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皎天 弐  作者: うちょん
4/11

第四視 【定】

行為する者にとって、行為せざる者は最も過酷な批判者である。

             福沢諭吉


















 第四視【定】














 「功ちゃん!見て見て!」

 「ミソギ、急に走るなって。危ないだろう。この辺車も結構通ってるから」

 「功ちゃん功ちゃん!ぽくねー、ここのお水大好きなの!美味しいんだよ!!!土がね、入ってないの!!」

 「・・・そりゃ水道水だからな。汚かったら俺は飲めねえぞ」

 ミソギは霊として存在する前に一度捨てられてしまったのだが、その時に飲んだ水の話をしているようだ。

 間波奈功典は、キャッキャとはしゃいでいるミソギを他所に、スーパーで買ってきたお菓子を食べようと公園のベンチに座る。

 ふう、とため息を吐きながらお菓子の袋を開けようとすると、ガサガサという音を聞きつけたミソギが走ってくる。

 功典の膝に両手を乗せて目を輝かせるミソギに、功典は一度は目を合わせるものの、すぐに目を逸らして袋を開ける。

 「功ちゃん功ちゃん!美味しそうだね!良い匂いがするよ!!!」

 「お前のこの前このお菓子食ったらしばらくお菓子しか食わなくなっただろ。だからダメだ。ご飯食わねえ奴にはあげねえ」

 「えええええええええ!!!酷いよ!!だって美味しかったんだもん!!!あのね、ずっとぽくが食べてたのより味がついてるの。すっごく美味しいの。チョコがね、甘くてね、美味しいの」

 「普通の犬は食えないんだぞ」

 「ぽくは食べられるもん」

 目をキラキラさせてじっと見つめられるとただ食べるという行為が難しく感じる。

 功典は最初こそ耐えたのだが、仕方なくお菓子を半分あげることにした。

 「功ちゃん大好き!!!!優しいねえ!」

 「うるせえ」

 二人してベンチに座りお菓子を食べていると、功典は忘れかけていたことを思い出す。

 「曇旺、だっけか」

 ぽつりと思い出した名前を呟くと、隣にいたミソギが功典の方を頬を膨らませながら見てくる。

 「功ちゃん、どうしたの?曇ちゃん?」

 聞き覚えのある名前にミソギも反応する。

 「あいつは、なんだっけ・・・」

 功典がもう一人の名前を思い出そうとしたとき、風が吹いて思わず目を瞑る。




 「あいつ霊が見えるらしいぜ」

 「嘘に決まってるよ」

 「この前も痛めつけてやったのに懲りねえんだな。学校に来なくていいのにな」

 「二度と来れないようにしてやろうぜ」

 そういって、同じクラスの奴らは隣のクラスへと向かった。

 授業のチャイムが鳴ることに慌てて戻ってきたかと思うと、なにやら楽し気に話していたのが聞こえた。

 「あいつとっとと帰ったな」

 「ああいうのをほら吹きって言うんだぜ」

 「よくあんな嘘吐けるよな」

 「俺たちで嘘つきは成敗してやろうぜ」

 そんなくだらない話をしていた。

 功典が窓の外を眺めていると、そこにはそいつらの話の的になっていた隣のクラスの男の背中が見えた。

 ランドセルを背負い校門に向かっていることから、男たちが言っていた通り、帰るところなのだろう。

 授業を終えてさっさと家路をたどっていると、公園で先ほどの背中を見つける。

 ランドセルは背負っていないため、一度家に帰ったのかもしれない。

 隣には小さな男の子がいることから、弟なのかもしれない。

 ふと、男がどこかへと視線を向ける

 何を見ているんだろうと思って同じように顔を動かすと、そこには薄っすらとした体の人間が・・・いたような気がした。

 気のせいだったのかもしれないが、男は弟に何かを伝えると、先ほど功典にも見えた人影の方へと向かう。

 そこに誰かいるのかのように話をしていると、弟が男の方へとよちよち歩いて行って、男と手を繋ぐ。

 弟にはそこにいる何かが見えていないようで、ただ何かいる感じはしているのか、男とその前の空間を交互に見ている。

 少しして男が弟を連れて公園を出る。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 そこで、目があってしまった。

