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30.

 王宮から学院に戻って以降、大神官との面談についてマルティーナと打ち合わせをしたいと思い、ルーカスはその機会を探っていた。


(いつ切り出したらいいものか……この話をするには、まずふたりきりにならなくてはならないが……)


 自然にふたりきりになれる機会は、園芸部で神聖魔法の研究をおこなうようになってからはなくなってしまっていた。

 無理やり作らなければ訪れることはない。

 しかし、時間を作ってくれるようにマルティーナに頼みたくても、あいにく後期試験のための勉強会が始まってしまっていた。


(どうして僕はこうも遅いのか……)


 ほかのことに関してなら、遅いということはない。

 どちらかといえば、早いくらいだ。

 察知するのも、決断するのも、行動に移すのも。

 しかし、こと好きな女性に関しては、とにかく遅い。

 そのひと言に尽きる。


 前世からそうだった。

 ヴァレリアがアーロンのために神聖魔法を使っていたと知るのも。

 ヴァレリアのことが好きな気持ちに気づくのに至っては、生まれ変わってからようやく、という体たらく──


 後悔するのはもうたくさんだと思った。


(そのためにも、もうグズグズしない!)


 一方マルティーナのほうはというと、パウラも加わった勉強会では、時折楽しそうにもしていたが、ほとんどの時間それはそれは真剣に取り組んでいた。

 目指す進路が定まり、気持ちが安定しているようだった。


 例の件は、マルティーナへは『学院長経由で話がいく』と父親から聞いていたが、もしかしたらまだマルティーナには行っていないのかもしれない。


 グズグズしないと決めたばかりだが、集中力に水を差さないために、話をするのは試験の後にしたほうがいいと判断した。


 その代わりに、ルーカスは試験勉強の傍ら、できる限りの準備を先に済ませておくことにした。

 試験が終わり次第マルティーナに話をして、すぐに動き出せるように──



 後期試験最終科目の答案用紙が回収されたあと、ルーカスは隣の教室へ向かった。

 廊下から教室の中を覗いたけれど、マルティーナの姿は見当たらなかった。

 その代わりに、ウーゴがルーカスを見つけてやってくるのが視界に入った。


(そうか、同じクラスだったんだったな)


 ウーゴはいつものように、人のよさそうな笑顔を見せる。


「よっ。今回もルーカスのお陰で、たぶんだけどバッチリだったよ!」

「それはよかった。でも、今回はパウラに負けるんじゃないか?」


 それほどパウラの気合いの入れようはすさまじかったのだ。

 にも拘らず、ウーゴに対する態度はすっかり軟化していた。

 そればかりか、ウーゴにも積極的に教えてもらっていた。

 余分な力が抜けたパウラは、覚醒したように知識を吸収していた。


 しかし、虚勢でも何でもなく、ウーゴは全く意に介していないようだ。


「いいんだよ。勝っても負けても、パウラは俺のことで頭がいっぱいだったから。それに、もしパウラが勝ったとしても、俺に勝ったことがうれしくて、しばらくそのことばっか考えるだろ。で、2年生になってもまた勝ちたくて、やっぱり俺の成績が気になるはず」

「なるほど」

「ところで、うちのクラスに何か用だった?」

「マルティーナはもういないのか?」


 ウーゴが振り返って、教室を見回した。


「試験のあと、監督してた先生がマルティーナさんのこと呼んで、何か言ってたんだよな。そのあとすぐに教室から出ていったんだけど、まだ帰ってきてないみたい。でも、荷物がそのまんまだから、待ってればそのうち戻ってくるよ」


 『ほら、そこ』と、筆記用具が出しっぱなしになっている席を指差した。


「そうか、ありがとう」


 ルーカスは徐々に人がはけていく教室の中へ入り、ウーゴから教えられた席の隣に座って待つことにした。

 やがて、ルーカスのほかは誰もいなくなった。


 教室の中はB組もA組とほとんど変わらないけれど、窓から見える外の景色だけは違った。

 やることもなかったので、見るともなしに眺めていた。


 すると、じきに反対側から『あら?』という声がした。

 振り返って視線が交わった瞬間、学院長から聞いたんだな、とわかった。

 マルティーナのほうも、ルーカスがどうしてこの場にいるのかわかっているようだった。


「僕も、同席させてもらうから」

「本当ですか?」


 マルティーナがほっとしたのが見て取れると、抱きしめたい衝動にかられた。


(落ち着け、落ち着け。面談の場に、知っている者がいてくれるのがうれしいというだけのことだから……)


「確認なんだが、ルーボンヌには帰りたくはないんだったな?」


 マルティーナは、ルーカスの目を見て、しっかりと頷いた。


「なら、僕に任せてほしい」

「いいんですか? 面倒なことに巻き込んでしまうかもしれませんが……」

「構わない。君が面倒に巻き込まれてしまうのなら、いっそ一緒に巻き込まれたい」

「えっ、えっ?」


 マルティーナは戸惑いながら、その白い頬をほんのり赤くした。

 それを見て、異性の友人に告げるには、少々大胆すぎる内容を口走ったことにようやく気づいた。

 発言をした本人であるルーカスまで照れてしまう。


「そ、そういうことだから!」


(『そういう』とは、どういうことだ!?)


 自分でも無茶苦茶な区切りの付け方だと自覚していたが、心臓がバクバクしているせいで、考えてから話すという至って普通のことができない。


(ここからが本題だというのに! ええい、こういうときは深呼吸だ!)


「……その、大神官との面会に着ていくものだが、」

「あっ、また制服でいいですか?」

「いや、とびきり防御力の高いものを着てほしい」

「防御力? 大神官様が攻撃魔法を使うことはないと思いますよ? ましてや他国の王宮でなんて……」


 マルティーナは首を傾げた。


(防御力っていうのは、そっちに対する防御ではないんだ。マルティーナは驚くだろうか? ……驚くだろうな)


 そんなマルティーナを想像し、笑みが溢れた。


「オートクチュールメゾンのスタッフが採寸する必要があるんだが、週末一緒に外出できるだろうか?」

「はい、よろしくお願いします」


 ルーカスの計画が動き出した──



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