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3.

「ええっと、マルティーナ・ロメーロさん……はい、これが部屋の鍵よ。この通りの突き当たりに見えている建物が男子寮で、その右に並んで建っているが女子寮だから」


 マルティーナは、パウラとウーゴを待った。


「マルティーナの部屋は何号?」


 鍵には部屋番号が刻印してある。

 パウラは自分が受け取った鍵を掲げながら、訊いてきた。


「207よ。パウラが210ってことは、私たちの部屋は近いのかしら?」

「たぶん。留学生の部屋は1ケ所に固めるらしいし」

「あら、そうなの?」

「アンダルイド人に囲まれて、留学生がひとりで孤立しないようにっていう配慮らしいよ。そんなような話を、留学から帰ってきた先輩から聞いたことがある」

「なるほど。配慮をしてくれてるのね」


 最初にできた友人が近くにいてくれるのは、素直にうれしい。


「お互いの部屋を行き来はできたりするのかしら?」

「大騒ぎして迷惑かけたりとかしなければいいでしょ。絶対遊びに行く!」


 パウラは、まるでイタズラでも計画しているかのように忍び笑いをした。


「女子は楽しそうでいいなー」


 ウーゴも合流し、3人が歩き始めると、ほどなくして男子寮の前に到着した。


「じゃあ、どうせまた明日にでも会うことになるんだろうけど、またなー」


 明日は入学ガイダンスがおこなわれることになっている。

 ちなみに、入学式は明後日だ。


 ウーゴは荷物を抱えたまま手首から先だけ振ると、男子寮の中へと消えていった。



 マルティーナとパウラが女子寮に到着すると、『寮母』だと名乗る中年女性が迎え入れてくれた。

 そして、寮の見取り図を使って簡単に内部の説明をしてくれた。


「まずは各自、部屋で荷解きをしてください。それが済んだら、寮内の共有スペースを自由に見て周ってもらって構いませんよ。それと夕食の時間は、18時から20時までになっています。この建物の裏に食堂があるので、その時間内の好きなときに行って食べてきてくださいね」


 マルティーナたちは階段を使って2階へ上ると、ドアに表記されている部屋番号を確認していった。


「あった!」

「私も見つけたわ」


 お互いの部屋は斜向かいになっている。


 鍵を差し込んだドアノブを回しながら、同時に振り返った。


「ね、夕食一緒に行かない?」

「行くわ!」

「荷物の量からして、私のほうが時間かかりそうだよね」


 マルティーナは自分とパウラの荷物を見比べた。

 マルティーナがトランクケースひとつなのに対し、パウラはトランクケースの上にボストンバッグを乗せ、さらにリュックまで背負っている。


「私の片付けが終わったら、マルティーナの部屋に行くことでいい?」

「そうしましょう」

「じゃあ、またあとで」

「ええ、待ってるわ」


 肩越しにあいさつを交わすと、ふたりはそれぞれのドアを押し開けた。



 最初に1歩入った瞬間から、マルティーナは自分に与えられたその部屋を大いに気に入った。

 寮母か清掃員かがあらかじめ窓を開けておいてくれたのだろう。

 窓から心地よい風が入ってきていた。

 レースカーテンが床板に作り出した影絵は、軽やかに揺れている。


 きちんと拭かれていて埃のない机と本棚、それから衣装棚は、年季こそ入っているものの、それがかえって温もりを感じさせる。

 

 唯一、ベッドのシーツと枕カバーだけは好みでなかった。

 愛想の欠片もない真っ白さも、ぶ厚くてゴワゴワとした硬い肌触りも。


(いずれ街に出かける機会もあるだろうから、そのときに好きなシーツを買ってこようかしら……)


 そうすれば、この部屋はパーフェクトだ。

 想像するだけでワクワクした。


 部屋の点検が終えたマルティーナは、トランクケースを開け、祖国から持参した物を出し始めた。

 とそのとき、ドアの向こう側から、何か大きなものが倒れたような音がして、悲鳴が聞こえた。


(あの声は!)


 マルティーナは素早く立ち上がった。

 そして、その勢いのまま廊下へ出て、斜向かいの部屋をノックした。


「パウラ? どうしたの?」

「お願い、助けて!」

「っ! 失礼するわ」


 マルティーナはすぐさまノブをつかんだ。

 鍵はかかっていなかった。

 

「きゃっ、大変!」


 パウラが本棚の下敷きになっている光景が飛びこんできた。

 マルティーナは慌てて駆け寄った。


「本棚を動かしたかったんだけど、意外と重くって。空っぽだから、もっと軽いと思ったんだけど。目測を誤っちゃった……」

「少しだけ待っててね」


 マルティーナは魔法と人力の両方を使って、本棚を起こした。


「ふう、助かったー。ありがとう! それにしてもマルティーナの魔法ってすごいのね」

「えっ、そ、そう?」

「うん。だって、こんな重い本棚を軽々とどかしちゃうんだもん」


 マルティーナは驚くと同時にうれしくなった。

 優秀であろうはずのパウラから、そんなふうに褒められるとは思ってもみなかったからだ。


 ルーボンヌ神国では、自然魔法について詳しく知っている者はいなかった。

 そして、この学院に入学が許可されたのは、正規ルートではなく特別推薦枠だった。

 それゆえに、自分の自然魔法がどの程度通用するものなのか見当もついていない。


 大きな自信をもっていて落ちこぼれるのと、端から諦めている状態で落ちこぼれるのとでは、精神的ダメージはずいぶん違う。

 どちらがよいかなど、考えるまでもない。

 当然、後者を望んでいた。


 しかし、淡い期待が湧く。


(ここでは落ちこぼれずにやっていけるかも……?)


 マルティーナはパウラが立ち上がるのに手を貸した。


「ゆっくり。慌てないでいいから」

「痛たたたっ」


 パウラは少し体を起こしたところで、顔をしかめた。

 マルティーナの腕から滑り落ちるようにして、再び床に這いつくばった。


「どうしたの?」

「足が! 強烈に痛くて!」

「どの辺り?」


 パウラは右側の脛をさすった。


 女性同士だし、何より同郷のウーゴが素手で握手を求めてきたのだ。

 とっさに問題はないと判断する。


「直接触れるわね」


 マルティーナはゆっくりパウラの手を脛から引き剥がすと、代わりに自身の手を当てた。


 マルティーナは意識を空中へと向けた。

 この国に到着して以降も絶えず感じていた神聖力を取り込むためだ。


「マルティーナ? どうかしたの?」

「ほんの数秒だけ静かに待ってて……」


 その真剣な表情に、パウラは口をつぐんだ。


 マルティーナは集中し、ごく小さな声で何かを唱えた。

 すると、にわかにマルティーナの手が白銀色の光を帯び始めたのだった──



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