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20.

(うっわー! やっぱりそうなるよな……)


 マルティーナと並んで学習室に入った自分を見た途端、ルーカスは王子の品格が台無しになりそうなほどがっかりした。


「ダメでした? 事前に確認を取らなくてごめんなさい。ふたり同時に教えるのは負担ですか?」

「いや、いい。びっくりしただけだ」


 ルーカスはしゅっと顔を引き締めた。


(面白ろ。惚れた弱みってやつだな。マルティーナさん経由なら、何でもお願い聞いてもらえそう)


 笑いが漏れそうになり、ウーゴも口元を引き締めた。


「頼むよ。俺、古典魔法が本気でヤバいんだ。で、マルティーナさんにちょっと愚痴を吐いたんだ。『俺ら留学生には、アンダルイドの古語が使われてる古典魔法まで勉強しろ、なんて無茶だよなー』って。そうしたら、勉強会に誘ってくれたんだよ」


 ウーゴにしたって、できれば友人の恋路の邪魔はしたくなかった。

 しかし、自力ではどうしてもお手上げなのだ。


「俺もこの前本屋に行ったときに、マルティーナさん推薦の古語辞典買っときゃよかった」

「辞典はどれでもいいだろう。古典魔法がわからないのを辞書のせいにするな。何がわからないんだ。言ってみろ」

「わー、ルーカス! 恩に着る!」


 ウーゴとマルティーナは、ルーカスを挟むようにして座った。


 ルーカスはどちら側にも平等に見えるように、自身の正面に教科書を開いて置くことにした。

 ウーゴとマルティーナが交互にわからない箇所を指していけば、ルーカスが説明し、ふたりは各自のノートに書き込んでいく……といったふうに勉強会は進んでいった。


「なんだ、すんなり理解できるじゃないか」


 試験範囲になっている最後のページまできたとき、ルーカスが拍子抜けだとでも言わんばかりに、小さくため息を吐いた。


「自分だといくら教科書読んでても全然意味がわかんなかったの。ルーカスがめちゃくちゃ噛み砕いて説明してくれたらわかったんだって」

「ふーん」

「お世辞とかじゃなくて本当に。ね、マルティーナさん?」

「ええ。私も昨日今日だけでもずいぶん理解が進んだわ」


 ルーカスははにかみながら『それは何よりだ』と呟いた。



 丁寧にお礼を言うマルティーナと別れたあと、ウーゴとルーカスは男子寮へ戻るべく、並んで渡り廊下を歩いていた。

 出し抜けに、ルーカスがパウラの名前を出してきた。


「誘わなくてよかったのか?」

「パウラとは一緒に勉強したことないよ」

「そうなのか?」


(まあ、不思議だよな)


「パウラにとって、俺ってライバルなわけよ。といっても、いっつも俺が勝ってんのね。俺に助けてもらって俺に勝利してもうれしくないだろうから、俺の力を借りずに俺に勝ってみせるんだって」


(俺だって、できるもんならルーカスみたいに放課後一緒に勉強……なんて青春を送ってみたいよ)


「それは悪かった」

「別に謝られるようなことじゃ、」

「好きなんだろう?」

「へっ!?」


 ルーカスの目は茶化すことなく、真面目に訊いていた。


(これは誤魔化せない……かな?)


「何でバレた?」

「すぐにそうだとわかったわけでは……君は誰に対しても友好的だから。ただ4人で休日に出かけたときに、そうなのかなと思った。少人数だったし、近くで見ていたからだな。そうでないと気づかなかったと思う」

「なるほどなー。俺のほうも内緒ね」

「ベラベラ話すようなことではないから、それはもちろんだが……」


 焦ったり困ったりはしなかった。

 これで公平だという気持ちもあったし、ルーカスが他人の色恋をバラすとは思えない。


「ウーゴは……」


 ルーカスはその先を言葉にするのに躊躇っていた。

 踏み込んで訊いていいものか判断に迷っているのだ。


「俺さ、婚約者がいるんだよね」

「そうなのか? パウラもそのことは?」

「もちろん知ってるよ」


 ウーゴの家は代々、公共事業である土木工事を請け負って、富を築いてきた。

 魔法が使えるウーゴは、幼い頃から跡取りとなることを期待されて育てられてきた。


「どうにもならないのか?」

「んー、こればっかりはね。運命を呪うしかないかな」


 パウラもまた、ウーゴと似たような境遇にある。

 パウラの場合は下に妹がふたりいるだけで、しかも魔法が使えるのはパウラのみ。

 優秀な長女が婿を取って家業を継ぎ、妹たちを嫁に出すのが、どう考えても既定路線だ。


(どうにかなるなら、婚約する前に何とかしてたよ。それに……)


「俺の婚約者、優しいいい子なんだ。恋人って感じにはなれなくても、いい家族にはなれると思ってるんだよね」


 パウラに対する感情とは似ても似つかないが、それでも好きではある。

 大事にしたいと思っている。

 そのためにも、不誠実なことをするつもりはない。


「おーい、そんな顔しないでくれよ」


 親からの半ば強制で結んだ婚約なのは相手も同じで、そして彼女もウーゴと同じような考えでいてくれている。


(不幸なことなんて、どこにも見当たらない)


「いいんだって。そういう意味じゃなくても、今までパウラの頭の中は俺のことでいっぱいなんだ。これからもせいぜい試験では勝ち続けて、パウラの学生時代の思い出は俺がもらうつもり」

「何だ、それは……」

「マルティーナさんとふたりきりにしてやれなくて悪いけど、そのためにこれからも勉強教えてくれよ!」


 ルーカスが苦笑いした。


(救いは、パウラが清々しいほど恋愛には興味がないってことだな)


 『学生の身で恋愛なんてこれっぽちも興味がない』と言い切っている。


(学生の間だけでもそのままでいてほしい。誰のものにもならないで……)


 そうしてお互いが学生でなくなったとき、ウーゴはパウラではない相手と結婚するのだ。


 ワガママなことは承知している。

 それでもそう願ってしまうのだった。



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