

 「あ?」

 「あの男の過去だ」

 「・・・・・・」

 確かに、冰熬の過去をきちんと聞いたことはなかったが、だからといって今更聞く必要もないと思っていた。

 冰熬の力欲しさにこれまで何度も狙われたり襲われたことはあるが、今はそれが当たり前になっていた。

 「冰熬、自分の口から話すか?選ばせてやるぞ」

 「・・・・・・」

 なんとか自力で立ってはいるものの、きっと常人ならばすでに立っていられないだろう今の冰熬は、下を向けていた顔を徐々に上げていく。

 先ほど打たれたのがどういったものかはわからないが、話すのも辛そうだ。

 相当強いものである、ということくらいしか想像がつかない。

 「この男は善人ではない。これまでに何百、何千、それ以上の人間を殺してきた犯罪者だ」

 「・・・・・・」

 「我々の中には、この男に親族を殺された者も多い。みな、この男をめった刺しにしたいと思っている。出来るだけ苦しめて殺したい。簡単に死なれては困るのだ」

 「・・・くだらねえ」

 そう祥哉が言った途端、冰熬にまた何か打ち込まれる。

 呼吸が乱れているし、目も虚ろだ。

 あんな冰熬は初めて見ると、祥哉は眉間に皺を寄せる。

 続けるように男が話す。

 「多くを殺せば英雄などとくだらない言葉を言った者もいるが、そんなわけはない。多くを殺した者は、それなりの覚悟をしてもらわねば」

 「・・・お前らにめった刺しにされる覚悟ってことか?」

 「そうだな。あの男に真正面から向かっていっても敵わないことくらいはわかっている。卑怯だなんだと言われようと、我々はあの男を葬り去りたい」

 「別に真正面から向かって行っても、あいつはお前らに手を出さなかったと思うぞ」

 「何を言っている」

 「昔のことなんて知らねえ。つーかどうでもいい。興味もねえ。お前らなんだ?寄ってたかってあんなおっさん取り囲んでいじめて楽しのか?良い趣味してんなぁ。そんなことに俺を巻き込まねえでくれよ」

