22.
マルティーナは鏡の前で、いつもより念入りに櫛で髪をとかしていた。
休日だというのに、制服を着ている。
(失礼はないかしら……)
これからブランカ宮殿へ行くのだ。
ルーカスからは『13時に正門で』と言われている。
買い物のとき同様に、馬車が来てくれるという。
(馬車の中では何を話したら……)
ベルナル先生と学院長は、自宅から直接宮殿に向かうそうだ。
それはつまり、馬車という広くはない空間でルーカスとふたりきりになるということ。
パウラもウーゴもいてくれたときとは違う。
あのときは全員でかパウラとだけ話していればよかった。
マルティーナは自分が緊張していることを自覚していた。
(学院の外でふたりだけになるっていうのが、余計に緊張してしまうのよね……)
勉強会なら、初回だけでなくそれ以降もウーゴが来られなくて、ふたりきりになる日がぽろぽろとあった。
しかし、勉強内容について話せばいいとわかりきっているので、話題に悩む必要もなかった。
とそこまで考えたところで、思いついた。
(そうだわ。前期試験の結果を簡単に報告して、勉強を教えてもらったお礼を伝えるのにちょうどいい!)
ごく当然のようにさらっと学年主席を取ってしまえるルーカスからしたら、ごく平凡な成績に映るかもしれない。
(そういえば、入学式で新入生代表として壇上に上がっていたんだった。あれは王子だからではなく、入試でトップだったからなんだわ)
身分は関係ないと謳っている学院の入学式なのだから当たり前のことなのだが、マルティーナはそのことに改めて気がついた。
マルティーナのほうはというと、筆記試験はまずまずの成績だった。
自然魔法の教育を受けたことがなかったマルティーナの成績にしては、快挙ともいえる。
どう考えてもルーカスのお陰だ。
実技との総合では、かなり上位に食いこめるのではないか。
(これなら学院を卒業した後も、魔法使いとしてアンダルイドで安定した就職先が見つかるかしら……)
気が早いのはわかっていたが、それでも期待が膨らむ。
(私がこの国で仕事を探すとしたらどんな? 2年生からの専門属性は、それを踏まえた上で選択したいわ。それも相談してみようかしら……)
「あっ、いっけなーい!」
驚いたせいで、ひとり言にも拘らず大きな声が出てしまった。
けれど、外出の届出も出さなければならないというのに、時刻は5分前に迫っていたのだ。
遅刻などしてしまったら、身だしなみ以上のマナー違反だ。
マルティーナは部屋を飛び出した。
※
ルーカスまで制服である必要はないはずなのに、制服を着ていた。
(合わせてくれたんだわ)
お礼を言ったところで、素っ気ない返事をされることが想像できた。
それでも一応伝えてみることにする。
「ルーカス様まで休日に制服を着てきてくださって、ありがとうございます」
「いや、1番楽だからだ。それに生徒がふたりしかいなのに、片方だけ私服というのも浮いてしまうから」
入学して半年、ルーカスの不器用さを理解していた。
マルティーナは『ふふっ』と笑ってしまった。
「えっ、何かおかしかったか?」
「いいえ、全く。ところで──」
マルティーナは、試験結果の報告と進路相談をすることにした。
「君はルーボンヌに帰らなくてもいいのか?」
「いいんです」
あの国にマルティーナの居場所はないのだ。
出発の日の朝、母親からはこう言われてしまった。
『アンダルイドでいい人を見つけたら帰ってこなくていい』と。
それは即ち、『自力で恥ずかしくない嫁ぎ先を見つけるまで帰ってくるな』という意味だった。
マルティーナは神学校で落ちこぼれただけでは飽き足らず、さらにその信仰心まで疑われたのだ。
名誉を回復するために、声高に語れるだけの立派なシナリオを母親は必要としていた。
『マルティーナの魔法は異端などではなく、れっきとした自然魔法であり、しかもその自然魔法は留学先の魔法大国でも認められるほどのレベルで、だからこそ良縁にも恵まれた』と。
そのことを肌がヒリヒリするほど感じた。
(でも結婚なんて他力本願な方法ではなく、自分の魔法で自立してみたいわ)
魔法こそがマルティーナを苦しめてきた元凶なのだが、マルティーナは魔法を使う行為自体は好きなのだ。
神聖力でも自然魔力でも、与えられたことに感謝すべき力で、体内に取り込むときには何ともいえない幸福感に包まれる。
そして、それができない人たちにも、魔法という形に変えることで恩恵を分けられる。
それと、自身の魔法を認めてもらいたいという気持ちもないわけではなかった。
手のひらを返されたときに全身を蝕んだ絶望感を払拭したい──
「私はこの国で、魔法を役立てる道に進みたいと思っています」
「何か具体的に希望する職種はあるのか?」
「……いいえ。アンダルイドで女性魔法使いがどのような職につけるのかもまだ知らないので……」
「何でもいいというのであれば、真っ先に学院長とベルナル先生が研究助手として学院に残ってほしがりそうだな」
(それは研究対象とされ続けるということ……?)
ルーボンヌから出る手段としてはよろこんで受け入れた条件だったものの、それが半永久的に続くのはご免こうむりたい気がした。
むろん、ほかに就職先がないのであれば受け入れるが。
(研究対象が私だとしても、私自身も研究する側に加われるならいいのだけれど……)
マルティーナは考えこんで黙ってしまった。
ルーカスがポツリと言った。
「……王宮、というのはどう思う?」
「王宮?」
思いも寄らないワードが出てきた。
「外国人でも勤められるんですか?」
「勤めるというか、慈善事業のような……?」
それを聞いたマルティーナはムッとした。
「それは無償で治癒魔法を使え、という意味ですか? 確かに神からの恵である神聖力が元ですが、それでは生活できません!」
「あっ、いや。そういう意味では……」
それほど強く言ったつもりはなかったが、ルーカスはたじろいでいる。
(相談を持ちかけた立場で言い過ぎかしら?)
しかし、自立できなければルーボンヌに帰るしかなくなるのだ。
「私はアンダルイドで生計を立てたいんです」
「も、もちろん、分かっているよ。僕が言った『王宮で』というのは、対価っていう形でもらうわけではないのだけれど、生活はきちんと保証されていて……」
「やっぱりお給金はもらえないんですよね?」
「そうなんだけど……あー、うまく言えないな……」
しどろもどろで要領を得ないまま、馬車はブランカ宮殿に近づいていた。