 特に話をしたことがあるわけでもないため、挨拶をしていいのかもわからなかった。

 男はそのまま何も言わずに弟を連れて去っていってしまったが、もしかしたら男が言っていた「霊が視える」というのは本当なのでは、とその時感じたのは確かだ。

 それから男は学校に来たり来なかったりしたが、独特な空気を持っている不思議な男だった。




 「あれ?」

 「功ちゃん!!!!起きた!生きてる!!!良かったよおおおお!!!!死んじゃったかと思ったあああああ!!!」

 「ミソギうるせぇから耳元で騒ぐな」

 「やっぱり生きてたな」

 「なんであんたまでいんの」

 「ミソギが俺んとこに来たんだよ」

 「功ちゃんがねええ!!!いきなり突っ込んできたあの箱型ブーブーにねええ!!どーん!!ってされて死んじゃったの!!!!怖かったよおおおお!!!」

 「死んでねえから」

 どうやら、車が突っ込んできてそれに轢かれたらしい。

 功典の顔の近くにはミソギが顔中の出せるものを全部出して泣いていた。

 その横にはふてぶてしい態度で大きな欠伸をしている男、曇旺がポケットに手を入れて立っていた。

 「これもあいつが俺を狙ってたってこと?」

 「だろうな」

 「はあ。体痛い・・・」

 「それくらいで済んでんだからさすがだな。普通の人間なら今頃あの世に連れていかれてるぞ」

 「功ちゃん、ぽくも眠くなってきた。一緒に寝てもいい?功ちゃんてさ、寝るとき暖かくなるからぽく大好きなの」

 「なんでそんなに俺のことあの世に連れていきたいんだよ」

 「本来すでにあの世に逝ってるはずだったからな。あいつはあいつなりに仕事を全うしようとしてるんだろ」

 「・・・なら、もう連れて行ってもいいんだけど。痛い思いして生きていくくらいなら、いっそのこと楽になりたいよ」

 功典の言葉に、ミソギはキョトンとし、曇旺は表情ひとつ変えずに窓の外を眺める。

 窓から入ってくる風は少し冷たく感じるが、痛みでまともに動いているのかさえわからない脳味噌を冷やすには丁度いい。

 霊が見えるとわかって、あの男の気持ちが少しだけわかったかもしれない。

 ミソギを追いかけたり叱ったりするとき、周りの人から変な目で見られることがあるため、こんな気持ちを毎日していたのかと思うととても生きにくかっただろう。

 功典は布団に潜り込もうとしたのだが、そのとき、声をかけられる。

 「あれ?お前、間波奈?人違いだったらごめんな」

 「え?」

 金髪の男と、その弟たちだろうか。

 その髪色には見覚えはなかったが、なんとなくの雰囲気には覚えがあった。

 「ああ、話すの初めてだもんな。俺のこと知らねえか」

 「・・・確か、遊意?だっけ?」

 「おー、すげ。知ってんだ。俺のこと」

 「まあ。ある意味有名人だったからね」

 「今兄貴のこと馬鹿にしたのか?」

 「兄ちゃん馬鹿なの?」

 「まあ確かに利口ではねぇけど」

 「あ、いや、ごめん」

 弟の一人が怒ったようにずいっと前に出てきて功典を威嚇してきたため、功典は思わず謝る。

 本人はそこまで気にしていないようだが。

 すると、男はミソギを見て近づくと、頭を撫でた。

