17.
ふたりは慌てふためいた。
「どうして……?」
「意味わかんない!」
パウラが門柱に寄りかかっていたウーゴを手招きする。
「ちょっと! ウーゴ、こっちに来て!」
「おはよ。どうかしたか?」
ウーゴはのんびりとした足取りで近づいてきた。
「王都の商店街に詳しい人を連れてくるんじゃなかった?」
「何度も行ったことあるってさ」
「そうは言っても、私たちが行きたいようなお店には行ったことないでしょ?」
パウラは怒っていた。
「女子が行きたいような店に行ったことある男子なんて、そうそういないだろ。だったら誰でもよくない? ルーカスなら、いいサスペンション付きの馬車にも乗せてくれるんだし」
「えー! でも、ルーカス様ってマルティーナに対して……何ていうか、その……」
パウラがマルティーナのことを横目で見てきた。
その反応にマルティーナは、しまった! と思った。
放課後におこなわれている研究のことは秘密にしているため、パウラの中でルーカスの印象は初日からずっと悪いままなのだ。
「だ、大丈夫。そのことについてはきちんと謝罪してもらっているわ。今は普通に話せるの」
「そうなの? なら、マルティーナは一緒に行くことでいい? 無理してない?」
「無理……」
(……はしていないわ。だけど、問題はそこじゃないと思うのよね。ルーカス様を私たちの個人的な買い物に付き合わせていいものかしら?)
ルーカスのほうをちらっと見ると、ばっちり目が合ってしまった。
コソコソ話していたつもりが、興奮してつい声が大きくなっていた。
恐らく丸聞こえだったのだろう。
所在なさげに立っていた。
(準備をして来てくれたのよね。馬車の手配までして……)
マルティーナから声をかけずにはいられなくなってしまった。
「本日はどうぞよろしくお願いします」
「あ、ああ。任せてくれ」
ルーカスがほっとしたように顔を綻ばせた。
それを見てパウラもおずおずと寄ってきた。
「あの……パウラと言います。私もよろしくお願いします」
「君の話はウーゴからいつも聞いているよ。こちらこそよろしく」
その王子様スマイルに、パウラの色眼鏡はいとも簡単にはずれたのだった。
※
「行きたいのは、書店と服屋、それから寝具店でよかったか?」
馬車に乗り込むと、ルーカスが訊いてきた。
「あっ、それから……文具店も」
マルティーナは手描きの地図を取り出した。
オリビアが先週同郷の皆と外出した際に、とても気に入ったというお店を教えてもらったのだ。
地図を覗き込んだルーカスは目を剥いた。
「この店は……知らないな」
(そんなに驚かなくても……)
そう思ったが、王都に自分の知らない店があるというのは、王子の沽券にかかわるのかもしれない。
「同じクラスの友人から教えてもらったんです。最近オープンした、可愛い文房具ばかりを揃えているお店らしいので、ルーカス様はご存知なくても当然かもしれません」
「そうか」
わかりやすいほど安堵するルーカスを見て、笑いを噛み殺した。
(王子様も大変なのね)
「まずは服屋からでいいだろうか?」
「はい。園芸部で活動するときに着る作業着がほしいんです」
マルティーナは正式に園芸部に入ることにしたのだ。
「それとお揃いの部屋着も買おうね」
パウラが目配せすると、マルティーナは大きく頷いた。
「楽しそうでいいなー。なあ、ルーカス。俺らも部屋着お揃いにする?」
「絶対に嫌だ」
「えー。なら、俺もパウラたちの仲間に入れてよ」
「何でそうなるんだ!?」
(こうしていると、ルーカス様もごく普通の男の子だわ)
マルティーナにとってそれは発見であり、新鮮に映った。
※
馬車は、カジュアルな既製品を扱う洋品店の前で停まった。
若い客層に人気らしく、王都情報誌にも掲載されていて、マルティーナたちもドンピシャで行きたいと思っていた店だ。
「リーズナブルな値段だが、品質はいいと評判なんだ」
ルーカスは、情報誌に載っている文面そっくりな説明をした。
店の奥まで入ったのはマルティーナとパウラだけで、ルーカスとウーゴは入口近くで待っていた。
「ね、これは? 畑仕事するときに、動きやすそう」
「本当。でも、この色は私には難しい気がするわ」
「ならあっちのは? 優しい色がマルティーナにすごく合いそう!」
「あっ、待って。パウラに似合いそうなの見つけたわ」
あれこれ目移りしてしまう。
(退屈していないかしら?)
しかし、横に並んでお喋りをしながら、こちらを眺めているだけのルーカスたちも、なんとなく楽しんでいるように見えた。
マルティーナの視線に気づくと、ルーカスはごく自然に微笑んでくれた。
『ゆっくり選んでいいよ』と言ってくれているみたいだ。
実際、どれだけ待たされようと気にしないでくれるだろう。
お陰で吟味することができ、満足のいく作業着と部屋着を購入できた。
※
「書店はすぐそこだから徒歩で行こう」
歩き始めると、ルーカスはまた説明を始める。
「創業100年以上の老舗で、王都一の蔵書数を誇るんだ」
(それも情報誌の紹介文通りだわ)
しかし、そう指摘して恥をかかせるには野暮というもの。
マルティーナは笑顔で頷くだけに留めておいた。
「マルティーナお薦めのアンダルイド古語辞典はどれだっけ?」
「ええっと……あったわ。これよ」
「ねぇ、この本!」
「図書室でなかなか借りられない人気の! あっ、こっちのも!」
書店でも、ついつい長くなってしまった。
しかし、心配して様子を窺うと、書店ではルーカスたちもあちこち物色していて、ほしい本を見つけていた。
「重いだろ。持つよ」
会計を済ませると、ウーゴがパウラの買った本を持ってあげた。
「気が利くじゃない」
(ウーゴさんってパウラのこと、よく見てるし、ごく自然に気にかけてるのよね)
ウーゴは肘でルーカスを突いて、『ほら』とマルティーナの手元に視線を送った。
「あっ、ああ。マルティーナのは僕が……」
ルーカスもマルティーナの分を持ってくれた。
仕方なくとか、嫌々な空気はない。
ただ慣れていない感じがしただけだった。
(持ってもらうほうの立場だものね)
「ありがとうございます」
マルティーナがお礼を言うと、『このくらいのこと』と顔を赤くした。
※
馬車に荷物だけ預けると、続いては寝具店へ移動した。
「枕が合わないとかか? ここの店の枕は、綿花栽培が盛んなローデス地方産のコットンを使用していて、安眠できると評判なんだ」
「枕ではなくて、カバーがほしいんです。真っ白だと味気なくて」
「そうか。それもここなら気にいるものがあると思う。なにせ数年前に新進気鋭のデザイナーを採用して、ポップな柄もラインナップに加えたはずだから」
(ああ、絶対そうだ!)
マルティーナは確信した。
(私たちのために、ルーカス様も私たちが読んだのと同じ情報誌を読んで勉強してきたんだわ)
マルティーナはルーカスのうんちくに口を挟むことはせず、笑うのを堪えて相槌を打ちながら聞いた。
口から出ていかないように押し留めた笑いは、その間ずっとマルティーナの胸をくすぐり続けていた。




