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皎天 弐  作者: うちょん
2/11

第二誠 【頼】

過去から学び、今日のために生き、未来に対して希望をもつ。大切なことは、何も疑問を持たない状態に陥らないことである。

           アインシュタイン


















 第二誠【頼】














 「タカヒサー・・・って今日も帰ってきてねえか」

 タカヒサの部屋の合い鍵を持っているのか、それともタカヒサが知らないうちに作ったのか、それ以外なのかはわからないが、とにかくタカヒサの部屋の鍵を持っていたこの男、新ヶ尸誠人。

 しばらくタカヒサと連絡が取れなくて、とはいっても普段からタカヒサは連絡がほぼ取れない状態のため、こうして定期的に新ヶ尸はタカヒサの部屋に勝手にあがりこんで部屋を確認しているのだ。

 先週来たときと変わらない部屋と、タカヒサがストックしているプロテインの量。

 「どこでなにしてんだあいつは」

 携帯を取りだしてタカヒサに連絡をしてみるが、当然のように出ない。

 というよりも、部屋のどこからか聞こえてきた携帯のバイブ音に、新ヶ尸はため息を吐きながら音のする場所を捜索する。

 「・・・・・・」

 予備の寝袋の中から発見した携帯を見つけ、新ヶ尸は自分の携帯を切る。

 その時、玄関から気配を感じ取ったため、物音を立てないように物陰に隠れる。

 がちゃ、と音を立ててドアノブが回されると、その人物は遠慮なしに部屋の中へと入ってくるのだが、なんとなく、住人のものとは違う気がする。

 部屋に入ってきた人物が近づいてきたその時、新ヶ尸はその人物の腕を引っ張り、壁に顔から押し付ける形で捕らえる。

 「え、すみれちゃん!?」

 「ちょっと!痛いじゃない!!!」

 「ごめんごめん。どうしたの一体」

 そこに現われたのは、スタイルも顔もいいが性格に少々難ありの野崎すみれだ。

 新ヶ尸は慌てて拘束していた腕を解放させると、すみれはムスッとした顔を新ヶ尸に向けてきて、さらには腹パンしてきた。

 女性とはいえども、タカヒサから護身術を教わったことのあるすみれのパンチは、思っていたより強かった。

 新ヶ尸は腹を抑えながらも笑う。

 「あんたが最近タカヒサと連絡取れないっていうから、私も様子見に来たのよ。悪い?」

新ヶ尸に押さえつけられた箇所を摩りながら、すみれは部屋を見渡す。

 そんなすみれを見て、新ヶ尸はすみれの腕を摩ってあげようと腕を伸ばしたのだが、すみれの掌が新ヶ尸の顔面を押さえつけてきたため、小さく笑いながら一歩下がる。

 「全然悪くはないんだけど、なんですみれちゃんタカヒサの部屋の鍵持ってるの?」

 「前にあんたがタカヒサの部屋の合鍵をこっそり作ってるの見たからあんたのポケットから拝借して作っただけよ」

 「すみれちゃん、俺からスルなんてそんなに俺が触れたものが欲しかったんだね」

 自然な流れですみれに抱きつこうとした新ヶ尸だったが、すみれがひょいっと避けてしまったため、壁に激突した。

 それでもめげずにすみれの方を見ると、すみれは部屋をぐるりと見てからカーテンをちらっとだけ開ける。

 「で、タカヒサは?」

 「まだ戻ってないみたいだよ」

 「まったく。副業の稼ぎがないから先月も今月もカツカツよ」

 「すみれちゃん俺と一緒に住む?そしたら生活費も光熱費も全部俺が出すし食費もなんなら日用品も娯楽費も出すよ」

 「金だけ欲しいわ」

 「すみれちゃんてば辛辣ね」

 「で、真面目な話、どうなのよ。連絡取れてないんでしょ?」

 すみれの質問に、新ヶ尸は顔つきを変えてカーテンを背に寄りかかる。

 「こんなに戻ってないのは・・・二度目、三度目かな?多分、なんかに巻き込まれてるんだろうね。まあ、タカヒサのことだから無事だとは思うけど」

 「ちょっと待って。三度目?前に一回あったのは知ってるけど、あといつあったのよ?」

 「んー?すみれちゃんと出会う前かな?」

 「え?あんたたちってそんな前からの知り合いなの?てっきり同時くらいに会ったと思ってたわ」

 「タカヒサとはね、ひょんなところで会ったんだよねー。まじびっくり。まじ宇宙人かと思ったし。怖いなーって思ったよ。このご時世に銃持ってトレジャーハンターとか言ってるやべぇ奴だって思ったよ」