 やっぱり本当に視えているんだとわかって驚いていると、突っかかってきた弟も功典をじっと見てきた。

 「なんだこの犬っころは。お前も見えてんの?お前に懐いてるもんな」

 「ああ、うん。なんか見えるようになったみたい」

 「で、そっちは?霊・・・ってわけじゃなさそうだけど」

 まさか曇旺まで見えているのかと、功典は驚いていると、ミソギが男の足に絡みついてじゃれ始める。

 「ミソギ、迷惑だから離れろ」

 「ミソギっていうのか。いい名前だな」

 「功ちゃん!この人良い匂いするね!!ぽくのこと可愛いって思ってるよ!!嬉しい!大好き!!!」

 「ごめん、ポジティブな犬で」

 「ははは、いいことだ」

 「遊意くん、なんで病院に?」

 「ああ、弟が怪我してな」

 「え、大家族なんだ」

 「まあな」

 「兄ちゃん!!トイレ行きたい!!!うんちっちの準備できたよ!!!」

 「意味わかんねえ準備すんなよ。ったく」

 文句を言いながらも、男は弟をひょいっと持ち上げると功典に向けて手をあげると勢いよく走っていった。

 その場にいた弟たちも功典に軽く会釈すると部屋から出ていった。

 ミソギまでついていきそうになったため止めた。

 「功ちゃん!ぽくあの人大好き!!」

 「・・・・・・」

 「知り合いか?俺のこと見えてたな」

 「うん。昔から霊とかそういうのが視えるらしい」

 「そりゃ苦労してんな」

 今後も気を付けるようにとだけ言うと、曇旺は消えていく。

 ミソギはドアの近くで先ほどの男がまた通らないか待っていたようだが、弟のトイレタイムの後そのまま帰ったと思われる。

 少し落ち込みながら戻ってきたミソギだが、そんなミソギの頭を撫でてあげると、すぐにニコニコしっぽを振って喜んだ。




 「功ちゃん、いつお家に帰れる?明日?ぽくもお布団で寝たいよ」

 「明日は多分無理だな。数日は病院泊まりかなあ」

 「ここね、お鼻が痛くなるの。なんかね、んとね、こう、つーん!ってなるの!お鼻の奥がね、痛くて嫌なの」

 「ミソギ、お前は家に帰れ。鍵なくても入れるだろ?」

 「功ちゃんと一緒にいる」

 「鼻痛いんだろ?」

 「でも功ちゃんはここにいるんでしょ?ならぽくもここにいる!おとなしくしてる!いい子にしてるよ!!!」

 「それはいいけど・・・」

 病院の薬品などの匂いは、霊の姿となってもミソギにはきついらしく、それを心配した功典は家に帰るよう伝えるが、ミソギは悲しそうに鼻を鳴らす。

 いつもは功典と一緒に布団で寝ているミソギだが、今日は無理だろうと思っていると、ミソギはなぜかベッドにあがってくる。

 「ミソギ、何してるんだ」

 「功ちゃんと寝るもん。ぬくぬくするの。気持ちいいの」

 「あ、俺飲み物買ってくるから。ちょっとミソギどいて」

 「えーーーー!!!!ぽくも行くもん!!!!」

 「すぐそこのコンビニに行くだけだぞ」

 「それでも行くもん!!!!」

 病院内にあるコンビニに向かうと、黒い髪の男がじっとこちらを見ていた。

 なんだろうと思っていると、どうやら功典ではなくミソギの方を見ているようだった。

 視えているのかと思っていると、ミソギは鼻をくんくんとさせる。

