32.
面会は、王宮内にある小ホールで始まった。
王国議会もここで開かれるという格式を感じさせる空間で、空気までキュッと締まっている気がする。
ずっと憧れ続けていた世界の頂点に立つ人物が、今マルティーナの目の前に座っていた。
白い長髪はひとつに束ねられていて、顔に刻まれた深い皺が厳格そうに見せている。
遠目にしか、その尊顔を拝んだことがなかった存在。
それがすぐ近くにいる。
にも拘らず、不思議なことに、特に思うことはなかった。
もちろん、この先の面会の行方に、大きな不安を感じていた。
けれど、大神官その人に対しては何もないのだ。
尊敬も畏怖も、あるいは嫌悪のような感情も──
ヴァレリアの能力を継承した今となっては、大神官の能力を推し量ることができるようになっていた。
それがどの程度正確なのかは不明だが、大きくハズしてはいないはずだということまでわかる。
(ということは、今の私は大神官様とほぼ同等……ということ?)
冷静にヴァレリアだった頃の業績を思い返せば、おかしなことではない。
「久しぶりですね。アンダルイド王国ではがんばって学んでいますか?」
「はい……」
と答えたはいいが、強烈に違和感を覚えた。
(久しぶりも何も、大神官様からしたら、私とは面識がないはず……)
それに、妙に親しみを込めたような口調も引っかかる。
「早速ですが、マルティーナさんの神聖魔法を確認させていただけますか?」
お付きのひとりが小箱を大神官に手渡すと、大神官はマルティーナに向かってそれを開いた。
その瞬間、目に映るはずのない禍々しい気配が確かに見えた。
「この石に浄化魔法をお願いできますか?」
わざと失敗するだとか、加減するだとかしても無駄だろう。
そもそも神聖魔法など使わせなくとも、マルティーナがそうであるように、大神官のほうもマルティーナの能力は把握できているはずだ。
デモンストレーションとして、神聖魔法を使わせたいに過ぎない。
ルーカスがマルティーナに向かって頷いた。
マルティーナもルーカスに頷き返した。
「了解しました」
マルティーナの手が光り、石を取り巻いていた禍々しい渦が消えると、大神官のお付きの者たちは感嘆の声を漏らした。
大神官には予想できた結果だったに違いない。
それでも一拍遅れて、目を見開いた。
「なんと素晴らしい。まさに聖女に相応しい! 実績を積めば、いずれは大聖女にもなれるでしょう!」
(聖女……!?)
能力的に問題がないのは疑いようがない。
しかし、あまりにも唐突すぎるではないか。
「留学期間を終え、帰国したらすぐに任命式をおこないましょう」
「ま、待ってください! 私は家族からも『帰って来なくていい』と言われている身で、アンダルイドに骨を埋めるつもりで留学しました!」
(冗談じゃないわ!)
あれほどなりたかった聖女──
それがどのような扱いを受けるのか。
200年経とうとも大きくは変わっていないだろう。
しかし、大神官は鷹揚に笑った。
「それで、婚約者殿のことはどうされるつもりなのですか? まさか忘れてはいませんよね? オルランド・バジョ卿です。実は今回護衛騎士として同行してくれていますよ。若いのになかなか立派な青年ですね」
「そんな……!」
「もしよろしければ、このあと会っていかれては?」
小さい頃、確かにそんな名前の婚約者がいた。
「婚約は解消されたものだと……」
「そのような事実は聞いていません」
「ですが、家族からも『アンダルイドでいい人を見つけたら帰ってこなくてもいい』と……」
目眩がしそうで目を閉じたとき、ルーカスの呟きが聞こえた。
「婚約者の登場とは……どこの国も似たり寄ったりだな」
おそらく、マルティーナにしか聞こえなかっただろう。
ルーカスはそれから声を張った。
「おかしなことを言われる」
それは力強く堂々としていて、目が覚めるようだった。
目眩も治ってしまった。
(そうだわ、しっかりしないと!)
アンダルイドに残りたいのなら、ここが踏ん張りどころのはずだ。
「何ひとつおかしいことはありませんよ」
笑顔は崩れなかったが、警戒したのが伝わってきた。
「幼少期にマルティーナ嬢がオルランド・バジョ卿と婚約したのは事実です。が、その後バジョ卿は別の侯爵令嬢と婚約されている。それとも、ルーボンヌ神国では重婚が認められているのですか?」
「いいえ……そのようなことはありませんが……」
「それならば、二重婚約というのも当然ありえませんよね。でなければ、まさかバジョ卿はふたりの令嬢を両天秤にかけている、ということでしょうか?」
「そ、そのようなことは……」
「ということは、侯爵令嬢との婚約前に、マルティーナ嬢との婚約は解消されたはずです」
(ルーカス様がどうしてそこまで知っているの?)
ルーカスは、唖然としているマルティーナの左手を優しく取った。
そうして顔の高さまで上げさせた。
「そう判断したからこそ、マルティーナ嬢と婚約させていただきました」
「えっ!? どなたがですか?」
(それは私も聞きたいわ!)
「僕です」
「なっ……王子殿下と!?」
「まだ1年ですが、同じ学院で共に過ごしていくうちに惹かれ、求婚させてもらいました。彼女の家族の承諾を得ないと……と思っていましたが、その必要はなさそうだね?」
ルーカスはマルティーナに視線を移し、目で訴えた。
今『イエス』と言うときだと。
「い、イエス!」
ルーカスは噴き出しそうになった。
本当に『イエス』と言ったことが、ツボに入ってしまったらしい。
「……はい。殿下の仰る通りです」
大神官は泡を食って、言葉を失っている。
「マルティーナはアンダルイド王国の第3王子妃となりますが、聖女の称号を頂戴できるのであれば、やぶさかではありませんよ」
「……それは……前例がありませんので、国に持ち帰って検討を……」
「聖女が我が国の王子妃になった例ならありますが? まあ、我々にとってはどちらでも構いませんよ。愛する彼女が連れ戻されるような事態にさえならなければ」
以降の会談は、中身のない上部だけの会話が少しと、形だけのあいさつのみで終わってしまった。
「遠いところをわざわざお越しいただいたのに、もうよろしいのですか?」
「ええ。マルティーナ嬢の神聖魔法を確認することができ、目的は果たせましたので……」
裏の目的が果たせないとわかった以上、長居は無用ということらしい。
ルーカスがこっそり孤にした目で笑いかけてくるものだから、マルティーナはつい『ふふっ』と声を漏らしてしまったのだった。