 「あんたも大概よ」

 「さてと。どうやって探そうかな」

 「急用なの?」

 「んー・・・そういうわけじゃないんだけど。ちょっとね」

 「私には言えないってわけ?」

 「すみれちゃんがもし人質にでもされてあんなことやこんなことされるかもしれないって考えると怒り狂いそうだから言えないかもしれない」

 「人質にされること前提で考えるの止めてくれる?」

 「だってすみれちゃん可愛いんだもの。スタイルいいんだもの。たまに見せるか弱い感じも大好きなんだもの」

 「タカヒサ仕込みの手刀を使ってもいいのよ」

 一瞬は真面目な顔をしていた新ヶ尸だったが、すぐにヘラヘラとしながらすみれと話した。

 それがすみれにとっては癪に障ったらしく、新ヶ尸を見て不機嫌そうにする。

 ぷいっとそっぽを向くと、新ヶ尸は困ったように笑ってすみれに何か言おうと口を開く。

 その時だった。

「すみれちゃん!!!」




 いきなり窓から銃声が聞こえてきたかと思うと、部屋の中にあるものが次々に音を立てて壊れていく。

 新ヶ尸はすみれの頭を自分の胸におさえつけて窓から急いで離れると、音が鳴りやむのを待つ。

 一分、二分くらいか、そこまで時間が経っていないのかもしれないが、じっとしているとそのうち音が止まる。

 「・・・すみれちゃん、大丈夫?」

 新ヶ尸はそっと顔を出して様子を確認すると、窓の方を見ながらすみれに声をかける。

 「どういうこと」

 「え?」

 「巻き込まれてるって、何に巻き込まれたらこんなことになるのよ」

 「タカヒサの居場所突き止めるなんて大した奴らだな。これって請求書タカヒサんとこくんのかな。可哀そう。同情するよ」

 「ちょっと!説明してよ!!」

 「すみれちゃんの可愛い顔が近くて俺嬉しいんだけどどうしよう。キスしたいかも」

 「冗談言ってる場合じゃないでしょ!もしかして、この前の奴ら?あいつらがタカヒサの居場所突き止めてこんなこと!!」

 「・・・・・・」

 何か考える素振りを見せた新ヶ尸は、また窓の方を見ている。

 その横顔に少し、本当に若干だけ見惚れていると、すみれの視線に気づいた新ヶ尸はすみれを見てにっこり微笑む。

 「すみれちゃんさ、ちょっとお願いがあるんだけど」 

 「お願い?」

 そういうと、新ヶ尸はポケットから携帯を取り出して何かを打ち始める。

 「今すみれちゃんに送った住所に行ってほしいんだ。で、連絡を待っててほしいんだよね」

 「連絡って誰からよ」

 「俺の知り合いから」

 新ヶ尸から送られてきた住所へと向かったすみれを見送ると、新ヶ尸はどこかへと電話をかける。

 数回コールをしても出なかったため一旦切るが、それからすぐに折り返しがくる。




 新ヶ尸は一人で歩いていた。

 欠伸をしながら適当な店を眺め、とある細い道に入ったときだ。

 見知らぬ男たちが新ヶ尸の前にずらりと並ぶ。

 「・・・・・・」

 後ろからも足音が聞こえてきたため、新ヶ尸は顔だけを動かして背後も確認すると、行く道を邪魔する男の中から一人、代表者のような男が出てくる。

 その顔には見覚えがなかった新ヶ尸は、首を傾けながら尋ねる。

 「どちら様?俺に何か用?」

 ズボンのポケットに手を突っ込みながらの新ヶ尸に対し、男は一定の距離を取ったまま一言。

 「連行する」

 「どこに?」

 「捕らえろ」

 「罪状は?」

 新ヶ尸の質問に答えることもなく、男たちは一斉に新ヶ尸に近づいてきて、その体を拘束する。

 それから別の男が新ヶ尸の服装を探り、携帯や財布、他何か持っていないかを確認するとそれらを没収する。

 「男に群がられても嬉しくねえんだけど」

 「聞きたいことがあるだけだ」

 「ならここで聞けよ。俺だって暇じゃねえんだ。お前らの都合に合わせる義理なんてねぇよ」

 反抗的なことを言ってはみるが、男たちによって強引に車に乗せられる。

 それから目隠しをされ、しばらくおとなしくしていると、そのうち車がどこかに駐車したようで、今度は下りるよう言われる。

 目隠しをされたままのため、男たちに引っ張られる方へとなんとなく歩く。

 「ここで待て」

 しゅるる、と目隠しを外されると、久しぶりに感じる光に思わず顔をしかめる。

 ゆっくり目を開けると、新ヶ尸は自分のいる場所を確認してから、椅子に座ってなにやら作業をしている男をじっと見る。

 新ヶ尸の方を見ようともしない男だったが、他の男に何か指示を出すとようやく新ヶ尸の方を見る。

 「手荒なことをしてすまない」

 「本当にな」

 「君の力を借りたいんだ。私たちはある男を探している。それに協力してほしいんだ」

 「俺の力を借りてぇってのはよくわかる。だがな、協力してほしいってんならお願いの仕方ってのがあるよな?こんな陰気なところにいきなり連れてこられて、『はい聞きますなんでしょう』とはならねえよ、普通」

