5.
マルティーナたちは、開けっ放しにされている出入り口を通り過ぎて、食堂の外へ出た。
おしゃべりに夢中になっている間に、日は完全に落ちていた。
しかし外灯が点っているため、それなりに明るい。
食堂と寮とは渡り廊下でつながっている。
屋根があり、雨の日でも濡れずに歩くことができそうだ。
食堂からしばらくは一本道だか途中で分岐し、それぞれ男子寮、女子寮、それからおそらく校舎と思しき建物群へと続いている。
最初の分岐で、男子寮から食堂を目指しているであろうグループに出くわした。
どうやら全員アンダルイド人らしい。
マルティーナは、髪と瞳の色からそう判断した。
それからお互いに旧知の仲であることが、その気安い雰囲気から見て取れた。
マルティーナとパウラより1歩前を歩いていた4人が、こそこそと話し出す。
「もしかして……」
「この学院に入学するって噂は本当だったんだ」
その声はどこか色めき立っていた。
男子学生のグループが、マルティーナたちの横をまさに通り過ぎようとした。
そのとき、そのうちのひとりが、それまでも視界に入っていたはずのマルティーナに改めて気がつき、大きく目を見開いた。
その驚きぶりに、マルティーナのほうこそ驚いてしまう。
「……なぜ、ここにいる?」
質問が唐突すぎて、すぐに返答ができない。
(なぜって訊かれても……)
今しがた夕食を食べ終えて、これから寮に戻るつもりだからだ。
だが、そんな返答を求めているようには到底見えない。
なら、何と言えばよいのか。
マルティーナが答えに困っていると、その学生は次の質問を投げてきた。
「ルーボンヌ神国から来たのか? まさかと思うが、君は留学生なのか?」
マルティーナはようやく自分を見て驚かれた理由と、最初の質問の意味も理解できた。
(この人はルーボンヌ神国とルーボンヌ人のことを知ってるのね。それなら驚くのも道理だわ)
「そうです」
「ルーボンヌ神国の聖女がなぜ?」
マルティーナはムッとした。
「違います。私は聖女ではありません」
「はあ? まさか神聖魔法が使えないのか?」
(いちいち『まさか』、『まさか』って何なの!?)
「使えないことはないですけど」
「君が聖女ではないなんてどういう……それに自然魔法を学ぶこの学院に、どうして留学しているんだ?」
「なぜって、入学が認められたからですよ!」
それは確かだ。
特別推薦枠ではあるが。
おまけに、在学中ある特殊な研究に協力するという契約もセットになっているが。
裏口入学でも何でもない。
第一マルティーナがその条件付で留学が決めたとき、寄付金という名目でお金を支払ったのはルーボンヌではなく、アンダルイド側だ。
(この人、一体何なの? 初対面で失礼すぎるんだけど! それとも、ルーボンヌの国民は全員神官か聖女だとでも思い込んでいるのかしら?)
アンダルイドの女子4人は、始めこそマルティーナが話しかけられたことにワクワクしていたが、このときまでには真っ青になっていた。
ひとりがマルティーナの袖を引っ張った。
見れば、肩をすぼめている。
「あ、あのねマルティーナ、もう少し言い方を……」
マルティーナにはそんな気持ちの余裕などなかった。
(言い方もなにも、これ以上話すことなんてないわ)
「失礼します!」
「お、おい! まだ話の途中……」
マルティーナは、これでもかというほど慇懃無礼に深々と頭を下げた。
そうして女子寮に向かって再び足を動かし始めた。
この間、パウラは何が起こったのか把握できずに突っ立っていた。
しかし、マルティーナのスカートが翻ってパウラの脚に触れたことで我に返った。
男子のグループに軽く頭だけ下げると、早足でマルティーナのあとを追ってきた。
「マルティーナ! 待ってよー」
(よりによって私を聖女だなんて!)
マルティーナは、地面に怒りをぶつけるようにして歩いた。
(何も知らないくせに!)
心の中でそう叫んだが、すぐにかぶりを振った。
(いいえ、そうではないわ。中途半端に知ってるから質が悪いのよ。きちんと詳細まで知るか、そうでなければ何も知らないでいてよね!)
考えれば考えるほどムカムカした。
偉そうな態度だった。
到底、他人に訊ねる態度ではなかった。
(上級生なのかしら? そして、こっちが新入生だと気づいていて……?)
なるほど。
学院では身分の差はなくとも、学年による上下関係はあるのか。
しかし、それにしても不躾だ。
(ちょっと顔がいいからって!)
ちょっとどころでなく、相当なイケメンだった。
涼しげな目元に、すっきりとした鼻筋。
実のところ、マルティーナのタイプな顔だった。
しかしそれも吹き飛んでしまうほど、マルティーナは怒っていた。
パウラがようやくマルティーナに追いついた。
けれど、マルティーナの歩く速度は落ちない。
それほどまでに全身が怒りでいっぱいだった。
「さっきの人は知り合い?」
「全然知らない人よ」
「そうなの? てっきり知り合いなのかと思ったんだけど」
「知っていたら、私のことを聖女だなんて勘違いするはずがないわ」
マルティーナの頬を涙がつたった。
パウラがマルティーナの腕に触れ、優しくさすった。
「つらいことがあったんだね」
遅れて4人もやってきた。
「マルティーナ!」
息を切らしていた。
マルティーナが泣いていることに気がつき、明らかに気まずい空気になった。
皆して黙ると、食堂のほうから喧騒が聞こえてきた。
自分たちがあの中に混じっていたのはつい先ほどのはずなのに、ずいぶんと時間が経ったように感じられた。
寮まで、パウラがマルティーナから手を離すことはなかった。
パウラに伝えることはできなかったものの、マルティーナはその手の温かさにいくぶんか慰められたのだった。