灰色の執行人 (短編版)
初めまして、霧々です。
突然ですけど、管理職って言葉、かっこいいですよね。
まぁ実際に何をしているかはさておき、並行世界の管理職がいたらどんな感じかなぁというのを書いてみました。
※連載版として構想している奴をとりあえず単話にしてみた感じです。
代理執行人――それが私の仕事。
無数に枝分かれし、多様化している数万もの世界。それぞれの世界には必ずその世界を正しく回していくための者が存在し、一般的にはそれを神という。
だが、神と言えど全知でもなく全能でもない。偶然によって小さな綻びができ、そしてそれが重なる事でいつしか大きな歪みとなる。
神にすら対処できないその歪みを直すのが、私だ。
世界が不条理によって滅びる事の無いように、そして一つでも多くの救いが齎されるように――
「――何かうまくいかないのよねー」
一目で高級なものだとわかる椅子に座ってそう言うのは、とある世界の創造神だった。
――私の目から見れば、彼女は神というには威厳がない。
だらしなく椅子にもたれ掛かり、神の正装とも言われる羽衣にはいくつか綻びが見え、その瞳にはどこか濁ったような光がある。
ましてや、私に対して明らかに見下したような態度を取っているのが気に食わない。
「色々対策はしてみたけど、やっぱりどこかが崩れて元に戻っちゃうの。貴女も見てたでしょ? 原因もよくわからないわ」
創造神が言っているのは、今この世界に起きている異常についてだ。
端的に言えば、魔導災害が増えている。
魔導災害はその名の通り、魔力を起因とする災害の総称である。
だがその発生原理は、自然災害と根本的に異なる。
自然災害があくまで物理法則によって当然引き起こされるものに対して、魔導災害は偶然に支配された災害だ。
偶然魔力の淀みが生まれ、偶然それが属性を持ち、そしてそれが偶然顕現して災害となる。
魔力の淀み自体は珍しくない。属性を持つ魔力があるのは当然の事だ。それが魔法として顕現するのはこの世界の法則とも言っていい。
ただ、その全てが何の意志の介入もなく起こるというのは異常だ。
だからといって世界全ての魔力の淀みを消すというのは非現実的。そもそも魔力の淀み自体は悪いものではなく、逆に恵みとなる事の方が多い。
起きたら運が悪かったとしか言いようのないものが魔導災害――なのだが、その数がおかしかった。
一日に十は下らない。多い日には五十を超えていた。
その規模も普通の災害の比ではない。広大な森林が突然炎上して消え去ったり、大陸を横断するほどの断層が走ったり。
極めつけは、昨日起きた災害――時空間異常だ。
創造神を祀る神殿で重度の空間歪曲が発生し、建物が倒壊。すぐさま建物内部にいた者は外に転移させたものの、空間歪曲に直接巻き込まれ身体欠損などの後遺症ができた者もいた。
「というわけで、調査期間は終わりでしょ? 早く直してもらえると有り難いんだけど」
――それを他人事のように話す創造神に、苛立ちを覚えざるをえない。
依頼を受けてその世界に行ってからは、一週間ほど調査期間をもらう。ただ早く対応すればいいというものの方が少ないのだ。
その調査期間中、創造神は何やら改善しようとしていたようだが、私から見れば何もしていないに等しい。せめて監視用の天使でも送ればいいのにと思うが、それすらもしない。
そもそも、この世界には天使がいない。
さらに言えば、創造神と破壊神以外の神もいない。
たった二人で世界を回せるのかと言えば、そんな事ができるのは私の知っている限り片手で数えられるほどしかいない。目の前の二人は、論外だ。
そもそも神が二人しかおらず、神の補佐を行う天使もいないとなると魔導災害が頻発するのは仕方ない。
しかし、そうでないとするならば。
「……魔導災害の対処をすればいい?」
そう問うと、創造神は首を横に振った。その手にはいつの間にかグラスと酒瓶を持っている。