 「ごもっともだ」

 「ならさっさと帰らせてくれ。俺は別の要件があんだ」

 そう言って踵を返した新ヶ尸だったが、周りにいた男たちが新ヶ尸に銃を向ける。

 「これがあんたらの『お願いの仕方』ってわけか」

 「こちらも急ぎでね。どうしても君の情報が必要なんだ。君が知っていることをすべて教えてくれさえすればいい」

 体を半分ほどだけ振り返らせると、新ヶ尸にしては珍しく睨みつけるような目つきを男に向けながらも口元は笑みを浮かべる。

 その声はとげとげしくも感じられる。

 「は?俺の持ってる情報が有益なものだってわかってて、お宅は何も払わず渡せってか?それは都合がよすぎるよな?」

 「出来ればこれ以上君を傷つけたくないんだ」

 「それは脅しか?」

 「いいや、脅しではない。これは”依頼協力”だよ」

 「・・・・・・」

 それにしては銃を下ろす気配が一向にない男たちに、新ヶ尸はいまだ淡々と作業をおこなっている男をじっと見る。

 体を男の方へ向けると、新ヶ尸は男に近づこうと足を動かす。

 だが、男に近づこうとするとすぐに威嚇射撃をされたため、足を止めてから撃ってきた方をちらっとだけ見る。

 銃を向けられたまま、新ヶ尸はしばらく黙っていた。

 「さて、そろそろ最終結論を出してもらおうかな」




 「・・・・・・」

 何も答えない新ヶ尸に対し、男はようやく手を止める。

 「情報を渡すということは、君にとっては死活問題にも関わる。すべてさらけ出すわけにもいかないんだろう。だが、これは君のためでもあるんだ。わかってくれ」

 「・・・・・・」

 「君が手を組んでいたあの男は、私たちがずっと追っていたんだ。とても凶悪、凶暴な男なんだ。だから捕らえて罰を与えなければいけないんだ。わかってくれるね」

 「・・・・・・」

 「今ここで答えが出せないのなら、一晩だけ考えてもらってもかまわない」

 「・・・・・・」

 結局、その後新ヶ尸は一言も話すことなく、そのまま牢屋へと連れていかれた。

 その夜、新ヶ尸が何を考えていたのかなど、誰にもわからないだろう。

 一夜明け、男たちが新ヶ尸を牢屋から連れ出して再びあの男の前へと連れていくと、今度は離れた場所からではなく、新ヶ尸の背中に銃口を突き付けながら応えを迫る。

 「どうかな?結論は出たかな?」

 「・・・・・・」

 「黙っていればなんとかなると思っているのかな?君はそこまで愚かじゃないはずだ」

 「・・・・・・」

 それでも何も言わない新ヶ尸に対し、男は迫るように銃をさらに強く押し当てる。

 「・・・・・・」

 「本当に殺されたいのか」

 後ろの男が新ヶ尸に聞くが、新ヶ尸はただ口を噤んだまま、じっと男を見ているだけ。

 十分も経たないうちに男がため息を吐きながらこう言った。

 「いたし方あるまい。処分だ」

 男はそれを言った後、すぐに椅子から立ち上がってどこかへと向かっていこうとする。

 「やっぱ上の奴ってのは、自分の手を汚すのは嫌なんだな」

 「・・・なんと?」

 今日ようやく初めて口を開いた新ヶ尸は、呆れたようにため息を吐きながらも、肩を小刻みに動かしながら笑う。

 「別にィ?こんな大勢でわざわざ必死こいて俺を連れてきた割に、言うこと聞かせられないんだったらはい、さよなら。まあ、政府の奴らがやりそうなことだわな」

 「口を慎め」

 「俺はお前の部下でもなんでもねえけど?慎む理由があるか?なんなら殺されそうだってのに今さらどうなるってんだ」

 「最期の悪あがきか」

 「なんとでも言えよ。男にはな、やらなきゃならねえときってのがあんだよ。悪あがきだろうとなんだろうとしてやるよ」

 「早く撃て」

 新ヶ尸の後ろにいた男が銃口を新ヶ尸の頭へと移動させ、引き金を引く。

