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15.

 就寝時間になっても、ルーカスの気分は依然として高揚していた。

 マルティーナのいろいろな表情が眼裏に浮かんでくる。


(今夜は寝付けないかもしれない)


 しかしベッドに入ってしばらくじっとしていると、やがて手足が重くなっていった。

 ベッドのマットレスが泥の沼に変化して、身体が徐々に沈み込んでいくように感じられた。

 そうなると、自分の意思で腕を持ち上げることはおろか、指先を動かすこともできない。

 意識までまどろみの中に沈んでいく。

 そうするうちにルーカスは過去を遡り、いつの間にかアーロンの姿に戻っていた──



 遠目に、大金で買われルーボンヌ神国からはるばるやってきた聖女を乗せた馬車が見えてきた。


(間に合ってしまったか……)


 聖女は王宮につくなり、国王のもとへ連れていかれ、治癒することを要求された。

 自分の役割を重々承知しているとでも言いたげな顔をしていた聖女は、眉すら動かさずに静かにそれを受け入れた。


 国王の寝所へ通された聖女は、ベッドの上に横たわる国王の手を、了承を得ることもなしにいきなり取った。

 その瞬間、皆が一斉に息を飲んだ。

 しかしその緊迫した空気に気づかなかったのか、聖女はその真剣な表情を一片も崩さなかった。


 そうして聖女の手が発光すると、みるみるうちに国王の血色がよくなっていった。

 いつぶりのことだろうか。

 アーロンは、国王が双眼を全開にするのを部屋の隅から眺めていた。


(そのままくたばってくれればよかったのに……)


 胸の中でドス黒い感情が渦を巻いた。


 上体を起こした国王は、そんなアーロンの心うちなど知る由もなく、傍へ来るように指示を出した。

 アーロンが少し距離を取って聖女の横に並ぶと、力のこもった声で言い放った。


「第7王子アーロンと聖女ヴァレリアは夫婦となり、今後国に尽くすことを命じる」


(やられたっ!!)


 聖女の神聖魔法が本物だとわかった今、聖女を常に近くに置いておくために、息子である自分と婚姻させるのだ。


 反射的に隣に立つ聖女を見た。

 ヴァレリアと視線が交わったのは、このときが初めてだった。

 ブルーの瞳は吸い込まれそうなほど大きく見開かれていた。

 国王の不意打ちに怒り狂ったのとヴァレリアの瞳に捕まったのとで、心臓が大暴れし、全身の血が沸騰すると思った──



 ルーカスの身体はまだ自由が利かなかった。

 それでも、夢の余韻が続くなかで、ぼんやりとではあるが頭は動いた。


(なんだ、違うじゃないか……)


 当時は父親に対する憎しみと、まんまと利用された悔しさでわからなかったが、今なら簡単にわかる。

 あのときの鼓動の理由はそうではなかったと。

 今日の昼間と同じ種類のものだった。


(それなのに前世では父親への憎悪で気づけなかったんだな)


 婚姻後は、父親からブランカ宮殿に住むことを許可された。

 国王の体調に少しでも異変があれば、いつでも聖女が駆けつけることのできる距離に縛りつけられたのだ。


「聖女様は、軽い症状のときでも国王陛下にお触れになる」


 眉をひそめながらそう告げ口してくる者もいたが、そんなことはアーロンもよく知っていた。

 常に取り入っておこうという魂胆だろうと思った。


 ヴァレリアが神聖魔法を使うところは見たくなかった。

 そうしてアーロンは、必要なとき以外は徹底的にヴァレリアを避けた。


(ただの嫉妬だったんだな)


 その後、余命いくばくもなかったはずの国王は、神聖魔法のお陰で、軽く5年は寿命を伸ばした。

 それは即ち、5年分余計に国が荒廃したことを意味した。


 ヴァレリアのせいではない。

 ヴァレリアに拒否権などなかったし、彼女は聖女としての役目を果たしたに過ぎない。

 にも拘らず、ヴァレリアが父親の片棒を担いでいるかのような気がしてならなかった。


 父親が亡くなったあとも、ヴァレリアに対する態度を変えることはできなかった。

 新国王となった長兄のために、王都から遠く離れた地方から地方へと、不正を正して回った。

 ブランカ宮殿には、年に10日も戻ればいいほうだった。


 戻れば必ずヴァレリアはアーロンを出迎えた。


「ひどくお疲れですね。治癒魔法を……」


 父親がいなくなった今、アーロンに取り入るのに必死だな、と鼻白んでいた。


 自分に断られて毎回傷ついているのは知っていた。

 けれど、その手を1度として取ったことはなかった。


 勝手なもので、たまにしか帰ってこないし、帰ったら帰ったで妻に冷たく接しているくせに、ブランカ宮殿は居心地がよく心が安らいだ。

 空気が澄んでいて柔らかかった。

 アーロンの寝室は特にそう感じられた。

 深く眠れて疲れもしっかり取れた。


 それがヴァレリアの浄化と祝福魔法によるものだと知ったのは、ヴァレリアが亡くなってからのことだった。

 『奥様からは口止めされていましたが』と言って、家令が教えてくれたのだ。


 アーロンは父親とヴァレリアがいなくなって、ようやくヴァレリアの慈愛を理解することができた。

 余生はブランカ宮殿にこもって暮らした。


(ヴァレリアへの償いのつもりだったが、なんだ……ただ惚れていただけじゃないか。それもただのひと目惚れだ。そんな簡単なことが、どうしてわからなかったのか……)


 自分の前世ながら笑ってしまう。


 不思議なことに、ヴァレリアの神聖魔法はヴァレリアの死後も消えなかった。

 現在もなお残っている。


(ヴァレリアが生きているうちに、治癒魔法も受け入れていたらな……)


 後悔なら前世からし続けているが、それでもし足りない。

 

(マルティーナの前でわざと怪我でもしてしてみようか)


 本気で考えているわけではなかったが、そうしてみたい気がした。


(そのとき僕は何を思い、どう感じるだろうか……)


 考えているうちに、ルーカスは再び眠ってしまった──



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