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2.

 正門を通り抜けて少し進んだ先に、臨時の受付が設けられていた。

 マルティーナもさっそく列に並ぶ。


 どうやら入学許可証を提示すると、寮の部屋の鍵を番号をもらえるらしい。

 すぐに提示できるよう、自身の入学許可証を手元に準備しようした。

 とそのとき、後ろから声をかけられた。


「貴方も留学生?」


 振り向くと、明るい夜空を連想させるブルーブラックの髪が揺れていた。

 大きな瞳はキラキラと輝いている。

 一瞬で魅了された。


 マルティーナはこちらも好印象をもってもらえるように、緊張を飲みこんで、できる限りにこやかに返事をした。


「ということは、貴方もなのね」

「そう。ファーマルズ公国から来たの。パウラよ。留学生同士、よろしくね」


 パウラはマルティーナの後ろに並んだ。


(ファーマルズ公国……ってどこにあるんだったかしら?)


 神学校でも一般教養の授業はあったにはあったけれど、経典や神聖魔法の授業に力点が置かれていた。

 それゆえに、マルティーナは恥ずかしながら世界地理に疎かった。


(パウラさんに質問する……のは失礼よね。機会を見つけて、自分で調べるほうが正解のはず……)


「私はマルティーナよ。こちらこそよろしくね、パウラさん」

「パウラでいいよ」

「なっ、なら私のことも呼び捨てしてほしいわ!」

「うん。ねえ、マルティーナはどこの国から来たの?」


(うっ……!)


「……ルーボンヌよ」

「ルーボンヌって、まさかあのルーボンヌ神国!?」


 パウラが目を見開いた。


「神聖魔法の国だよね?」


 ズドンっと衝撃を受けた胸が痛い。

 にも拘らず、マルティーナは涼しい顔で答えた。


「ま、まあそうね」


(魔法大国に留学してきた以上、これから何十回何百回とこの質問はされることになる。大丈夫、何度もシミュレーションしてきたじゃない)


「私も自国では神聖魔法を学んだんだけど、その……私はどうしてか自然魔法も使えるみたいで……」


 正確ではないかもしれないが、嘘はひとつもない。

 マルティーナは神聖魔法のうち、治癒魔法だけなら使えるのだから。

 その威力は、聖女になるにはほど遠いほど弱いものではあるけれど。

 そして、神聖魔法よりも、自然魔法のほうがはるかに得意だけれども。


「そうなんだー」


 パウラは特に疑問を抱いていないようだ。

 そのことに胸を撫で下ろした。


「ほかにルーボンヌからの留学生はいるの?」

「いない……と思うわ」


 『思う』ではない。

 確実にいないと知っていた。

 どれだけ過去に遡ったとしてもだ。

 だからこそ、マルティーナの留学は異例中の異例、前代未聞のことだった。


「だったら私と友達になってくれない?」

「えっ、も、もちろん。うれしいわ」


 パウラからの思いがけない提案に、胸が躍った。


「よかった! ファーマルズからはもうひとり留学生がいるんだけど、男子なのよね」

「知り合いなの?」

「いわゆる腐れ縁ってやつ」

「なら、心強いんじゃない?」

「まあ、そうかもね。うちって小さな国だから、自前で魔法の高等教育機関なんて、とてもじゃないけど作れなくて。その代わりに、国費で毎年ふたり、この学院に留学させることになってるの」


 マルティーナはぎょっとした。


「留学させてもらうには、成績優秀でないといけないんでしょう?」


 しかしパウラは渋い顔をする。


「でも、私は万年2位だったんだ。もうひとりが、いっつもぶっちぎりの1位で……」


 ファーマルズ公国の大きさは不明だし、国が違うのに数字だけの単純な比較をしても意味がないのもわかっていた。

 それでもルーボンヌの神学校時代、実技教科に足を引っ張られ、下から数えたほうが早かった身のマルティーナにとっては、十分に羨ましい成績のように思えた。

 にも拘らず、パウラは心底悔しそうに肩をすくめ、ため息を吐く。


 とそこへ、大きな荷物を抱えた男子がこちらに近づいてきた。

 そうして、パウラのすぐ後ろまで来ると、カラッと明るい声を発した。


「よお、パウラも無事に着いたんだな」


 パウラは振り返らずに、マルティーナに紹介した。


「これがもうひとりの留学生」

「何なに、もしかしてもう友達できた? 俺にも紹介してよ」


 パウラの髪も濃いと思ったが、この男子学生はもっとだ。

 闇夜を思わせる漆黒の髪をしている。

 けれど、それ以上にこぼれる白い歯のほうが印象的だ。


「私たちと同じ留学生のマルティーナよ」

「へえ。マルティーナさんはどこの国から?」


 今度は身構えることなく答えることができた。


「ルーボンヌ神国からです」

「俺はパウラと同郷のウーゴ。よろしくね」


 ごく自然に差し出されらウーゴの手を、マルティーナは凝視した。


(これ……は、握手を求められてる?)


「ちょっとー」


 パウラがウーゴを肘で突いた。


「そっか、ごめん。国や身分によっては、異性に直接触れないんだったんだ。うっかりしてた」

「そんな……私のほうこそごめんなさい」


(こんなことではいけないわ。私はもはや、ルーボンヌ神国のロメーロ伯爵家令嬢ではないのに……)


 覚悟が足りなかったことを思い知り、少し落ち込んだ。


「ああ、ホント気にしないで。ウーゴには、そのぐらいの距離感でちょうどいいよ」

「うわー、そういうこと言うなよ。初対面から誤解を受けるだろ?」


 パウラは鼻に皺を寄せ、舌を突き出した。

 しかし、それからすぐにウーゴと同じタイミングで噴き出した。

 マルティーナの目には、一連のパウラの表情がとても魅力的に映った。

 そして、ふたりを眺めながらワクワクしてくるのを感じた。


 マルティーナの通っていた神学校では考えられないことだったのだ。

 神学校では、常に誰に対しても一定の礼儀が求められた。

 マルティーナが特別距離を取られていたこととは関係なく、たとえ親しい学生同士であってもそうだった。


「俺、そんな危ないやつじゃないからね? マルティーナさん、聞いてる?」

「えっ、ええ。もちろん聞いてるわ」

「そうだよね。ウーゴは危ないとかじゃなくて、気づいたら懐柔されてるっていうか、要するに人たらしだもんね」

「だーかーらー、何か語弊がある言い方はやめてくれよ。入学早々、変な誤解が広まったらどうしてくれるんだよ? ほら、なんか俺白い目で見られてない?」

「見られてるのは、ウーゴの声がデカいからでしょ」


 ふたりは言い合いしながらも、なお笑顔だった。


(私もこの関係に入っていける?)


 胸がドキドキしていた。


(もしそうなら、最高なんだけど……)


 新たな環境で真の友人を作る──

 それもまた、留学の目的のひとつであった。



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