 その瞬間、新ヶ尸は頭を動かして体を反転させながら男を見て笑う。

 もう一人近くにいた男が新ヶ尸に銃を向けるのが見えるが、その銃弾は新ヶ尸に当たることはなく、銃を構えていた男がなぜか倒れてしまった。

 「お前、どういうつもりだ」




 「暑い」

 フードを取った男は、薄い青の短髪だった。

 「お前は、誰だ?」

 「今ここで名乗る意味はない」

 「まじでびびったー。撃たれるかと思ったー。怖い怖い」

 「お前が撃てって言ったんだろ」

 「言ったけどさ。タカヒサみたいに正確に撃てる保障なんてないからね」

 「ここで見捨ててやってもいいんだぞ」

 「俺を今見捨てたところでお前だって消されるのが落ちだよ」

 男たちはみな同じような服装をしているため気づかなかったが、どうやら一人、ネズミが紛れ混んでいたようだ。

 「その名前を出すな。あいつが怒るぞ」

 「いないから大丈夫でしょ」

 新ヶ尸はなにやらごそごそと動き出すと、靴裏の溝に詰め込んでいた何かを取りだし、それを床に放り投げる。

 煙幕のようにもくもくと煙が出てくると、男たちは慌てて銃を撃ち始める。

 しかし、煙は思っていた以上に早く広がり、男たちは互いのことを撃ち始めてしまった。

 急いでいたるところの窓を開けて換気をして煙を飛ばすと、すでにそこには新ヶ尸ともう一人の男の姿はなかった。

 「逃げられました!!」

 「探せ!!!」

 男たちが慌てて新ヶ尸たちを探し始めたころ、すでに新ヶ尸たちは建物から脱出して外へと逃げ出していた。

 外にあったバイクに男が跨ると、新ヶ尸は当然のように後ろに乗り、さらにはヘルメットまで要求してきた。

 「おい、乗せるとは言ってないぞ」

 「え?タカヒサは乗せてくれるよ?」

 「なんでもかんでもあいつと比較するな」

 「そうだよね。タカヒサに敵わないもんね。ふぬぬ!!ってなっちゃうもんね」

 「お前、そんなんだから敵増やすんだぞ」

 「だろうね」

 男は仕方なく新ヶ尸を後ろに乗せると、自分用のヘルメットを新ヶ尸に渡す。

 そこから離れるようにして一気にスピードをあげていくと、凸凹道を走りながら新ヶ尸に話しかける。

 「で?あいつは?」

 「お宅のリーダーのとこにでも向かってるのかな?俺の勘だけど」

 「・・・てことは、あいつもか」

 「あいつ?真袰のこと?」

 「違う。こっちの話だ」

 「ああ、わかった。一緒に潜入捜査してた奴だ。優秀らしいね」

 「お前、そういうのどこから耳に入るんだよ。死んでも言うなよ」

 「俺すごくない?褒めて褒めて」

 「それより、お前携帯奪われたって言ってなかったか?どうすんだ?」

 「あー、あれ?あれね、今回のために用意したフェイクだから平気。それより、あれに可愛い犬の動画入れてたんだよなー。タイトルなんだったっけな」

 余裕そうな新ヶ尸に、男はとりあえず大丈夫なんだろうと安堵する。

 「タカヒサんとこ行くのか?」

 「行かないよ」

 「は?じゃあこれからどうすんだよ」

 新ヶ尸はにやりと微笑む。

 「朝日、俺は今ちょっと喧嘩を売られた気分だ」

 「あ?」

 「あいつら、俺に喧嘩売っておいてただで済むと思ってるならとんだ能天気野郎だ。徹底的に潰してやるんだよ」

 「・・・・・・喧嘩ってのは、お前の商売道具をタダで手に入れようとしたことか?それともタカヒサに手を出そうとしてることか?」

 「どっちもー」

 「随分あいつに執着してんな」

 「だって頼もしいんだもの。逞しんだもの。何かあったって何とかなるんだもの」

 ふざけているのか本気なのかはわからないが、とにかく、新ヶ尸が本気を出そうとしていることだけはわかった。

