25.
放課後の研究室に、神聖魔法の研究メンバー4人は集まっていた。
ベルナル先生が手元のメモを見ながら報告する。
「先週風邪が蔓延していた2年生ですが、マルティーナ君が教室棟に浄化魔法をかけて以降は、新たに風邪をひくものは出ていません。感染者のほうでも、3割が『すでに全快した』と答え、5割が『急速に症状が軽くなった』と答えています」
聞き終えた学院長は、興味深そうに頷いた。
「浄化魔法の効果がはっきりと現れていますね。祝福魔法のほうはどうですか?」
「中庭の花壇のうち半分だけにかけてもらいましたが、かけていないほうとの差は明らかです。花の数は1割増し、花弁の大きさも平均して3割ほど大きいです。数値化はできませんが、見た目のほうもより色鮮やかな印象を受けます」
※
──あの日の朝食後、マルティーナはブランカ宮殿の中と庭園を歩き回った。
そうして不思議そうに、しかし確信をもってこう言った。
「昨日この宮殿に感じた神聖魔法の気配がなくなっています」
「ええっ!?」
「何だって?」
学院長とベルナル先生は同時に目を見開いた。
「申し訳ありません。期待はずれな結果になってしまって……」
「そんなことは! ダメ元のつもりだったのですから。第一マルティーナ君が謝るようなことではないではないですか」
マリティーナが今にも泣き出しそうに言う。
「そうとも言い切れないんです。その代わり……なぜでしょうか? 私これまで使えなかったはずの神聖魔法の使い方がわかります!」
ルーカスには、そうだろうという気がした。
しかし、学院長にとっては突拍子もない発言に聞こえたのだろう。
学院長には珍しく、大声を上げた。
「それはどんな魔法ですか!?」
「浄化と祝福魔法です。それと治癒魔法についても、もっと効果を高められそうな予感がします」
「効果を高める?」
「はい。吸収する神聖力の量も、作り出す治癒魔法の種類も同じなんですが、体内で治癒魔法にするときに神聖力を最大限利用するというか、増大させるというか……」
学院長もベルナル先生も呆れていたのではなく、聞き入っていた。
しかし、マルティーナの声は徐々に小さくなって、とうとう消えてしまった。
「私おかしなことを言ってますよね……」
そう誤解したのは、マルティーナ自身が普通ではありえない状況になっている、と自覚しているからなのだろう。
学院長は我に返った。
「マルティーナ君、検証しましょう! ベルナル先生、お願いできますか?」
「もちろんです! 治癒魔法についてはこれまでのデータとも比較もできますし」
※
──こうして神聖魔法研究の趣旨が変わってしばらくになる。
「ルーボンヌ神国が公表している聖女に関する文献や書物を調べた限りですと、今のマルティーナさんの神聖魔法は聖女にも匹敵するのではないかと推測されます」
「私が!?」
「ひとつの可能性としてですが、200年前にブランカ宮殿に住んでいたといわれている聖女の能力が、マルティーナさんに継承されたと考えられます」
「その聖女とは、ひょっとしてヴァレリアという名前ではないですか?」
ルーカスの心臓が飛び上がった。
「確かそのような名前でした。この国の当時第7王子の元に嫁いでこられたんですよ」
「……その方は、アーロン様ですか?」
ルーカスは堪らず叫んだ。
「思い出したのか!?」
「あの……思い出すとは何をですか?」
困惑の表情を浮かべている。
学院長とベルナル先生まで戸惑っていた。
「……何でもありません。邪魔をして申し訳ありませんでした」
気まずい空気になりそうなところを、ベルナル先生が立て直してくれた。
「あー、では話を少し戻しますね。そう、マルティーナさんが聖女の能力を継承したと仮定して! 疑問なのは、たまたまマルティーナさんだっただけなのか、それともマルティーナさんでなければ継承できなかったのか、ということです」
ルーカスは歯痒かった。
それこそが、マルティーナがヴァレリアの生まれ変わりであることの証拠なのだ、と主張したかった。
しかし、マルティーナはとぼけているわけではなく、どうやら本当に記憶がないらしい。
この場で、前世だとか生まれ変わりだとかを持ち出せば、また3人を戸惑わせることになる。
黙って聞くことしかできない。
「ですが、検証のしようがないので、それについてはとりあえず置いておくとして、今後はこの能力を活かす方向性を探っていきたいと思います。差し当たって、マルティーナさんが所属している園芸部に協力してもらうのはどうでしょうか?」
「それはつまり、私の神聖魔法のことを園芸クラブのメンバーに公表するということですか?」
「そうなります。いつまでも隠しておくこともないでしょう? どのみち……」
「……そうですね」
マルティーナの顔が曇った。
「問い合わせがあっただけです。今の段階で気を揉むにはやめましょう。ルーボンヌの出方しだいでは、私たちも力になります。そうですよね、ルーカス君?」
学院長は殊更に明るく振る舞った。
「はい、約束します」
「ほら、こう言ってくれていることですから、まずは園芸部のほうでプロジェクトを立ち上げましょう!」
マルティーナは不安が払拭できていないようだったが、それでも『はい』と小さく答えた。
今何を考えているのかは、容易に想像がつく。
先週マルティーナがこっそりと教室棟に浄化魔法をかけている間に、ルーボンヌ神国から王宮に手紙が届いたのだ。
アンダルイド王国で極めて強い神聖魔法が使用されるのを感知したが、その使用者は誰なのかを問う内容だった。
父親が学院長に書かせた回答は、ルーカスも読ませてもらった。
隠すことはできないので、簡潔に事実のみがまとめられていた。
マルティーナが、かつて聖女の暮らしていた宮殿を訪問した。
その際、宮殿に残されていたらしい魔法が、マルティーナの体内に取り込まれた。
問い合わせの魔法はそのときのものだろう、と。
(この回答を読んで、『なるほど、そうでしたか』では終わらないはずだ。ルーボンヌは次にどう出てくる? もしマルティーナを帰国させるように要求してきたら?)
こぶしを固く握り締めた。
(本人が望んでいるならまだしも、そうでないのなら絶対に守ってみせる!)
ルーカスは自身に誓ったのだった。




