12.
「以上が前置きでして、本題はここからです」
(すでに十分過ぎるほど衝撃を受けているのだが……)
ルーカスは身構えた。
「マルティーナ君を誘ったのは、彼女の将来を案じてという、ただの慈善活動のつもりはありません」
「というと……?」
「神聖魔法と自然魔法の両方を扱える人材が現れたのです。しかし、それはマルティーナ君だけに限ったことなのでしょうか? 我々が神聖魔法を使える可能性は?」
(ああ、そういうことか!)
ルーカスが目を大きく見開くと、それに応えるかのように、学院長は重々しく頷いた。
「ですが、ルーボンヌ側もそれに思い当たったのでしょう。マルティーナ君本人も留学を望んだ後になって、ゴチャゴチャと言い出しましたよ。お陰でかなり額の寄付金を支払わされました。といっても、それが済めば、あとはすんなりでしたが。あの国の拝金主義は相変わらず……どころかますます酷くなってますね」
『なにが神国だ』とでも言いた気だ。
「しかし、そのきっかけを作ったのは我が国です」
本当は『僕の父です』と言いたいところだった。
前世の父親、約200年前のアンダルイド国王のことだ──
第5代に当たるその国王は、ひと言でいえば『愚王』だった。
享楽にふけった彼の統治時代は、国が荒れに荒れた。
汚職が蔓延し、国の中枢は機能不全に陥ったのだ。
国王が病気になり、いよいよ死期が近くなったときには、第7王子のアーロンは安堵した。
悪夢のような時代がようやく終わると。
そして長兄なら、この国を立て直してくれるはずだと。
ところが、まだ遊び尽くしていなかったのか、国王はルーボンヌ神国から聖女を買った。
もちろん表向きには“招聘した”という表現が使われた。
前例がないにも拘らず、金貨の山を前に、ルーボンヌはいとも簡単に頷いたのだった。
そうしてルーボンヌは気づいてしまった。
聖職者は外貨を稼ぐ手段になると。
それ以降あの国はますますおかしくなってしまった。
「マルティーナも、200年前の聖女同様に買われてきたのですね」
ルーカスはマルティーナの心中を想像し、胸が締めつけられた。
同時に、ヴァレリアに対する罪悪感にも襲われた。
(こんなふうにヴァレリアを慮ったことはなかったな……)
「聖女がどうだったかはわかりませんが、少なくともマルティーナ君の場合は、彼女自身も留学を強く希望してくれたからこそ実現したのですよ」
「そうでした」
自分がマルティーナの傷口をさらにえぐってしまった事実は取り消せないし、ヴァレリアのことはもうどうすることもできないが、学院長のその言葉に少しだけ救われる。
せめてマルティーナの学院生活が幸多いものになることを願う。
「そして大枚をはやく代わりに、ルーボンヌとマルティーナ君には、留学期間中に我々の神聖魔法に関する研究に協力することに了承を得ています」
「神聖魔法の研究!」
ルーカスは身震いした。
「ルーボンヌは、自然魔法の使い手が仮に神聖魔法も使えるようになったとしても、せいぜいマルティーナ君程度の魔法だろうと考えているようですね。とはいえ、ある程度の治癒魔法が使えるとしたら……」
「間違いなく、国民に大きな恩恵をもたらしますね」
「そうでしょう! そこで陛下から殿下に、『研究に立ち会うように』という指示が出ております」
「ぜひ!」
(歴史が変わる研究を目の当たりにできる! それに、マルティーナの神聖魔法を観察し放題に違いない!!)
「ですが、ひとつ問題がありまして……」
「何でしょう?」
「マルティーナ君の学業に影響がでないよう、研究は放課後に実施することになっています。ですから、頻度がどの程度になるかは定かではないのですが、もし殿下が課外活動に参加したいとお考えなら、」
「構いません」
即答だった。
何らかの活動に参加したいと思ってはいるが、どちらを優先するかなど決まりきったことだ。
「課外活動は、参加できる日のみ参加すればいいだけのことですから」
「そう言っていただると助かります。では、初回は来週になりますので、予定しておいてください」
ルーカスは飛び跳ねたい気持ちを抑えて、学院長室を後にした。
(スタートで失敗してしまったとはいえ、これをきっかけに、マルティーナと普通に会話ができるようになるだろうか? もし友人になれるのなら、彼女の力になれることも出てくるはずだ)
マルティーナがヴァレリアの生まれ変わりではないのだと、この時点で十分に理解していた。
マルティーナがヴァレリアだったらいいという潜在的な願望が、そう勘違いさせていただけなのだ。
それでも、この国でやっていけるように手助けてやりたいという気持ちになっていた。
(ヴァレリアのときにも、そう思うことができていればよかったのにな……)
苦い感情に覆われそうになったところで、ルーカスはかぶりを振って自らを奮い立たせた。
(今度こそは間違えない!)




