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24.

 医師に来てはもらったものの、マルティーナは昏睡するばかりだった。


「頭をうったとかではない……それにこの光は……えっ、神聖魔法ですか? 自然魔法を受けてならまだしも、神聖魔法となると……」


 本人から症状を訊くこともできない。

 脈を測ったり瞳孔を調べたり程度のことしか、医師にはできることがなかった。


「微熱があるようですから、目が覚めるまでこのまま安静に寝かせて様子を見てください」


 日が傾き始めると、そう言って帰ってしまった。


「僕は王族の一員としての責任がありますから、ここに残ります。学院長とベルナル先生は……」

「泊まらせてもらうことは可能ですか?」

「私もお願いします」


 食事と入浴を交代で済ませたほかは、3人ともマルティーナのそばについていた。

 マルティーナは依然として神聖魔法による光に包まれていたが、その光は絶えず揺らいでいた。


 その光がわずかに大きくなったとき、マルティーナは一瞬顔を歪めた。


「体内で神聖魔法が暴れているのでしょうか?」


 ベルナル先生が心配そうに言う。


「どうでしょう。マルティーナさんを攻撃するような類いの魔法には見えませんが……」


 学院長がマルティーナをじっと観察しながら、独り言のように呟く。


「マルティーナさんと神聖魔法が互いに馴染もうとしているような……?」



 夜がふけてきた。

 マルティーナの容態に変化は見られない。


 学院長とベルナル先生が、交互にあくびを噛み殺した。

 慣れない場所に到着して早々、学生が意識を失ってしまったのだ。

 それから今の今まで、ずっと神経を張り詰めていたのだろう。

 

「僕はまだ大丈夫ですから、先生たちから先に仮眠を取ってきてください」

「しかし、」

「若い人のほうが睡眠は大切ですよ」

「僕はまだ眠くないですから」


 異変があったらすぐに知らせることを約束すると、ふたりは折れてくれた。

 というよりは、『仮眠』という言葉を聞いたときからますます眠気は強くなってきていて、すでに限界に達しようとしていた。


「すみません」

「よろしくお願いします」


 まぶたが半分閉じた状態で、足取りも覚束なく、それぞれに用意された部屋へと引き上げていった。


 ルーカスは座っていた椅子をさらにマルティーナの寝ているベッドに引き寄せ、真上から覗き込むようにした。

 その寝顔は、普段以上にヴァレリアに似ている。


(この光はヴァレリアの神聖魔法によるものなのだろうか……)


「……ヴァレリア」


 マルティーナの目の際から、つーっと涙が流れ出た。


「ヴァレリア?」


 どこか痛いのかと心配したが、表情は穏やかだ。

 ルーカスはハンカチを取り出すと、そうっと押さえてやった。


 するとマルティーナはゆっくりと目を開け、それから首をほんの少し回してルーカスを見た。


 小さく、おまけに擦れていた。

 しかし、聞き間違えではない。


「アーロン様、」


 かつての自分の名前を呼んだ。

 ヴァレリアと同じ表情、同じ声色で。


「またそのようにお疲れのご様子」


 労りの眼差しを向け、ルーカスの頬に軽く触れた。

 マルティーナの指先から心地よい熱が伝わってくる。


(これは、治癒魔法……?)


 まぶたが重くてどうにも抗えなかった。

 そこでルーカスの意識は途切れた──



「ルーカス君、ベッドで休んでおいで」


 学院長に肩を叩かれて、はっと目が覚めた。

 ルーカスは椅子に座ったまま眠りこけてしまっていたようだ。


「ええっと……」


 状況が飲み込めなくて、周りを見回した。

 部屋は窓から入る朝日で明るくなっていた。


 マルティーナと視線が交わった。

 マルティーナは目を覚ましていて、上体を起こしていた。


「光が消えている……?」


 マルティーナを覆っていた光は、部屋の中が明るくなったせいで見えないのではなく、消失していた。


「ということは、ルーカス君も何があったのかは見ていないのですね」

「……申し訳ありません」

「いいんです。目撃していたところで、恐らく神聖魔法が関係していることですから、どの道我々には理解できなかったと思います」


 ドアがノックされ、ベルナル先生の顔が覗いた。


「学院長、朝食の用意ができたそうです……おっ、皆さん起きましたか」

「ルーカス君は少し眠ってからにしますか?」


 学院長は気遣ってそう訊いてくれたが、ルーカスは少しも疲れを感じてはいなかった。

 椅子の上で数時間眠っただけにも拘らずだ。

 マルティーナの治癒魔法のお陰であることは疑いようがなかった。


「一緒に食堂へ行きます」

「そうですか。マルティーナ君は? 起き上がれそうですか?」


 返事が聞こえてこない。

 しかし、マルティーナはぼうっとしているのではなかった。

 手のひらを閉じたり開いたり、裏返してみたりと、ためつすがめつしていた。


(僕をアーロンの名で呼んだことは覚えているだろうか?)


「……マルティーナ君?」

「あっ、は、はい!」

「朝食を食べに行けそうですか? もしよければ、ここまで運びますよ?」

「いいえ、寝過ぎて体が痛いので、少し動きたいです」

「なら4人で食堂に行きましょう」


 ルーカスはマルティーナのことも気になっていたが、食堂へ向かう途中でそれ以上の異変に気を取られた。


 ブランカ宮殿特有の居心地よさが感じられなくなっていたのだ。

 もちろん、手入れがされている快適な宮殿ではあることには変わらないのだが、ほかの宮殿にはないその特別な空気が消えていた。


 マルティーナもまた何かが気になっているようで、きょろきょろ見回していた。


「朝食後でいいので、確かめたいことがあります」


 食堂に入る前に、静かにそう告げた。



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