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第四話 推薦入試

 今日は,大学の推薦入試の日だ。

 大学生が受験生の誘導でサークルの幾つかが応援のため駆り出されている。教育研究会もそのサークルの一つだった。早川八重は,誘導係としてトイレ前を受け持っていた。


 八重は,新調した黒いスーツを着ている。ストレッチ素材の動きやすいもので,なかなか着心地も良かった。首から下げたネームカードには「スタッフ」と書かれている。

 休憩時間になったのか,試験室から受験生が出てきて,トイレにはあっという間に列ができる。八重は,受験生の列を壁に寄せた。



「ふ~ん,スタッフね」と,聞き覚えのある声が聞こえた

 八重が声のする方を振り向くと,そこにはクリームが受験票を手にしていた。

「クリームちゃん」

「今日は,入試だったの?」

「そうよ。内部進学でもちゃんと筆記と面接があるのよ」

 高校のモスグリーンの制服を着ているクリームは,なかなか可愛いのだ。


 その時,二人には挙動不審な学生服の男子が目に入った。受験生だ。

「あの学生服は,協定校の受験生ね」

 八重とクリームは,目と目で合図しあって,足を踏み出した。

 その受験生に八重は声をかけた。

「何かお困りですか?」


 受験生は,携帯を手にして「電話をかけてもいいですか?」と聞いてくる。

 休憩時間は携帯電話を使用しても良かった。

 それを聞いて,受験生は携帯電話をかけた。


 八重は,さりげなくその様子を観察していたが,何だか尋常じゃない気がしてきた。

電話を終えた彼に「どうされましたか?」と聞いてみた。


すると,「祖母が,危篤なんです」と,涙目でつぶやいた。

「受験,大丈夫?

 落ち着いてできる?」

「さっきまで大丈夫だったんですけど,急に,色んな思いが・・・」

 受験生の手に握られた携帯には黒いSLのチャームが付いていた。それが,小刻みに揺れている。


 クリームはメソメソ泣き出した受験生の顔を覗き込んだ。

「会いに行く?」

「え?」

「お祖母さんに会いに行く?」

 クリームちゃんは,なんと意地悪な質問をするんでしょう。でも,真顔で提案している。

「会いに行こうよ」

「無理だよ・・・」

「無理じゃない,乗り物もそこにあるよ」と,彼の手の下で揺れている黒いSLを指さした。


 受験生は,黒い機SLを見つめた。

「SL?」

 このチャームは,祖母の住む岡山に出かけた時にお土産として買い求めたものだった。

「SLが連れて行ってくれるよ。

 君名前は?」

 と,いうクリームの促しに答えて,受験生は中村と名乗った。

 そして,「岡山まで,祖母を尋ねていきたい」と,思いを告げた。


「時間までに帰ってこれるよ」と,クリームはホイップを始めた。


「今日のホイップは,ミラクルホイップ!

 クルクル混ぜて,

 クルクル混ぜて,

 中村の願いは〜

 おばあちゃんに会いに行く!」

 と,虹色のボールと泡立て器でホイップクリームを作る。それも可愛らしくポーズを決めてだ。いつの間にクリームちゃんの手には三角錐の形をしたホイップクリームの絞り袋が握られていた。


「ミラクル~ホイップ!

 線路にな~~れ!」


 ホイップクリームの金口から,星形したクリームが溢れ出す。そして,黒いSLを包み込む。それは,キラキラと輝き、虹色の光が放たれた。ついに,SLを包み込んだクリームがはじけ飛んだ。

廊下に線路ができていた。SLは大きくなり,汽笛を鳴らしている。


 中村はSLのタラップに乗って,クリームと八重に手を振る。

「行ってきます。

 時間までには戻ります」


 そして,中村を乗せたSLと線路は煙とともに消えた。



 中村は,祖母が横たわるベッドの脇に立っていた。

「お祖母ちゃん,来たよ」

 中村は祖母の手を取った。そして,思いを込めてほほ笑んだ。

「長いこと,会いに来なかった。

ごめんね」

眠ったままの祖母が少しほほ笑んだ気がした。

中村には,それで十分だと思えた。


 突然,中村の目の前には,子供の時,夏休みに祖母と過ごした田舎の日々が走馬灯のように現れた。

 川遊び,

 虫取り,

 畑で収穫,

 バーベキュー,

 鶏のエサやり,

 大きなおにぎり・・・


 楽しかったな。


 お祖母ちゃんも思い出してくれたらうれしいな。

「お祖母ちゃん,これから試験受けてくるね」

 中村は祖母から手を放した。


 その瞬間,SLには祖母が乗り込み,中村に手を振った。

「来てくれて,ありがとうね」祖母がそう話すと,ゆっくりSLが動き出した。

 中村は,眩暈を感じた。そしてしゃがみ込んだ。



「大丈夫?」と,しゃがみ込んでいる中村に,優しく八重が声をかけた。

「中村,大丈夫か?」 

 クリームも「もう時間だ,試験室に戻るよ」と声をかけて,促した。

 中村は声をかけられて,顔を上げた。

「大学に戻っている?」

「当然!!」と,クリームは得意げだ。

 中村の顔つきが最初に合った時と変わっている。自信に満ちて力強い。

「ありがとう,これで試験に挑めるよ」



 中村はクリームと一緒に試験室へ戻った。

 手には携帯があった。それを目の高さに持ち上げた。

チャームの黒いSLが揺れている。


 あの子供の思い出は,大切な思い出だ。

 祖母と一緒にSLが走るのを見ていた,SLに手を振ったあの日,もう片一方の手は祖母が掴んでいた。優しいほほえみを浮かべていた。


「お祖母ちゃん,頑張るよ」

 と,中村は心に誓った。

 中村の背には入道雲が浮かぶ青い空,そしてSLの煙がたなびいていた。


  —第四話 終―

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