16.
マルティーナとパウラはこの日を心待ちにしていた。
約束してからというもの、毎朝顔を合わせるたびに、あと何日か確認し合うほどだった。
「準備オッケー?」
「ええ。オリビアに描いてもらった地図もこの通りばっちり持ったわ」
学院が休みの今日、買い物に出かける予定なのだ。
「ウーゴさんとは、正門で待ち合わせ? 辻馬車でなくてよくなったって聞いてるけど、どうやって商店街まで行くの?」
「ウーゴが誘った男子が、家の馬車を都合つけてくれたんだって」
「B組の人かしら? 馬車を所有しているってことは、たぶん貴族よね? 誰かしら……」
「えーっ、私大丈夫かな? 貴族の人とお出かけなんて、粗相しそう……」
表情を曇らせたパウラを、マルティーナは笑いながら睨め付けた。
「私だって一応、ルーボンヌでは伯爵令嬢だったんだけど?」
「でも、マルティーナは貴族っぽくないし」
「ひどーい!」
と言ってみたものの、マルティーナはすぐに噴き出してしまった。
「だけど、ルーカス様もいらっしゃるA組ならともかく、B組の人なら本当に心配しなくても大丈夫だと思うわ」
マルティーナは、あれからルーカスのことを『ルーカス様』と呼んでいる。
そのことについて、ルーカスはまだ渋い顔をしていたが、マルティーナとしてはここが妥協点だ。
生来の性格から、これ以上は馴れ馴れしくできない。
「そうだよね! それを思えば、そこら辺の貴族……なんて言っちゃうとアレだけど、何とかなる気がしてきた」
「そうよ。それにウーゴさんが親しくしてる人なんだし、楽しいお出かけになるに決まっているわ」
「うん、うん。それにまだ貴族と決まったわけでもないしね。羽振りのいい商家のご令息ってこともありえるよね」
ふたりとも、入学して以来初めて外出だ。
加えてアンダルイドの王都で買い物するのも初めてなものだから、余計に楽しみで仕方がない。
軽やかな足取りで女子寮の外へ出た。
ところが、ふたりの足は正門の手前で急停止してしまうのだった。
※
──それは先週のことだった。
ルーカスがマルティーナに恋をし、ついでにかつてのヴァレリアへの想いも自覚したあの日からは、2日が経っていた。
ルーカスは教室棟の廊下でマルティーナとすれ違うだけで胸を躍らせてみたり、感傷的になってみたりと情緒を忙しくしていた。
(もっとマルティーナと共有できる時間がほしい!)
しかし、そんなルーカスに無情にも待ったがかけられた。
「当分の間、神聖魔法の研究は週1回の定期実施ということにしましょう」
ベルナル先生が考察したり、レポートにまとめる時間も必要ということで、マルティーナが協力する回数はそれだけでよいという説明だった。
「それなら、園芸部に入りたいのですがいいですか?」
「もちろん構いませんよ。学生生活をしっかりと楽しんでください」
マルティーナは顔を輝かせてよろこんだが、ルーカスはそれとは対照的に思いっきり落胆した。
(クラスも別なのに、これからどうやって親しくなる機会を作ればいいんだ……)
※
こういうタイミングで声をかけてくれるのはウーゴだった。
「ルーカス、ちょいちょい」
ルーカスが寮でちょうどひとりになったタイミングを見計らって声をかけてくれたようだ。
手招きされるがままについていく。
「週末にマルティーナさんと買い物に行くんだけど、」
「まさかふたりでか!?」
「違うよ。パウラも行くよ」
「なんだ、そうか」
初日からマルティーナと一緒にいたパウラのことは、ルーカスも認知していた。
「アンダルイドで生活するのに足りないものが色々出てきたんだと。それでなんだけど、ルーカスってマルティーナさんのこと、そういう対象じゃないんだよな?」
「や、藪から棒になんだ?」
「よそ者の俺たちだけだと不案内だから、王都に詳しい誰かにも来てほしいって話になってるんだよね。それと防犯上のことも考えて、まあ、男子がいいかなって」
(だから僕に案内役を頼みたいというわけか!)
「だったら最初からそう言え」
「いや、違うって。俺らは王室御用達みたいな高級店なんて周んないよ。もっと普通な店に行くつもり。でさ、クラスにマルティーナさんのことをいいと思ってるのが、けっこういるんだよ。だから、その中から王都に行ったことあるやつに声をかけようと思ってて。だけど、その前に一応ルーカスには確認しておこうかなってだけ」
「ぐ……」
「どうした?」
真っ先に自分のところに来てくれたことは大いに感謝したい。
(しかし、ウーゴを信用していいものか……)
王子がルーボンヌ神国からの留学生を見初めたなどと、皆の大好物に違いない。
漏れでもしたら秒で広まってしまう。
それも学院だけに留まらず、王宮にまで知れ渡るだろう。
マルティーナのルーカスに対する印象は、マイナスからのスタートだったところを、ゼロに戻せたがせいぜいだと判断している。
(この状況で噂が先行してしまったら……)
マルティーナが、ルーカスとは距離を置こうとするのは目に見えている。
かといって、せっかくの好機をふいにするのは惜しい。
「ぐぐ……」
「ルーカスは構わないよな?」
「パウラのことを気に入っている男子に声をかければいいじゃないか!」
「うーん……それは気乗りしないかな」
「なぜだ!?」
マルティーナとタイプは違うが、パウラも見目がいい。
加えてあの明るい性格だ。
パウラと出かけたい輩も探すまでもなく、いくらだっていそうだ。
ウーゴは完全に面白がっていた。
それがわかるだけに悔しかった。
悔しかったが……
「僕が……」
「うん?」
ウーゴに否定したあのときは、確かにそんなつもりではなかった。
しかし今となっては、ウーゴの予想通りになってしまっていた。
「僕なら馬車を用意できる。装飾のないお忍び用だが、サスペンションは上等で、乗り心地が保証できる馬車だ」
「それで?」
「……頼む。僕に同行させてほしい」
「まあ、及第点かな。本当なら、ルーカスの気持ちを打ち明けてほしいところだけど」
「だ、誰にも言わないでくれ!」
「見損なわないでくれよ。その辺の分別はちゃんとあるって」
「本当かー?」
ウーゴは訝しむルーカスにこぶしを突き出してきた。
「応援するよ」
ルーカスもこぶしを作り、それに突き合わせた。
「信じるよ」
(前世では学院に通わず、家庭教師から学んだだけだったから、こういう友人もいなかったな)
そう思うと、弱みを握られてしまったとはいえ、これはこれで悪くないように思えた。