 「功ちゃん!あの人、さっきの人の匂いがするよ!!同じ人?」

 「さっきの人?」

 もしや遊意のことかと話しかけようとしたのだが、男は特に何も言わないまま、レジで大量の食べ物を買っていった。

 「弟が怪我してるって言ってたから、弟かもしれないな」

 「美味しそうな匂いもした!!!功ちゃん!ぽくこれ食べたい!!これもね、美味しそうだね!いっぱい食べようね!!」

 ミソギが次から次へと食べ物を選ぶため、功典は飲み物とおにぎりをふたつだけ手に持ちレジへと向かった。

 部屋に戻るまでも、ミソギはあれも食べたいこれも食べたいとずっと言っていたが、適当な返事だけを返す。

 部屋に戻ると、おにぎりのひとつを開けてミソギに与えれば、ミソギはさっきまで食べたいと思っていたことなど忘れたかのように、おにぎりを口へ頬張る。

 「功ちゃん功ちゃん、美味しいね」

 「ん」

 飲み物のキャップを開けて喉に流し込むと、功典は窓の外を見つめる。

 それからしばらくぼーっとしていると、そこへ一人の人物が現われる。

 「またあんたか」

 「どうやら君は、相当強い力で守られているようだ」

 声が聞こえてきた方へと顔を向けると、警戒しているのか、その人物に対して唸り声をあげているミソギがいた。

 「人間一人連れて逝けないなんて、あんたらも大したことないな」

 挑発しているわけではないが、何度も三途の川の前を通るのも嫌なものだと、功典はその人物を睨みつける。

 「私たちも困っている」

 「私、たち?」

 「人間たちが”死神”と呼んでいる存在は一人ではない。私たちは様々な世界で、様々な時空で、様々な時代で命を見ている」

 「ああ、他の死神仲間ってことか」

 「世の中の決まり事。秩序であり摂理である。その中には当然”死”がある。君をその秩序から外すわけにはいかないんだ」

 「・・・・・・」

 誰かが聞いていたら功典の独り言に聞こえているのかもしれないが、今はどうでもよかった。

 扉も閉められているし、なんなら鍵がかかっていることから、この人物がかけたのかもしれない。

 ふと、功典は何か思い出したように言う。

 「死神って、普通骸骨でフード被ってるんじゃないの?」




 自分でも何を変なこと聞いているのかと思った功典は、飲み物を飲んで空気を誤魔化そうとする。

 しかし、その人物から返ってきたのは思っていたものとは違う言葉だった。

 「死神とて個性はある」

 「個性?」

 「そうだ。もちろん、基本的にはフードを被っている者も多い。だが、それは人間が作り上げた想像物でもある」

 「・・・?」

 何を言っているんだろうと思っていると、その人物は自分の顔をぺりっと捲る。

 「!!!!!!!!」

 そこには、本やアニメなどでよく見る、あの骸骨の顔があった。

 顔を元通りにすると、こう続ける。

 「こんな話を聞いたことがないか」

 死神が顔を隠すようにフードを被っているのは、自分が連れて逝く者が亡くなったとき、泣いているのを隠すため。

 「泣くの?死神が?てか泣いたらダメなの?」

 「死神になるのは、思っている以上に大変なことなんだ。英雄になることよりも、難しいかもしれない。まあ、中には地位を求めるだけの者もいるが」

