29.
王宮に呼び出された。
(『呼び出し』というのは少し大仰か?)
ざっくばらんにいうと、父親から『大事な話があるから週末に帰ってきなさい』と命じられたのだ。
十中八九、ルーボンヌ神国の件だろう。
(大方こちらの返答に対して、次のリアクションがあったというところだろう)
王宮に戻るなり、ルーカスの前には封筒がふたつ差し出された。
「こっちはマルティーナ嬢の身上調査結果だ。原本ではなく写しだから、それはお前が持って帰りなさい」
「ありがとうございます」
本人の了承も得ずに、勝手に調べた情報だ。
少し後ろめたい気がしないでもない。
しかし、どうしても気になってしまい、手に取ってその場で中身を広げた。
「問題となるようなことは何もなかったから、安心しなさい」
「あっ、はい」
顔を上げると、父親は忍び笑いをしていた。
可笑しくてたまらないようだ。
当初は調査自体を不要だと拒んだにも拘わらず、飛びつくようにしてしまったことが、今さらながら恥ずかしくなってくる。
と、父親は急に真顔になってもう1通のほうを指差した。
「問題になるのはこっちだろうな」
「見ても?」
「ああ。ルーボンヌ神国からだ」
ルーカスは先ほど以上に、素早く中を確認した。
「大神官が直々にマルティーナ嬢と面会したいと書いてある」
「大神官!?」
「200年前の聖女の魔法を取り込んだなど、前代未聞だからな。マルティーナ嬢を案じているような書きぶりだが、本心はどうだかな」
「マルティーナが聖女の能力を継承している可能性は、すぐに思いつくでしょうね」
「だろうな。マルティーナ嬢が聖女の能力を有していると判明したら……」
(聖女として認定する? しかし、他国にいる者を聖女に認定したところでどうにもならないではないか?)
「少なくとも我が国に留学中は、マルティーナは自由ですよね? ……はっ! こちらは無期限の留学のつもりだったことにすれば……」
いい言い訳が閃いたと思った。
しかし、父親は渋面を浮かべた。
「どうだろうな。あの国なら、どう出てくるかわからない」
「しかし、マルティーナを留学させるために寄付金を納めたはずです!」
「そう、あれは実質はどうあれ、名目はただの寄付金だ。マルティーナ嬢の身請け金ではないのだよ」
「そんな!」
「寄付金だから、こちらとしても『マルティーナ嬢を帰国させるなら、金を返せ』と要求するわけにもいかないしな」
「……くっ! やり口が汚い!」
はらわたが煮え繰り返りそうだった。
「まあ、まだ想像に過ぎないよ。とはいえ、あの国が汚いのは今に始まったことではない。もしものとき、お前はどうする?」
「マルティーナを、ルーボンヌに好き勝手利用させたりはしません!」
声を荒げると、肩をぽんっと叩かれた。
「しっかり守ってやりなさい」
「言われなくともそのつもりです!」
「なら、大神官との面会の場は、王宮で設けるつもりだが、お前も同席するように。マルティーナ嬢には、学院長を通じて連絡しておくから、当日は一緒に来ればいい。マルティーナ嬢の学業優先ということにして、日程は年度末の長期休暇中で調整する」
「わかりました」
(後期試験が終わればすぐに長期休暇に入る。場合によってはそれほど時間はないのかもしれない)
ムンっと気合いを入れ直した。
「今からでは、マルティーナ嬢の実家に行って、婚約を結んでいる猶予がないのが惜しいな」
「ぶっ……! 婚約? いや、僕とマルティーナは友人だと、以前にも父上に説明しましたよね?」
「そんなもの、半年も前の話じゃないか。本当にまだただの友人なのか?」
『前世の妻です』と言うわけにもいかない。
「そうですよ。哀しいほどに友人です」
『正気か?』と言いたげな目で、こちらを見てくる。
「半年もあって何も進展していないのか……それでも、お前の気持ちくらいは伝えたんだろうな?」
「……いいえ」
大きく目を見開いたあと、大袈裟にため息を吐かれた。
「ですが、僕にも事情があってですね、」
「どんな?」
「うっ……どんなってその……」
(あれから前期試験に、ブランカ宮殿の訪問、マルティーナの神聖魔法の検証、それから園芸部で畑仕事があって……)
大急ぎでこの半年間を思い返してみた。
けれど、気持ちのひとつも伝えられなかった事情が見当たらない。
「ええっとですね……」
目線が天井をさまよった。
そこに、その事情とやらが浮遊しているというわけでもないのに。
「私など、お前の母さんに出会ったその日に求婚したというのになあ」
「父上と比較しないでください。父上と母上が出会ったのはお見合いの席ですよね?」
「たとえ学院だったとしても、半年はかからなかったな」
(そうかもしれない……)
「ここから挽回してみせます!」
(と言ってみたまではいいものの、どうやって……)
「そっちのほうも、がんばりなさい」
(もうすぐ後期試験だというのに、がんばるも何も……)
しかし、改めて考えてみれば、ヴァレリアに対する後ろめたさはもうないのだ。
ここから先は、ルーカスとマルティーナだけの関係で、躊躇う理由はどこにも見つからない。
(マルティーナはこの国での未来を見て進んでいる。その邪魔は、彼女の故郷であってもさせない。マルティーナの未来を守って、その未来に僕も必ずいてみせる!)
「大神官との面会の件は、全面的に僕に任せてもらえませんか?」
父親はその言葉を待っていたように、鷹揚に頷いた。
「それでこそ、アンダルイド王国の王子だ。万一のときにはサポートするから、好きなようにやりなさい」




