11.
「いいところに! なあ、マルティーナさんの魔法、出鱈目にすごいよ」
講義が全て終わり、男子寮に戻ってきたところで、ルーカスはウーゴに遭遇した。
入学式の日以降マルティーナと会話ができていないまま、すでに2週間が経過していた。
もう夕方だというのに疲れていないのか、やたらと興奮している。
(それにしても『出鱈目に』とは? 神聖魔法を初めて目の当たりにでもしたのか?)
「具体的にどうすごいんだ?」
「マルティーナさんって、始めに自然魔力にアクセスするための呪文詠唱が要らないんだよ」
「……はあ?」
頭の中が疑問だらけだ。
「質問させてくれるか?」
「オッケー」
ウーゴは機嫌よく答えた。
むしろ訊いてほしくてウズウズしている。
「まずそもそもとして、マルティーナは自然魔法を使えるのか?」
「へっ!? この学院の学生なんだから、それはもちろん……」
「マルティーナは神聖魔法が使えるはずだから、てっきりそれで入学できたのかと……」
ルーカスは自分で言葉にしながら、それはあり得ないことだということにようやく気がついた。
ほかの魔法が使えようと、自然魔法が使えないのに入学が許可されるはずがない。
「ああ、らしいね。パウラが怪我したときに、実際使ってもらったんだって。それも見てみたいよなー。だけど、自然魔法も相当なもんだったよ」
(マルティーナは神聖魔法と自然魔法の両方が使える……?)
そんな話を聞いたことがなかった。
神聖魔法が使えるものは、自然魔法は使えない。
その逆もまた然り。
ヴァレリアだって、使えたのは神聖魔法だけだった。
しかし、ウーゴはそのことに疑問を抱いてはいないようだ。
もしかしたら、神聖魔法の使い手について知識をもっていないのかもしれない。
ルーボンヌ神国内ではどうか知らないが、少なくとも他国の者が神聖魔法の恩恵を受けたければ、コネクションとひと財産が必要となる。
学院内においてはどうでもよいことだから確認していないが、普段の言葉遣いや会話の内容から、ウーゴは庶民だと推定される。
これまで神聖魔法とは全く無縁な生活を送っていたとしても、何ら不思議ではない。
マルティーナが両魔法を使えることについては、これ以上ウーゴから訊けることはないと判断した。
「次の質問に移るが、『自然魔力にアクセスするための呪文詠唱が要らない』というのは? なら、どうやって魔力を入手していたんだ?」
「それ、それ!」
ウーゴは身を乗り出してきた。
「演習授業の初回だったから、腕試しってことでひとりずつ水魔法を実践させられたんだけど、マルティーナさんの番になって演習室が騒然としたんだよ」
ウーゴも大騒ぎしたうちのひとりで、今なおそのときの状態を引きずっているのだろうと想像できた。
「真剣な表情でどこでもない空中を見てたと思ったら、準備もなくいきなり魔法を発動させたんだよ。しかも、どばあっと一気に水を出してタライいっぱいまで張っちゃって!」
『自然界には、実体はないが魔力の源というべきものが存在する』というのが一般通念で、魔法を初めて学んだときにもそう教わった。
自然魔法を発動させるには、それに自身をつなげ、自然魔力を利用できる状態にしておかなければならない。
水魔法を使いたければ水の魔力を、土魔法であれば土の魔力を、といった具合に。
「マルティーナは魔力はどこから得ていたんだ?」
「それ不思議だよな! ナサリオ先生からも訊かれて説明してたんだけど、『空気中に浮遊してる』んだって」
「それはどういう……」
「な? 訳わかんないだろ。ああいうのを天才っていうんかなー」
『天才』と称して簡単に片付けてしまうのは、どこか違う気がした。
(ああ、そうか!)
ルーカスには思い当たることがあった。
(ヴァレリアが神聖魔法を使うとき、やはりそうではなかったか?)
ヴァレリアが神聖魔法を使う場面を見た回数は数えるほどしかなかった。
意図的に避けていたためだ。
それでもあの横顔は印象的で、はっきりと憶えている。
こうなってみると、マルティーナが魔法を使う瞬間を何が何でも確かめてみたくなってくる。
(どうにか見られないものか……)
ルーカスの願いは、意外とあっさり叶うことになるのだった──
※
ウーゴから実習の話を聞かされてから1週間後、ルーカスは学院長室のドアをノックしていた。
「失礼します」
「ルーカス君、待っていました。どうぞこちらにお掛けください」
ルーカスは案内されたソファに腰掛けた。
「今からは、学院の学生としてではなく、王室の一員として聞いてください」
これはつまり、他言無用という意味だ。
「わかりました」
王子の特権を振りかざすのは控えなければならないと思っているが、義務を負うほうなら別だ。
たとえ学生であっても、責務は果たさなければならない。
「殿下は……」
学院長も『殿下』と呼んだ。
「この学院が、ルーボンヌ神国から留学生を迎え入れたことはご存知ですか?」
「ええ。会ったときには驚きました」
「そうでしたか。陛下のご判断で、彼女のことを殿下にお話するのは入学後に私から、ということになっていたのですよ」
「それほど訳ありなのですか?」
学院長は深く頷いた。
「実は彼女、稀有な能力をもっていまして、」
(きた!)
ルーカスは顔では平静を装いながら、手のひらをぐっと握り締めた。
「稀有な能力とは?」
「神聖魔法と自然魔法の両方が使えるのですよ」
「これまでに両方使える人物がいたことは?」
「ありませんね」
(やはりそうなんだな)
「彼女は、聖女ではないのですか?」
「違います。神聖魔法については、少し治癒魔法が使える程度、浄化や祝福は全く使えないそうです。にも拘らず、誰にも教わらずに自然魔法はかなり上級なものまで使えた……当初はそれが自然魔法だということも判断できなくて、祖国では異端者扱い。神学校の教師陣も、扱いに苦慮していたそうです」
(ああ、そうだったのか…… 僕は傷口に塩を塗りこんだのか……)
マルティーナに初めて会ったとき、『ルーボンヌ神国の聖女がなぜここにいるのか』というようなことを訊いてしまったことを思い出す。
(それで怒っていたのか……アーロンのことを怒っていたのではないのだな……)
聖女としてこの国にやってきたヴァレリアとは、あまりにも違う。
ということは、マルティーナはヴァレリアではないのか。
「偶々私がルーボンヌの神学校を訪問する機会がありまして、そのときに向こうの教師から彼女について相談を受けました。会ってみたら、相当な自然魔法を使いこなしていました。独学ゆえ、少々奇抜でがありましたが。そこで、この学院に誘ってみたのです」
「学院長からですか?」
学院が学生個人を勧誘したなどという話を耳にしたことがなかったため、少し驚いた。
「ええ。もし彼女が平民であれば、治癒魔法が使えるだけでも暮らしていくのに困らないはずです。しかし幸か不幸か、彼女の家は高位貴族なんですよ。小さな治療所のようなところで働くことはできないし、かといって異端者として見られているので嫁ぎ先を見つけることもで難しいでしょう……」
そこまで説明されれば、否が応でもマルティーナの置かれている状況を理解できた。
そして、『この国に定住したいのか?』と訊いた自分の無神経さも。
(そうせざるを得ないのか……)
後悔先に立たずとはこのことだった。




