21.
父親に用があって帰省したはずが、先に母親に捕まってしまった。
お茶くらい付き合ってもいいか、と軽い気持ちで腰を下ろしてしまったことを後悔している。
(絶対に、『先に大切な要件を済ませたい』と言って断るべきだった……)
あれこれと質問攻めにされた挙句、『毎週末にでも顔を見せに戻ってきなさい』というお小言までもらった。
重要なのはこれからだというのに、ようやく解放してもらえたときには、すでに疲れていた。
そうして今ようやく父親の元にたどり着けた。
「元気にしていたか? 学院のほうはどうだ?」
父親は、優しい笑顔を息子に向ける。
しかし、そういった類の質問は、先ほどまでしつこいほど受けていたので、少しげんなりしてしまう。
「……充実しています。勉学、学生生活ともに」
「それは何よりだ。新しい友人はできたのか?」
「はい。身分や国籍を越えた友人ができたことは、学院に入学した最大のメリットだと感じています」
「そうか、そうか」
父親は目尻を下げてよろこんでいる。
アーロンの父親や長兄の子孫にあたるはずだが、どちらの面影も見当たらない。
現在のアンダルイド王国は平和そのものだ。
アーロンの兄たちやアーロンが苦労して立て直した甲斐があった。
いかにも泰平の時代の国王らしい柔和な笑顔を見るたびに、そのことを実感する。
(本題を切り出すには打ってつけの流れだ)
「それで、ルーボンヌ神国より留学生が来ていることは、父上もご存知のことと思いますが」
「おお。神聖魔法の研究については都度レポートをもらっていて、私も目を通すようにしている」
「そうでしたか」
(それなら話が早い)
「神聖魔法の研究の一環として、今度彼女をブランカ宮殿に招待したいと思っていまして」
「……ブランカ宮殿?」
王子であるルーカスから国王に許可を得ることになっていたので、ブランカ宮殿を訪問する計画については、まだレポートでは触れられていないようだ。
国王は両眼をかっぴらいた。
「入学早々、出会いがあったのだな!?」
(しくじった!)
「そうではなく……」
「ということは、相手はルーボンヌからの留学生なのか?」
「父上、僕の話を聞いていましたか? 『神聖魔法の研究の一環として招待したい』と言ったはずです」
「いいや、そんなものは言い訳のはずだ。ルーカス、そなたが幼い頃から今までで、唯一ワガママを言ったのがブランカ宮殿だ。まさかと思うが、そこに女性を招く意味がこの父にわからないとでも思っているのか?」
ルーカスは反論したい気持ちがあったにはあったが、『研究の一環』をダシにしてマルティーナを宮殿に連れていきたいという裏心があるのは事実だし、さらにはマルティーナに好意を抱いてもいた。
白々しい嘘を吐いたところで、たちまち見破られるだろう。
(しかし、どう答えたらいいのだろうか? 決して父上が期待しているような関係ではなく、ただの友人に過ぎないというのに……)
アーロンの死後、ブランカ宮殿は王族や賓客の短期的な滞在場所と使用されている。
しかし、ルーカスが小さかった頃、父親の弟つまり叔父が結婚することになり、新婚夫婦をそこに住まわせようという案が持ち上がった。
それを聞いたルーカスは、『ブランカ宮殿は僕がほしい』と駄々を捏ねた。
これに両親は心底驚いた。
ルーカスは物心がついたときから分別があり、自分を弁えている子どもだった。
第3王子として決して出しゃばることなく、父親や兄たちを支えるべく振る舞ってきた。
そのルーカスが半狂乱になって『宮殿をくれ』などと、とんでもないワガママを言ってきたのだ。
「どうしてブランカ宮殿がほしいんだい?」
そう尋ねてみても、
「あれは僕のための宮殿だから!」
と答えるだけで、要領を得なかった。
両親は困惑したものの、弟夫妻も特にブランカ宮殿に住みたがっていたわけではなかったので、別の住まいを用意することにした。
そうして、ルーカスには『結婚したらあそこに住めばいい』と言ったのだった。
「名は、マルティーナ・ロメーロといったか?」
「……はい」
「あそこはルーカスの好きにすればいい」
そう言ってくれるだろうとわかっていた。
しかし、だ。
(僕とマルティーナは、父上が思っているような間柄ではない!)
「家は伯爵家……だったか? 他国だから時間がかかるかもしれないな。身上調査員は早めに派遣しておくか……」
「はあ? 待ってください。マルティーナはただの友人です! それもようやくなれたばかりの……」
ルーカスは言っていて哀しくなってきた。
「無駄になったとしても別に構わないよ」
「ですが……」
「何か懸念事項でもあるのか?」
(……懸念?)
先ほどまでは、マルティーナとは何も始まっていないというのに、そういう相手を見つけてきたと勘違いされてしまったことに大いに焦っていた。
けれど、誤解だとしてもマルティーナが花嫁候補になりそうな今は、父親の指摘通り、確かに焦りよりも懸念のほうが大きくなっていた。
「マルティーナは、ルーボンヌでは辛い境遇にあったようなのです。しかし、それというのも神聖魔法の国で自然魔法が使えたからで!」
(マルティーナに非があったわけでは!)
力の入った肩に手のひらが置かれた。
「その辺りの事情なら、留学前にも調べているよ。だからこそ躊躇うことなくアンダルイドに来てもらえたのだし、そのことが我が国で問題になるはずはない」
「それなら、何が問題になるというのですか?」
父親は堪らず噴き出した。
「何も問題にはならないよ。王族の花嫁に求められるただの形式的な調査だ。それとも、不要か? 『絶対に必要になることはない』と言うのであればやめておくが?」
(僕の負けだ……)
勝ち負けなどないはずなのに、そう思えて仕方がない。
ウーゴのときとは違って、父親を相手に好いた女性を白状しなければいけないというのは、気恥ずかしさも覚える。
「……お願いします」
「素直でよろしい」
ご満悦な父親に対し、ルーカスはため息を吐いたのだった。