「対処だけなら私一人で十分事足りるわ。でも、それを解決とは言わないでしょう? この先永遠に、しかも増えていくかもしれない災害に対処し続けるなんて嫌だわ」
言いながら、彼女はグラスに酒を注ぎ、酒瓶を異空間に放り込んで片肘をついた。
それをじっと見つめているとグラスをこちらに傾けてきたが、あくまで仕事中なので手で否定の意志を示す。
なぜか軽く嘲笑されたような気がするが、気のせいだろう。そういう事にしておく。
「してほしいのは、魔導災害の原因特定とその排除ね。報酬は……どうすればいいのかしら?」
報酬。
基本的に仕事の満足度に応じて後払いしてもらうけど、今回は少し特別になるだろう。
「用意しなくていい。排除対象が私の欲しいものだから」
「そうしたら、もう原因がわかってるってことかしら?」
肯定も否定もせず、私は自分の持ち物を確認する。
上半身だけ脱いで腰に巻いたツナギに、黒いノースリーブのシャツ。それから作業用の半長靴と額につけた防塵諸々用のゴーグル。どれもとある世界で手に入れて改造したものだが、なかなかに長持ちする。
それからツナギのポケットに入っている手袋をはめて、腰のベルトから道具を一つ引き抜いた。
「――貴女にとっては、その排除対象が役に立つのでしょうね」
ちらりと創造神の方を見ると、空になったグラスを光に透かしていた。あまりにもそれが自然過ぎて、本当に今話しかけてきたのかと疑ってしまう。
「もし良ければ、どうやって役に立てるのか教えてもらえないかしら」
「それは無理」
即答すると、創造神は手の動きを止めた。
微笑をたたえたままのその顔は、しかし目だけは笑っていない。
「なぜかしら? それとも、答えられない理由でも?」
「きっと、使いこなせないから」
ベルトから引き抜いた錐を、右手に握りしめた。
「それじゃ、始めるよ」
一歩前に出て、創造神へと右手を突き出す。
「――なんの真似ですか?」
フッと、椅子にもたれかかっていたその姿が消え、背後から冷え切った声が聞こえた。
振り向けば、相変わらずグラス片手に創造神がこちらを睨みつけている。
「仕事を始めただけ。大人しくして」
「それはつまり、私が魔導災害の原因だと?」
パリン、とグラスが粉々に砕ける。だがその破片は床に落ちる事なく、空中で融けて雫となった。
「そう。気づいてないの?」
「巫山戯ないで下さいまし」
雫が光を反射し、弾かれたように高速でこちらへと飛ぶ。
瞬時に目の前に飛んできたそれらを掴むと、鋭い痛みが手のひらに走った。いつの間にか固体化している。
「ふざけてない」
そのまま手を握り、破片を粉々に砕く。
「同族を殺してまで、世界を支配したいの?」
途端、創造神の顔から微笑みが抜け落ちる。
かまをかけたが、案外あっさりと引っかかった。
やはりと言うか、この世界に天使や他の神族がいないのは、創造神と破壊神が滅ぼしたからだろう。
天使の中には神族に匹敵する力を持つものも生まれるし、同じ神族ならなおさら。
詳しい事はわからないけど……大方、何か自分に不都合な事があったから消したのだ。
それを繰り返して、残ったのはたった二人。少なくとも数十はいたはずの神で回していたはずの世界をそれだけで回せるはずもなく、次々に綻びが生じ、それが魔導災害となって現れた。
時空系の災害が起こったのがその証拠だ。
炎や光などの基本属性の災害はたとえ神が十全にいようと起こるが、時空系は私でも数えるほどしか見たことがない。時空を司る神がいなくなったのだとすれば、前代未聞の災害だということにも辻褄が合う。
「……私の邪魔をしたのですから、当然です。ここは、私の世界なのですから」
創造神が魔力を放てば、瞬時にこの部屋を覆うように結界が構築される。逃す気はないらしい。その身から溢れ出るのは、純然たる殺意だ。おおよそ神族の発していいものではない。
「貴女は、この世界の理を外れた存在なのでしょうね。その魂を見れば、一目でわかります」
創造神の目に魔法陣が浮かぶ。
パキパキと、何かが凍りつくような音が周囲の壁から響いてきた。