 「・・・ただのおっさんではない」

 「知ってるよんなこたぁ。これでも、あいつの一番近くにいたからな」

 祥哉がそこまで言うと、男は祥哉から奪った刀を取り出し、祥哉の足を斬りつける。

 「ッッッ!!!!!」

 「なかなか切れ味がいいな。ちゃんと手入れされている」

 斬られた瞬間力んでしまったからか、冰熬の方にいる男は冰熬に何か打ち込む。

 祥哉は足に力を入れて踏みとどまろうとすると、続けるようにして冰熬には何かを打ち込まれていく。

 「クソ野郎・・・!」

 「だからおとなしくしていろと言っただろう。噂通りの暴れん坊だ」

 上手く力が入らない足をかばうように立つ。

 「例え冰熬が当時誰に命令をされたとしても、どういう状況だったとしても、我々は冰熬を赦すつもりはない。その男が”人を殺した”というのは事実なのだ」

 祥哉と冰熬がそれぞれ辛そうにしているが、男は淡々と話す。

 「人を殺した者は、英雄であれなんであれ、裁きや報いを受けるべきなんだ。そう思うだろ?祥哉、お前だって弟を殺した者が赦せないだろ?」

 「・・・・・・」

 「それは正常だ。大事な人を奪われたとき、人は悲壮、悲観、絶望、喪失を感じながら、その先に怒りを持つ。怒りは実に必要な感情だ。それは原動力として何より強い」

 「・・・・・・」

 「冰熬を欲しがる国は多いだろう。もちろん、国に売ることも考えたが、この男はきっとすぐに逃げ出してしまう。だから殺すことにした。賢明な判断だと思わないか?」

 「・・・ッてめぇの行動正当化するのが好きなら勝手にしてろ」

 「君だって、最初は殺そうとしたんだろ?」

 「・・・・・・」

 「ほらね。なのになぜ今その感情がなくなってしまったのか不思議なんだ」

 「だから、いつか復讐するって言ってんだろ」

 「いいや、君は出来ないよ」

 「勝手なこと言いやがって」

 「君からは冰熬に対する怒りの感情を感じない。いつか、とは言いながらもきっとずっとしないんだろう」

 男は祥哉に近づくと、その耳元に口を近づけて小さな声で言う。

 「冰熬はいつか君を裏切るよ。その前に殺した方がいい」

 「・・・・・・何言ってんだてめぇ」

 「そうやって生きてきた人間なんだよ。生き抜くために色んな人間を裏切って、身代わりにして、冰熬は今日まで生きてきたんだ」

 「違うだろ」

 「君の弟だって、冰熬にうまく利用されたとは思えないか?」

 「は・・・・・・?」

 「冰熬がうまく弟を操って、自分をかばうように仕向けた。君の弟はまんまと自らの判断でそう動いたと思ってしまったんだ。狡猾な男だよ、あいつは」

 「・・・・・・」

 「よく思い出してみてくれ。冰熬のこと、弟のこと。そもそも、本当に偶然なのかな?冰熬と弟が出会ったのは。もしかしたらそれさえもあの男が仕向けたのかもしれない。そう考えると、すべてがひっくり返るだろ?」




 弟の顔が脳裏によぎる。

 二人で必死に生きていて、気づいたときには一人になっていた。

 弟が死んだことを知ったとき、自分の中でふつふつと沸きあがるものが確かにあって、最初は弟の死さえ理解できていなかったように思う。

 というより受け入れられなかった。

 自分よりも短い時間しか生きられなかった弟の分も生きるなんて、その時はそんな綺麗ごとを考えることも出来なかった。

 ずっと頭にあったのは、弟はなぜ死んだのかその理由と、原因。

 冰熬という男のことを知ったときも、どれだけの男だろうと、弟が感じた痛みや苦しみの分も味わわせてやろうと思っていた。

 実際会ったら、思っていた男と違ってはいたのだが。

 「俺は・・・」

 「君があの男を助ける義理はないはずだ。君がそのロープに触れれば、あの男はすぐに逝く。簡単な話だ」

 「俺は・・・」

 「迷う必要もない。なぜなら、君の弟はあの男が原因で死んだのだから」

 「・・・・・・」

 「答えは出たかな?」

 「・・・ふっ」

 思わず、笑ってしまった。

 そうだ、そうだった。そうだよな。

 「ああ、そうだよな。そうだ」

 「よかった」

 男はずっと手に持っていた刀を鞘にしまうと、祥哉に向けて微笑む。

 特に祥哉が何か動いたわけでもないのだが、冰熬にはどんどん何かが打ち込まれていく。

 「確かに、俺が助ける義理はねえな」

 「うん、そうだね」

 「あいつのせいで、弟は死んだ。それは変わらない」

 「可哀そうに。無念だっただろうね」

 「俺は弟を守れなかった」

 「君のせいじゃないよ。すべてはあの、冰熬という男のせいだ」

 「なんだけどよ」

 「?」

 祥哉の言葉に、男は首をかしげる。

 ふう、と深呼吸をするように顔を上に向けてから、再びゆっくりと前を向く。

 「なんでかな。今は弟と同じ気持ちなんだよな」

 「・・・どういうことかな?」

 「弟が、なんであいつのことを守ろうとしたのか、なんでずっと一緒にいたのか、なんで信じたのか。理解したくなかったが、わかっちまった。なんとなく。最初持っていた怒りだって、もうなんかどうでもよくなってんだよ。そんなもん持ってたって、俺はあいつに敵わねえから」

 「大丈夫だよ。我々と一緒に復讐しよう。手を貸すよ。見てごらん。冰熬はもうあの状態だ。いつものように戦うことが皆無。誰かが手助けでもしない限りは、このまま死んでいくだろう」