 「え、死神にも地位とかあんの。やっぱりどこにいてもいろいろあるんだな」

 「カロン、という名を聞いたことがあるか」

 「カロン?マカロンならあるけど」

 「カロンとは、死者をあの世に連れて逝く渡し守のことだ」

 「死神と何が違うの」

 「その話は今したところで到底理解できないだろうからしないが」

 「ムカつく」

 「簡単に言えば、カロンは死者を弔う者。我々死神は死者となる生者をカロンへ引き渡す者。一人静は生者を天つ日のもとへ帰す者」

 「それでいいじゃん。どんだけ難しい言葉で説明しようとして・・・え?一人静?誰それ?初耳なんだけど。新キャラ?」

 「死神の中には、カロンの座を奪おうと企む者もいると聞く」

 「人の話全然聞かねえじゃん」

 「死神の力は決して下位ではない。それなのになぜ君は思い通りにならないんだ」

 功典を助けた男の言葉、そのおかげで功典は今こうして生きている。

 生きることが出来ているのは、その男と、それから曇旺のおかげとは言いたくないが、事実そうなのだろう。

 「君は気づいていないかもしれないが、曇旺は今日も力を使ってはいない」

 「え」

 「君には、何かしらの守護の力が働いているらしい。その力に邪魔されて、上手く発動されないんだ」

 「それって・・・!!!」

 すると、いきなりその人物は功典の首を絞めてきた。

 そのまま馬乗りになり、まるで生きている人間に乗られているかのような重みがのしかかってくる。

 「あ・・・」

 呼吸が出来なくなり、功典はその苦しさに思わず自分の首を絞めている人物の腕を掴もうとする。

 しかしどういうわけか、それに触れることは出来なかった。

 「功ちゃん!!功ちゃんを離してええええええええええ!!!!!!」

 ミソギが必死に腕をどかせようとするが、ミソギの力では解くことが出来なかった。

 最初こそ抵抗をしていた功典だったが、そのまま次第に力を抜き、流れに身を任せようと目を瞑る。

 「そうだ。そのまま静かに眠れ。永遠に」




 「功ちゃん!!大丈夫!?生きてる!?死んだの!?悲しいよ!!!ぽくとっても悲しいの!!!!嫌だよおおお!!!」

 「・・・ミソギ、五月蠅い」

 「生きてるーーーー!!!!やった!!!!!!!」

 意識を飛ばしたはずの功典だったが、なぜかそこはまだ自分がずっと生きている世界の景色だった。

 三途の川だったらそれはそれでどうしようとも思っていたが、急に胸が苦しくなり、激しく咳込んだ。

 「功ちゃん!!!」

 「大丈夫だ。こほッ」

 「無事か?」

 「え・・・なんで」

 そこにいたのは、昼間出会ったあの遊意だった。

 手には数珠を握りしめており、遊意の前には、先ほどまで功典にのしかかってきていたあの人物がいる。

 何があったのかわからずにいると、遊意の弟である、コンビニで見かけた黒髪の男が言った。

 「俺が兄貴にあんたの後ろになんか変な靄があったって話をした。そしたら林人・・・弟も、『あのお兄ちゃん苦しそうにしてる』って兄貴に伝えたらしくて。で、兄貴が走って病院まで戻ってきて、あいつのことぶん殴ったってわけ」

