28.
「マルティーナ、よかったね。これで『王子様のお墨付き』って謳える!」
パウラが体を傾けて、肩を軽くぶつけてきた。
しあわせな気持ちに浸っていたのを、ルーカスから送られた賛辞によろこんでいると思われたらしい。
「何だ、それは?」
「今マルティーナと話してたんです。マルティーナ、将来こういう方向でやっていきたいんですって」
「こういう方向? それは、薬草の生産者になるとかそういうことか?」
パウラが『ほら、言っちゃえ』と促してきた。
「その……神聖魔法は、使い手がいる場でしか効果はないんです。治癒魔法なんて特に、手で触れないと治せなくて。ですが、今回薬草と神聖魔法を掛け合わせることで、離れた場所でも効果を出せる可能性が出てました。需要があるなら、神聖魔法を遠方に届ける研究ができたらいいなと思い始めてます」
「需要ならあるに決まっている!」
(なら、卒業後も学院に残れるかしら?)
以前ルーカスから、マルティーナが望めば先生方が『研究助手として学院に残ってほしがりそう』だと聞いてから、ずっと考えていたことだった。
研究対象にされたままでなく、マルティーナが研究する側になれないかと。
マルティーナは、留学の条件が『学院の研究に協力する』ことであり、そのための神聖魔法の使用の許可しかもらっていないことを懸念していた。
たとえ卒業後であっても、学院の外で神聖魔法を使って勝手なことをした場合どうなるか。
マルティーナのやりたいことは、間違いなくルーボンヌの教会にとって商売の邪魔になる。
しかし、逆に帰国させ、教会所属にしたなら──
ぞっとする。
ヴァレリアのように、体を壊すまで使役させられそうだ。
『学院の中で研究・開発した』という看板がほしい。
「なら、2年からの専門は水か? それとも土か?」
「えっ、そうなの? どっち、どっち?」
マルティーナはこれまでに、専門属性をどれにすると話したことはなかった。
将来の展望が見えず、決められなかったからだ。
しかし今は違う。
「風がいいかな、と思います」
「それはまたなぜ?」
「神聖魔法には大気が重要で、風魔法と親和性が高い気がするんです。それに、植物も大気を取り込んでいますし……」
説明しながら、はっきりと気持ちが定まっていく。
「そうと決まれば、私後期試験もがんばらないといけません!」
『ふんっ』と気合いを入れた。
それは当然のことだ。
成績順に専門の希望は通るのだから。
「また一緒に勉強会でもするか?」
「わあ、お願いしてもいいですか?」
「ああ、一緒にやろう。といっても、風属性は例年あまり人気がないから、そこまで気合いを入れる必要もないはずだけどな」
「なら、人気があるのはどの属性ですか?」
「火と水だろうな」
「えっ!?」
悲鳴をあげたのはパウラだった。
「どうかしたの?」
「私……水にしようと思ってて……」
(水か土かで迷ってたはずだけど、水に決めたのね)
風を選んだ時点で、2年生以降もパウラと同じクラスになれる可能性が消えたことはわかっていた。
それでもパウラの口からはっきりと風以外の選択を聞かされると、どこか淋しく感じてしまう。
パウラが顔の前でパンッ! 小気味よい音を立てた。
「お願い、その勉強会に私も混ぜてください!」
「ウーゴもきっとまた一緒だと思うが、それはいいのか?」
「そんなこと言ってられないんですよ! 希望が叶わなかったら困るんで。それにウーゴには質問しないで、ルーカス様とマルティーナからだけ教えてもらうからいいんです。ウーゴは同じ空間にいるってだけ。だいたいウーゴだけ学年トップから教えてもらうなんて、ズルかったんですよ!」
「ということは、前期試験では負けた?」
「『前期試験では』というか、前期試験でも負けました」
頬をぷくっと膨らませる。
「ファーマルズって、すっごく男尊女卑なところがあるんです。女って時点でハンデを追ってるんだから、能力でも負けるわけにはいかなくて。ウーゴの家とうちの家って同業で、協業できるときはいいんですけど、競合するときもあるから……」
「なるほど。パウラにも色々あるんだな。ウーゴもだけど」
「あの能天気なウーゴには何にもないですよー」
『そんなはずがない』とでも言いたげなパウラを見て、ルーカスは苦笑いを浮かべた。
「勉強会参加は構わないが、ただしウーゴも仲間だってつもりで来ること。それが条件だな」
「えーっ!」
「普段は仲よくやってるじゃないか。勉強会だってそうしてくれればいいんだ。家業のことは僕にはわからないが、もっと肩の力を抜いてみてもいいんじゃないかと思う。ウーゴだって努力して、あの成績だ。それと同郷同士、彼から教わるほうがわかりやすいことだってあるかもしれない」
「それはそうですけど……」
やけにウーゴの肩をもつ。
(ウーゴさんって……やっぱりそういうことなのかしら?)
薄々感じていたことだった。
お節介をするつもりはない。
けれど、ルーカスが言ったように、勉強のことだけ、ライバルを通り越して、まるで親の仇のように接する必要はないと思う。
「もしパウラも加わってくれて、みんなで勉強できたら、きっと楽しいし心強いわ」
「そ、そうかな?」
「そうよ。これ以上はないってくらいの最強チームになると思うわ……と言っても、リーダーは私じゃないけど」
マルティーナはちろっとルーカスを見た。
リーダーはどうしたって、学年トップのルーカスだ。
ルーカスは独りごちる。
「最初はふたりだったのに、いつの間にか4人か……」
「えっ? 聞き取れなかったんですが、今何て……?」
「いいや、何でもない。ただ人数が増えたなと思っただけだ」
留学前に憧れていたのは、まさにそれだった。
「楽しいですね! これぞ、学生生活って感じがします」
「ああ、うん」
「……負担ですか?」
「いいや、僕をみくびらないでもらいたいな」
「なら、お願いします。ほら、パウラも」
「う、うん。さっきルーカス様の言ったこともよく考えてみます。だからお願いします!」
「そうか、ならわかった」
マルティーナとパウラは顔を見合わせて、『ふふっ』と笑った。
「うれしいわ」
「よろしくね」
「君たちは本当に仲よしだな」
ルーカスも目を細めた。
マルティーナは、その優しい笑顔も好きだ。
(そういえば、ヴァレリアはアーロン様とはこんなふうに気安い会話なんてしたことがなかったじゃないの)
ということは、今抱いているこの感情も、ヴァレリアが経験したことがない、正真正銘マルティーナだけのものだ。
マルティーナ自身としてルーカスが好きだと認めてしまった先ほどから、ここのところずっとモヤモヤしていた胸のうちは嘘のようにすっきりしていた。
(薬草にそこまでの効果はないはずなのに……)
ルーカスが自分のことを好きなように思えてしまうことだけはどうにもならないが、自分の気持ちも進路の悩みも解決していた。




