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1.

 ──魔法大国として名高いアンダルイド王国。

 そのアンダルイドが諸国に誇る自然魔法専門の教育機関、王立魔法高等学院が見えてきた。

 マルティーナは、馬車の中からガラス越しにその敷地が近づいてくるのを眺めた。


 鉄柵に囲われた向こう側は、背の高い立派な樹木が生い茂っている。

 そのせいで視界が遮られるものの、かろうじてその上部から石造りの建物が何棟も突き出ているのが見えた。


 マルティーナは、留学生のために設けられた特別枠で入学が認められた。

 それ故、入学試験を受けておらず、学院を目にするのはこれが初めてだ。


(なんて広大な敷地……)


 ルーボンヌ神国には、これほどの規模の教育機関はまずない。

 断言してもいい。


 正門の周辺には、何台かの馬車が停車している。

 マルティーナを乗せた馬車も、正門に近づくにつれて緩やかに速度を落としていき、ついに停止した。


「とうとう到着しましたね」


 これまでの道中、きめ細かく世話をしてくれていた付き人のダニエラが、降車の準備に取りかかり始めた。

 ダニエラが扉を開けてくれるのを待っている間、静かに座っていたマルティーナは自分の心拍数が上がっていることに気がついた。

 緊張しているのだ。


(いよいよなんだわ)


 深く息を吸い、それから細くゆっくりと吐いた。


 高地にあるルーボンヌ神国を出発したときには雪が舞っていたから、ぶ厚い外套を羽織って出た。

 けれど、アンダルイドに近づくにつれ気温が上がったため、途中で脱いでいた。

 おそらく今後マルティーナには無用の長物になる。


(ルーボンヌに持ち帰ってもらおう。実家でも不要なら、処分してくれればいい)


 外套をたたみ直して座席に置いた。

 それからしばらく、その上に手を乗せた。


(外套だけじゃない。ルーボンヌに対する未練も、ここに置いていこう)



 真新しい制服のみという身軽な恰好で外に出た。

 ルーボンヌがあるはずの方角を見上げた。

 わかってはいたことだったが、何も見えはしなかった。


(それほど遠くに来たんだわ……)


 それでも、この地にも神聖力があるらしいことを感じる。


 神聖力を感知する能力が低い自分では、ここアンダルイドでは神聖魔法が全く使えなくなるのでは……と心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。


 もっともこれから自然魔法を学ぼうとしているのだ。

 神聖魔法が使えなくとも、何ら問題はないはずである。

 それでも信仰心は人並み……いや、人並み以上にもっているマルティーナにとっては、神聖力を感じられることは堪らなくうれしい。

 祖国を去ったとしても、神は自分を見捨てたりはしないことの証だと思えた。


 ダニエラが、キャビンから大きなトランクケースを下ろした。


「よいしょっと!」


 トランクの中身は衣類が主なはずだが、かなりの重量になってしまった。

 アンダルイド語の辞書が重いのだろう。

 留学が決まって以降、必死に勉強してきた。

 それでも不安で、現代語のほかにも古語に専門用語にと、いくつもの辞書を詰めてしまった。


 あるいはガイドブックが原因かもしれない。

 長期休暇中は、アンダルイド国内を見て周りたいと考えている。

 そこで、びっしりメモを書き込んだものを数冊ほど底の方に忍ばせたのだった。


「あれこれ詰めてしまってごめんなさい」

「これしきのこと、大丈夫ですよ!」


 入寮日は本日、と学院側から指定されている。

 同じ新入生と思しき少年少女たちが見送りの家族に手を振ると、皆ひとりで大荷物を抱えて門の中へと入っていく。

 髪も瞳もブラウンだから、アンダルイド人だろう。


(あの中に入ったら、私目立つかしら?)


 ルーボンヌ人は色素が薄い。

 マルティーナも例に漏れず、髪はホワイトブロンド、瞳はブルーだ。

 ルーボンヌ人とまでは分からなくとも、外国人であることは一目瞭然だろう。


(外見はどうしようもないとしても、できるだけ浮かないようにしたい……)


「ダニエラ、最後の最後までありがとう。ルーボンヌまでくれぐれも気をつけて帰って」

「えっ、まだ……」

「ここでいいわ」

「私ですら重いのに、お嬢様にはキツいですよ。どうか学生寮まで運ばせてください」


 その言葉をうれしく思いながらも、マルティーナは首を横に振った。


「大丈夫。私は自然魔法が使えるんだから。知ってるでしょう?」


 ダニエルが重そうに両手で下げているトランクをふわりと浮かせてみせた。

 そうしてダニエラの手から、するっとかすめ取った。

 『ね?』とマルティーナが笑顔なのとは対照的に、ダニエラは複雑な表情を浮かべた。


「これから通う学院では学生は皆平等で、貴族だからといって特別な待遇は受けられないらしいの。だから、ここから先はどうか独りで行かせて?」

「そうですか……それでしたら、わかりました」


 ようやく納得してくれたようだ。


「それじゃあ、」


 マルティーナが別れの挨拶を言いかけたところで、ダニエラはマルティーナを真っ直ぐに見つめた。


「長期休暇で帰省する前には、必ず連絡をくださいね。絶対に私が迎えに来ますので!」

「ありがとう」


 うっかりマルティーナの瞳は潤んでしまった。

 まだ自分に優しくしてくれる人がいたことを思い知らされたからだ。


(ごめんなさい。だけど、もう二度と戻るつもりはないの)


 ルーボンヌ神国に生まれながら、自然魔法を学ぶために留学するのだ。

 相応の覚悟はできている。


 マルティーナは正面から学院を見据えた。


(神学校に入学したときは、どんな気持ちだったかしら……)


 あのときはまだ6歳という年齢もあって、うれしかったし、何ひとつ疑いもしなかった。

 ただただ輝かしい未来が自分を待っているのだと信じていた。

 家族の期待を一身に背負っていたことも、幼いながらに誇らしかった。


 マルティーナはかぶりを振った。


(新しい門出に、昔のことなんて思い出すのはよくないわよね……)


 苦い気持ちをひとまとめにして排出するつもりで、思いっきり息を吐き出した。

 そうして今度はアンダルイドの温かい外気を吸い込んだ。

 ルーボンヌの肺が凍えそうなほどの冷気とはまるで違う。


 真っさらな気持ちに切り替えると、マルティーナは魔法学院の門をくぐった。

 まだダニエラが自分のことを見守ってくれている視線を背中で感じていたけれど、あえて振り返ることはしなかった──



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