 「だよな。そう思う」

 「なら安心していい。不安になることはない。復讐は必ず出来る」

 「そうじゃなくてよ」

 「?」

 ふ、と祥哉は目の前にいる冰熬に向かって笑いかける。

 「俺だって、生かしたい奴くらいいんだよ」




 「琴桐より強い人っているの?」

 「あ?なんだ急に」

 「いや、なんか気になっただけ。今のところ会ったことないかなー?と思って」

 「俺ももういい歳だ」

 「それは知ってるけど。俺を拾ったときだって、一応、俺の生まれ故郷で3強って言われるくらいには強い奴らをちょいちょいのちょい!ってやっつけたじゃん?」

 「そんな昔のこと覚えてねえよ」

 「嘘だー」

 「俺より強い奴なんざごまんといるだろうよ」

 「え、いるの!?誰?どちら様?」

 「今日は一段とうるせえな」

 「暇なんだもん」

 「良いことじゃねえか」

 「そりゃそうなんだけど。争いがあるよりはそりゃいいことなんだけど」

 「昼寝でもしてろ」

 「世間話でもしようよ」

 「しただろ」

 「したの?さっきの?したうちに入るの?琴桐の口から何も聞いてないのに?」

 「聞いてどうすんだ」

 「どうするってことはないけど。知りたいだけ。いるのかなーって。もしかしたら俺は世の中で一番強い人と一緒にいるのかなーとか思ったんだけど」

 「はあ・・・」

 「あー、あからさまにため息ついた。ショックだなー」

 「俺が一番強いわけねえだろ」

 「あ!じゃあいるんだ!えー!誰だろう。俺会ったことある?ないよね?ないと思うんだよね」

 「だから、それ知ってどうすんだ。どうもしねえなら聞くな」

 「個人情報漏らそうとしてるわけじゃないんだから。なんでそんな頑ななわけ?言いたくない理由でもあるの?因縁の相手?」

 「詮索するな」

 「秘密主義だからでしょ。余計聞きたくなるじゃん」

 煙草を吸いながら新聞を読んでいる琴桐を見て、丗都は頬杖をつきながら拗ねたように唇を尖らせる。

 何を言ってもちゃんとした返答が返ってこないため、お茶を飲んで買い出しへ出る。

 まったくどうしてあんなに何も話してくれないのかと、丗都は思わず手に取ったトマトを握りつぶしそうになる。

 買い出しを終えて戻ると、琴桐はまだ新聞を読んでいた。

 「老眼になればいいのに」

 「聞こえてるぞ」

 ぼそっと小さい声で言ってみると、意外と聞こえていたようだ。

 ご飯の準備をしているとき、ふと、丗都は思い出したように言う。

 「そういえば、祥哉たち元気かな」

 「・・・・・・」

 「あ、わかった。琴桐より強い人」

 「・・・・・・」

 「そういうことね。あー、琴桐が素直になれないわけだ」

 「・・・・・・」 

 「ちゃんと戦ってるのは見たことないけど、ああ、なるほどね。だから俺わからなかったんだ。まあ、琴桐が本気出してるところも見たことないだろうからなんとも言えないけど、そういうことね」