 アクセルを踏み込むと、新ヶ尸は「おお」と小さく声を漏らし、後ろに持っていかれそうになった体を踏みとどまらせる。

 「そういやさー」

 「なんだ」

 「朝日に頼みがあんだけど」

 「あ?頼み?」

 「そ。めちゃ簡単なお願い」

 「は?」

 一体何だろうと思っていた朝日だったが、新ヶ尸が「ここでいい」と言った場所でバイクを停めると、新ヶ尸はひょいっとバイクから下りる。

 新ヶ尸に言われた住所に向かい、何号室とまで指定されたため預かった鍵で開けると、玄関先には先客の靴が置いてあった。

 自分より小さなサイズにヒール、多分女性だろうということはわかったが、警戒しながら中へと進む。

 「さっさと入りなさいよ」

 「誰だ」

 「五月蠅いわね。あの馬鹿から連絡があったわ。入って。タカヒサの部屋みたいだけど」

 「・・・・・・」

 その時、朝日の携帯にも新ヶ尸から連絡が入る。

 そこには、『部屋にいる可愛くてか弱い女の子を護衛してくれ』と書かれていた。

 可愛い?か弱い?朝日が怪訝そうな顔で携帯の画面を見ていると、その女の子は朝日にコーヒーを渡す。

 「いらない」

 「飲みなさいよ。せっかく淹れたのに」

 「あいつの部屋みたいっていうのはどういうことだ」

 「私だって初めて知ったの。戸棚にいつもタカヒサが飲んでるプロテインが入ってるわ。どう考えたってあいつの部屋じゃない。トレーニング用のダンベルとかもあるし」

 「・・・・・・」

 「まったく。結局、私はのけ者ってわけね」

 女の子はすみれと名乗り、椅子に座って足を組みながら不機嫌そうにしている。

 「あいつは昔からそうだ。女は巻き込まない。本当に危険なことからは遠ざける」

 「ムカつく。今度会ったら一発ぶん殴ってやるわ」

 「好きにしろ。愛の鉄拳だとか言って喜ぶのが落ちだろうがな」

 「・・・・・・で、あなたは?」

 朝日は自分の紹介を簡単に済ませると、すみれは自分が聞いたにも関わらずあまり興味なさそうな返事を返される。

 なんだこの女は、と思っていると、すみれは朝日のことを睨みつける

 「あなた、今何が起こってるか知ってるの?知ってるなら教えて」

 「・・・・・・」

 「あの馬鹿に口止めでもされてるの?」

 「そういうわけじゃないが、俺もよく知らない。あいつにいきなり呼ばれただけだ」

 「なんだ、そうなの」

 それから特に盛り上がる会話をすることもなく、お互いがお互いに関心がないまま、時間だけが過ぎていく。





 そのころ、新ヶ尸は一人でどこかへと向かっていた。

 朝日に下ろしてもらった場所から数十キロ先にあるその場所で、自販機の前に立っている。

 小銭でも落としたのか、体をかがめて下の方をごそごそとしたかと思うと、砂や何かのごみなどがくっついたテープに貼ってある鍵を手に取る。

 ぱんぱん、と汚れを拭うと、新ヶ尸はそこからさらに歩き出し、古びた一軒家へと入っていく。

 一見古そうだが、中に入ると思ったより綺麗になっており、さらには何やら機材が沢山置かれている。

 新ヶ尸の定位置なのだろうか、それほど埃がついていない椅子に座ると、そこに置いてあるパソコンをつける。

 ぽきぽきと指を鳴らすと、新ヶ尸は一心不乱に何かを始める。

 そんな新ヶ尸にすみれの護衛を頼まれている朝日は、新ヶ尸のことをこんな風に言っていた。

 「敵に回したくない奴の一人」

 それはまるで何かに憑りつかれているかのように、新ヶ尸の指は動き続ける。




 彼の才能、執着、そして狂気はまさしく彼を形成する上で欠かせない【神算鬼謀】の土台となる。









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