 「ぶ、ぶん殴ったって・・・。俺、あいつに触れなかったんだけど」

 「兄貴は触れるんだよ。昔から」

 「え、そうなの」

 「まあ、相手が霊じゃないからどうなるかわからなかったけど、やってみるもんだな。ばあちゃんの数珠ってすげぇ」

 「???」

 その弟は実にマイペースな感じで、表情ひとつ変えずに説明を終えた。

 会話の内容から察するに、この弟も何かが視えているんだろうということはわかったが、あえて深くは聞かなかった。

 遊意は数珠を握りしめて拳をつくると、そこにいる人物を見て笑う。

 「やっぱ霊とは違うんだな。殴った感覚があんまねぇや」

 「やはり、君は色んな者に守られているんだね」

 功典を見ながら、その人物は呟く。

 「私は諦めないよ。君を摂理に導くまで、ずっとね」

 そういうと、消えていった。

 「摂理に導くって、何言ってんだあいつは?」

 遊意は首をひねりながら数珠をしまうと、まだ体中に酸素がいきわたっていない功典を見て、背中を摩る。

 「功ちゃん大丈夫?息出来てる?吸ってる?吐いてる?すーはーしてる?ぽくみたいに上手にできる?」

 「ミソギ邪魔」

 「ははははは。林人みてぇで可愛いな」

 「兄貴にも似てる気がする」

 「嘘だろ。俺こんな感じ?ちょっとあほっぽいってこと?」

 「兄貴はこの犬があほっぽいって思ってるんだ」

 「んなことねぇよ。可愛いだろ」

 「ぽくね、功ちゃんのこと大好きなの!!ありがとう!!お兄ちゃんたちのことも大好きだよ!!功ちゃん助けてくれたもん!ぽくからもありがとうするね!!!」

 「めちゃくちゃ可愛いんだけど。”ぽく”って言ってる」

 「頭撫でてもらっちゃった!!へへ!」

 人懐っこい感じが弟と似ているらしく、遊意はミソギをわしゃわしゃ撫でる。

 そのうち別の弟から連絡が来たため家へと帰っていった。




 「功ちゃん、大丈夫?本当に元気になった?ぽくとお散歩行ける?走れる?競争できる?」

 「ミソギ、元気になったから体重かけてくるな。腰が痛くなる」

 「まだ痛むの!?どこが痛いの!?ぽくが治してあげるからね!!!!」

 「っだーーーーーー!!!!だから!!!重たいっつーの!!!!!」

 「功ちゃんに怒られた!!怖い!!!」

 ミソギが逃げ出すように功典から離れると、そこへトラックが通りかかる。

 「ミソギ!!!危ねぇ!!!」

 トラックの急ブレーキがかかるのと同時に、今度は功典がトラックの前に飛び出す形となってしまった。

 耳に劈くような音が響くと、功典は走馬灯を見る。

 あの時、自分を助けた男の影と、その後ろにいる黒い靄。

 「危ねぇぞ!!!いきなり飛び出してくるな!!!」

 「す、すみません・・・」

 心臓がまだバクバクしているが、トラックは功典の前で止まった。

 自分の服の心臓あたりを掴んでいると、ミソギは胸が痛いと勘違いしたらしく、功典の胸を摩って治そうとする。

 「功ちゃん功ちゃん、大丈夫?痛い?」

 「大丈夫・・・ってかお前が走り出すからだろ」

 「ごめんね。でもぽく当たらないよ」

 「・・・あ、そっか」

 よく考えてみたら、ミソギは実体がないため、トラックにぶつかるなんてこともなければもちろん轢かれることもないだろう。

 功典は安堵のため息を深く深く吐く。

 「功ちゃん、ありがとう!ぽくを助けようとしてくれたんだね!!功ちゃん優しいね!大好きだよ!!!」

 「そんなんじゃねぇよ」

 「功ちゃんよしよし。いい子だね」

 「やめろって」

 ミソギに頭を撫でられたため、功典はその手を払う。

 そのまま立ち上がって帰ろうとしたとき、急に後ろにいたミソギが大きな声を出して泣き出した。

 何事かと思っていると、ミソギは功典に抱きついてきた。

 「功ちゃんが死んじゃったらどうしようかと思ったよお!!!怖いことしないで!ぽく、ぽく、功ちゃんがいなくなったらまた一人になっちゃうよおおおお」

 わんわんと泣き出したミソギの顔はぼろぼろだ。

 ふと、曇旺に言った言葉を思い出す。

 ミソギは功典に抱きついたままでいると、功典はミソギの頭に手を伸ばし、ぽんぽん、とあやすように撫でる。

 「ミソギ」

 「ぽく、功ちゃんのこと大好きなんだもん!!ずっと、ずっと一緒にいるもん!!だからぽくを置いてどこにも行かないで!!!」

 「ミソギ」

 「寂しいよお!!暗いのも一人なのも嫌だよお!!!」

 「ミソギ」

 何度か優しく名前を呼んだところで、ようやくミソギが顔をあげる。

 その顔はあまりにぼろぼろで、見た瞬間に正直笑ってしまいそうにもなったが、そこは耐える。

 「ミソギ、ごめんな」

 小さい子をあやすように。

 「もう大丈夫だ」

 自分を守ってくれているのはきっと。

 「お前のこと、一人になんてしねぇから」

 生きることしか選ばせてくれない、そんな存在。

 「危なっかしくて一人にできねえし」




 誰かを守りたい、誰かと一緒にいたい。

 それもまたひとつの【志操堅固】の形だと、知るのはもう少し後かもしれない。









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