14.
「マルティーナ君、さっそく治癒魔法を見せてもらってもいいですか?」
「……はい。どなたにかけますか?」
「ガラン先生、」
学院長に呼ばれて、ガラン先生はマルティーナの前に出てきた。
「先週3年生の実習中に、学生の火魔法が暴発しまして。とっさに庇ってこの通りです」
そう言いながら、右手に巻いていた包帯をほどいた。
すると焼けただれた皮膚があらわになった。
ルーカスは堪えきれずに、『うっ』と声を漏らしてしまった。
ほかの教師たちも、順々に後ろから回りこんで覗いては、顔をしかめたりうめき声を上げたりしていた。
ルーカスはその隙に、こっそりとマルティーナの表情を横目で窺った。
研究室の中でひとりだけ、驚きも身じろぎもせず、ガラン先生の右手をただただ一心に見つめている。
ルーカスはその真剣な眼差しに、一瞬自分が研究室にいることを忘れた。
「それでは、始めさせていただきます。軽くですが患部に触れるので、痛いかもしれません」
(あの手袋は?)
マルティーナは薄手のレース製手袋をポケットから取り出しはめてから、そうっとガラン先生の右手に自身の手を当てた。
それから顎を少し上げ、空中の1点を見つめた。
(ヴァレリアと同じだ!)
手から出る光に照らされたマルティーナの横顔を見て、ルーカスは瞬間的にそう思った。
前世から数えてもそれほど人数は多いわけではないが、それでもルーボンヌの聖職者たちが治癒魔法を使う現場をこの目で見てきた。
治癒を施す間、自分の手を見つめ続ける者、目を閉じて俯く、あるいは天を仰ぐ者と様々だった。
しかし、どこでもない1点を見つめているは、ヴァレリアとマルティーナだけだ。
(それだけでマルティーナがヴァレリアだという証拠にはならないが……でも!)
マルティーナの手の輝きはますます強くなり、それから徐々に小さくなっていった。
「完了しました」
光が消失したところで、マルティーナはガラン先生から手を離した。
ガラン先生は口を半開きにして、右手を握ったり開いたりを繰り返した。
さすがに学院長は驚いていなかったが、ほかの教師たちからは一斉にどよめきが起こった。
この奇跡のような現場に立ち会ったのは初めてだったのだろう。
「痛くありません。見た目だけでなく機能面も回復しています」
「今しがた治癒魔法をかける前に手袋をつけていましたが、それは何か特別な効果でもあるのですか?」
ルーカスも気になっていたことを、学院長が訊いてくれた。
ほかの聖職者たちの中にはつけていた者もいたような気がするが、少なくともヴァレリアはつけていなかった。
「これは何の効果もない、ただの手袋です。たとえ治癒魔法を使用するときでも、特に異性には直接触れないほうがいいと、ルーボンヌの神学校で習いました。私たちからすれば、神からの恵みである神聖力を使わせていただくわけですから、敬虔な気持ちしかないですが、誤解を受けるケースもあるとかで」
ルーカスは覚えがありすぎて胸が痛くなった。
ヴァレリアがアーロンの父親に、直接触れるのを苦々しく思っていた。
そして、アーロンにも触れて治癒魔法をかけようとしてきたときには、大金で買われた聖女がアーロンに取り入ろうとしているのだと思い、徹底的に拒絶した。
(ヴァレリアもマルティーナと同じ気持ちだったに違いないのに!)
今ならわかるが、当時はわからなかった。
マルティーナはその後も、観葉植物の病気や用務員であるカハールの腰痛を治していった。
※
「私たちは今後の研究の進め方について協議しますので、君たちは今日のところはここまででいいですよ」
解放されたルーカスとマルティーナは、ともに研究室をあとにした。
廊下に出ると同時に、マルティーナが『ふう』と息を吐いたのが聞こえた。
「疲れたか?」
「はい。緊張で疲れました」
「取り囲まれて注目されていたからな」
「それもありますが、留学との交換条件である私の治癒魔法に失望されるかも……と心配だったので」
「失望なんて!」
ルーカスが声を荒げてしまったせいで、マルティーナは目をパチパチさせた。
「……すまない。でも、先生たちの反応で理解できただろう? 君の治癒魔法の価値が」
しかし、マルティーナは弱ったように微笑んだ。
(自分に自信がないんだな。この国では貴重な人材だというのに。それだけルーボンヌでは肩身の狭い思いをしてきたということか)
そこは聖女だったヴァレリアとは大きく違うところだ。
ヴァレリアは反対に、神聖魔法に関してだけは絶対の自信をもっていて、惜しげもなく使いたがっていた。
今にして思えば、知らない国にやって来て、それ以外に居場所を作る手段がなかったからだ。
ヴァレリアも今のマルティーナと同じように、不安でいっぱいだったことは想像に難くない。
(それなのに、彼女の行動は取り入ろうとしてのことに違いないと、どこまでも邪推してしまったんだ)
今さら後悔したところでどうなるというものでもないにも拘らず、ヴァレリアの治癒魔法を受けていたら……と考えずにはいられない。
「……殿下?」
マルティーナがルーカスの顔を覗き込んでいた。
「うわっ、ど、どうかしたか?」
「殿下のほうこそ。突然難しい顔になって黙ってしまいましたが、どうしました?」
「何でもない。ところで、学内では『殿下』ではなく、学友らしく呼んでほしい」
マルティーナは『あっ』と小さく叫び、口元を手で押さえた。
「ウーゴさんから聞いていました」
「なら、ウーゴのように『ルーカス』と呼んでほしい」
「それは……せめて『ルーカス様』で許してください」
「まだ堅苦しいな。それと敬語も、」
「無理です、勘弁してください!」
『ひゃあ』と、頭をぶんぶん横に振るマルティーナは可愛い。
「ウーゴはすぐに崩してくれたんだがな」
「ウーゴさんは特別なんです!」
「まあ……確かに。あれほど変わり身早く打ち解けてくれるのは珍しい……というか初めてだったな」
「やっぱりそうですよね?」
マルティーナの口調こそ崩れなかったが、それでもこんなふうにポンポン言い合えるのは気持ちがいい。
この時点で、マルティーナがヴァレリアの生まれ変わりなのか、さっぱりわからなくなっていた。
ヴァレリアとの相違点を見つけたかと思えば、すぐに共通点が見つかる。
と思えば、また相違点が──
(どっちなんだ……)
考えながら、しかしどちらでも構わない気がしてきた。
ヴァレリアへの罪滅ぼしがしたいという気持ちは確かにあったが、ヴァレリアのこととは関係なく、単純にマルティーナのことをもっと知りたい、マルティーナともっと親しくなりたいという気持ちが湧き起こっていた。
ルーカスは自身の胸が高鳴っていることにはっきりと気がついていた。