 「独り言ならもっと静かに言え」

 「独り言じゃないからいいんだよ」

 丗都は調理途中のそれらを方っておき、琴桐の近くに座る。

 目をキラキラさせながら、ずいっと前のめりになって琴桐に聞く。

 「で?実際はどうなの?琴桐より強いの?どのくらい強い?戦ったことあるの?いつから知り合いなの?どうやって知り合ったの?」

 「近い」

 「強いっていうざっくりした情報した無かったからなぁ・・・。色々と祥哉から聞いておけば良かったな。俺も一回くらい手合わせしてもらった方がいいのかな」

 「やめておけ」

 「なんで?」

 「あいつは次元が違う」

 「・・・そこまで言う?琴桐だって俺からしてみれば異次元なんだけど」

 琴桐は読んでいた新聞を折りたたむと、無造作に横に置く。

 すっかり冷めてしまっただろうお茶を口に含むと一気に飲み干し、湯呑をちゃぶ台に戻すと丗都を見るわけでもなく、どこかに視線を向ける。

 そして、ゆっくりと口を開く。

 「あいつにこれ以上、戦わせてやるな」

 「・・・・・・」

 それ以上、丗都は何も言うことができなくなってしまった。

 琴桐の言葉に返事をするわけでもなく、丗都は再び調理を再開する。




「生かす生かされるは我々が決める。君はただ、自分の奥底に眠っている怒りを思い出せばいいんだ」

 「お前らさ、俺のこと知ってるみたいで全然わかってねえな」

 「そんなことはない。君の過去はきちんと調べ上げているし、君のこれまでの行動も把握している」

 「ああそうかい。なら、俺がお前らの言うことをほいほい聞くような素直な性格じゃねえことも知ってるよな」

 「ひねくれているとしても、君が本来あの男に持っている感情を思い出せばいいだけだからね」

 「だからわかってねぇって言ってんだよ。俺まじでそういうの嫌いだからな。全然俺の話聞かねえのはどいつもこいつも同じだけどな、全然違ぇ」

 「何が違うんだい?一体何の話を」

 「言ったろ。馬鹿が」

 男が再び祥哉に何かを聞こうとしたそのときだった。

 祥哉は、目の前にいるがまだちゃんと話せていない冰熬に視線を送る。

 その祥哉の視線に気づいた冰熬は、何かを言おうとしているのか、口が少しだけ動いた気がするが、それよりも先に祥哉が口角をあげて笑う。

 「ったく。祥史も余計なことしてくれたもんだよな」

 すぐに理解できた。出会ってすぐに。

 あれだけ恨んでいた相手に対して、こんな余計な感情をもってしまうなんて、思いもしなかった。

 「兄貴として、俺も腹くくらなきゃならねえだろうが」

 祥哉は男の方を一切見ようともせず、そのまま飛び降りた。

 祥哉の行動に男たちは驚くも、ロープは勢いよく下へ落ちていくため、掴もうとしても掴めなかった。

 暗闇へと一気に落ちていく祥哉だったが、それよりも驚いたのは、この後だろうか。

 祥哉が飛び降りてわずか数秒、いやそれよりも速く、冰熬は自分のロープに触れて解除すると、祥哉と同じように暗闇へと落ちていったのだ。

 冰熬は辛そうにしているが、落ちながら祥哉の腕をしっかり掴む。

 二人で落ちていきながらも、こんな会話をしていた。

 「俺の覚悟を無駄にすんじゃねえ」

 「くだらねえことすんな。俺の代わりに死ぬ必要なんざねえんだよ。誰もな」

 「・・・祥史があんたを生かしたんだ。俺は祥史を信じるしか出来ねえ。だからあんたを生かそうとした」

 「ったく。兄弟そろって何考えてんだか」

 「あんたのせいだろ。責任もってちゃんと生きろよ」

 冰熬は祥哉の頭をぐっと掴むと、そのまま祥哉の頭を自分の胸あたりへと持ってくる。

 どこまで続いているのかなどわからないその暗闇の中、なぜかはわからないが不思議と怖いことは何もなかった。

 温もりというのか、それさえ気のせいなのか、徐々に意識が薄くなっていく感覚に襲われながら、祥哉は目を閉じていく。

 意識がなくなる前に耳に薄っすら聞こえてきたのは、いつも聞いているはずの、それでいて懐かしい、そんなもの。

 ずっと見てきた。だからこそわかる。

 自分はこんな風にはなれない。

 でも、こんな風になりたい。


 「大したもんだ、祥哉」



 彼らは落ちていくのは何処なのか。

 それは誰にもわかりはしないが、彼のその行動は『猛虎伏草』となることに変わりはないのだろう。

 これは、その序章に過ぎないのだ。

 終わりとは即ち、始まりである。






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