27.
園芸部の面々は、収穫したばかりの薬草を煮出して、薬草茶を作っていた。
事前に準備したのは鍋とカップのみだ。
上級生を中心にテキパキと水魔法で鍋に水をはり、火魔法で沸かしてしまう。
(魔法学院のすごさを、こういうときに実感するわ)
これが神学校なら、薪を組み、水を運んでくるところから始めなければならない。
「かんせーい。各自で取りに来てくださーい」
そう言ったはずの上級生が、薬草茶を注いだカップを両手に近づいてきた。
「マルティーナには最初に飲んでもらわないとね!」
「あっ、ありがとうございます!」
「ついでにパウラのも持ってきてあげたわよ」
「わっ、先輩やさしーい!」
受け取ったカップからは湯気が立ち上っている。
マルティーナたちは、『ふーふー』と息を吹きかけてから試飲した。
「えっ、何これ? 疲労感まで飛んでくみたい。気のせいじゃないと思う」
パウラが目をまん丸にした。
喉を通った薬草茶の熱が腹部に、そして全身へと広がっていく。
薬草の摘み取り作業の際に消費した魔力が回復していく。
それと同時に全身の倦怠感まで抜けてしまった。
薬草で魔法使いの魔力を回復させることはできても、精神面あるいは体力面の疲労は残る。
薬草を過剰摂取して魔法を使い続けることは、危険極まりない行為だ。
このことは魔法使いの世界においては常識であり、留意しなくてはならない。
そこで今回、ベルナル先生の提案により、マルティーナの治癒魔法と掛け合わせることで、魔力と併せて心身も回復させる薬草を作ろうということになったのだった。
「そうだとうれしいわ。検証してみないとまだわからないけど」
そんなふうに言ってみせながら、マルティーナも期待以上の成果だと確信していた。
「マルティーナって、こういう道に進んだらいいんじゃない?」
「そう思う?」
「思う、思う」
顔が綻んだ。
「実を言うと、この薬草の栽培を始めてすぐの頃から、そうできたらいいなって思ってたの。需要はあるかしら?」
「あるなんてもんじゃないでしょう!」
「だったら、アンダルイドでやっていけなくても、ファーマルズ公国に行けばいいってことね!」
「そうなったら歓迎しまくるけど、アンダルイドのほうが絶対需要ある、ある。そうだ、ルーカス様に頼んで王室御用達にしてもらえば、安泰なんじゃない?」
「そんなこと頼めないってば!」
「えーっ、学友の特権でしょ? ほら、ほら」
パウラが向けた視線の先にはルーカスがいた。
ベルナル先生とルーカスも、薬草の栽培中はほぼ毎日のように園芸部に参加するようになった。
学院長もたまにだが顔を出しては、畑作業を手伝っていく。
こちらに気がついたルーカスが、男子の輪から出て、こっちに向かってくる。
(まいったわ……)
ルーカスは生まれも育ちもアンダルイドだから、学院には昔からの知り合いが大勢いる。
彼らとの時間も大切にしてほしいと思う。
それなのに、あたかもマルティーナが最優先かのような振る舞いをしてくれる。
(せっかく今は友人に囲まれているのに……)
そう思うと同時に、はっとした。
(いけない。まただわ)
『今は』も何も、ルーカスはずっとそうだったに違いない。
それなのに、これではあたかも以前はそうでなかったようではないか。
原因はわかっている。
ルーカスに、ブランカ宮殿で見た夢の話はした。
けれども、このことは打ち明けていない。
打ち明けられるはずがなかった。
(ルーカス様とアーロン様が重なって見えるだなんて……)
どうかしている、と我ながら思う。
けれど、どうしようもないのだ。
ふとした瞬間に、『あのときルーカス様はああだったな、こうだったな』と思い出すが、それはアーロンのことだったりする。
そもそもルーカスとは知り合って1年も経っていなくて、ルーカスについて懐かしく思い出す出来事などあるはずがないのだ。
(ヴァレリアになりきっていたあの夢を、まだ引きずってるのよね……)
目覚めたあとも、自分とヴァレリアの境界が曖昧なままだ。
まるでヴァレリアと自分がひと続きのように錯覚してしまう。
目下最も困っているのは、ヴァレリアに向けられていたアーロンの視線と、自分を見ているルーカスの視線が同じに見えてしまうことだ。
(そんなこと、ありえない!)
そう言い聞かせても、今この瞬間にもこっちにやってくるルーカスの視線が、ヴァレリアに恋心を抱いていたアーロンのそれとそっくりに見えてしまうのだ。
(勘違いしたらダメよ。そんなこと起こりっこないんだから……)
「難しい顔をして、どうかしたのか? 僕はまだ飲んでないんだが……」
パウラが期待をこめて早口に言った。
「早く! 早く飲んでみてください!」
「ああ、そうする」
鍋の周囲にひと気が少なくなってきているのを確認してから、薬草茶を取りにいき、そうして飲みながら戻ってきた。
「すっきりした気がするが、明らかに普通の薬草茶を飲んだあとの清涼感とは違う物だな!」
「そうですよね! 疲れが癒されてますよね」
「ああ。初回から大成功じゃないか!」
マルティーナは、その笑顔を見て、反射的に好きだと思った。
(ああ、そうだわ。好きなんだわ)
ヴァレリアもまた、自分に負担をかけさせまいとしていて、だからといって優しく声をかけてくれるわけでもない、そんな不器用なアーロンのことが好きだった。
ヴァレリアと同化しているから、アーロンに見えるルーカスを好きだと勘違いしているのかと思っていた。
あるいは、ルーカスが自分のことを好きなように見えてしまうから、好きになってしまったのかもしれない、と。
けれど、違った。
何よりアーロンはこんなふうに笑いかけるような人ではなかったではないか。
それにブランカ宮殿を訪問する前からこの気持ちは、マルティーナの中に存在していた。
放課後の研究会でも、商店街での買い物のときも、試験勉強中でも──
(アーロン様ではなく、ルーカス様が好き。そして、この恋は私自身のものなんだわ)
自分の中で今まで認められなかった気持ちを初めて肯定した。