錐を右手に持ち替え、左手で腰のベルトを探る。
「ですが、この世界に入ったからには、私に従ってもらわなければなりません。えぇ、貴女のような薄汚い小娘が、私の世界に逆らうなど有り得ませんからね」
創造神の眼が妖しく光る。
どこからか冷たい風が吹き、部屋の隅に霜が降りた。
氷属性の魔法――そう判断しかけて、何かが捻じ曲がるような気配がする。
ベルトから工具を引き抜くのと、背後から強烈な殺気を感じ取ったのは同時だった。
「――<破壊傷動>」
唱えられた術式の解析は間に合いそうにない。
振り向くと同時に、眼前に迫っていた白刃をスパナで受け止める。
「っ……」
ピシッと、スパナを持った左腕の皮膚が裂けた。
ひび割れたかのような傷から一気に血が流れ落ちる。
自壊を促す権能。となると、その使い手は一人しかいない。
「……破壊神」
創造神の白銀の髪とは正反対の、燃えるような紅い髪。獰猛な笑みを浮かべ、両手に長剣を握っている。溢れ出る魔力は、ただそこにあるだけで何かが壊れていくような力だ。
「大正解だ。滅びをプレゼントするぜ」
もう一本の長剣が、胴体を狙って振るわれる。
それを、真上から錐で突き刺して止めた。
「はっ、なんつー馬鹿力だ。が、両手が塞がっちゃどうにもなんねぇな」
言葉とともに、胸から鏡の破片が突き出た。
鋭利な先端から、赤い血がポタポタと垂れ落ちる。
「安心して下さい。貴女の魂と記憶は、私達の世界の糧になるのですから」
背後から私を撃ち抜いた創造神の、得意気な声。さぞ愉快と言わんばかりだ。一周回って清々しいほどに、癪に障る。
ピシリとスパナに亀裂が走り、錐で押し留めた長剣が少しずつ押し込まれる。
「ははっ、世界の外の奴ってのも大したことねぇなぁ! おい、こいつの魂の力を使えば何かできるんじゃねぇのか?」
「ふふ、言われなくてもそのつもりですよ。最初から、この世界から帰すつもりなんてありませんから」
最初から。
私という存在すらも、都合のいい道具として使おうとしていたのか。
「……もう、やめよう」
呟くとともに、長剣の刃が脇腹に触れる。じわりと痛みが走りさらに血が流れ出す。
「止めろって? 先に手を出したのはそっちじゃねぇか。馬鹿な事言ってんじゃねぇぞ」
ポキッと、あまりにも軽い音とともに、剣を抑えていた針が折れた。
ぬるりと、自分の体内に異物が入り込む。そこから、滅びの魔力が全身を蝕んでいく。大量の血が溢れ出し、半長靴に血が入り込む。
血が抜け落ち、冷え切っていくような感覚。
鏡の破片に貫かれた心臓が、狂ったように鼓動した。
「<流血>」
地面に溜まった血が脚を伝い、脇腹に突き刺さった剣に纏わりつく。
異変を察知した破壊神が長剣を引き抜こうとする、その手首を掴んだ。
「――っ!?」
ぐしゃりと、その手首を握り潰す。
刺さっていた長剣は、纏わりついた血によってドロドロに溶けていた。
「<破壊傷動>ッ!!」
スパナを強引に引き剥がし、破壊神がもう一本の長剣を顔面に突き出してくる。
それ右手で真横から掴み取り、魔力を流し込んで術式を相殺する。原理がわかれば、対処のしようはいくらでもある。
「天使と神を滅ぼしたのは君?」
「それが何だってんだ――よっ!」
叫びながら、破壊神が拳を放った。
滅びの集約したそれに真正面から拳を打ち付ければ、破壊神の腕が肩から吹き飛ぶ。
衝撃か、はたまた一方的に負けると思っていなかったのかよろめいた破壊神の首を掴み、黒い一本線を首輪のように刻んだ。
「執行律、廻天の章――第伍条『魂を冒涜する事勿れ』」
禍々しい魔力とともに、線が棘のような紋様へと変わる。
それこそが、罪の証。
破壊神の首に、裂け目が生まれる。
声を上げる事すらできず、首と胴体が文様に沿って離れた。
「<反転複製鏡刃弾>ッ!!」
背後からの声に振り向けば、数百の鏡の刃が視界に煌めく。即座に血を操作し、それらを血の刃で相殺した。
完全に防がれた事に焦った様子を見せたものの、創造神は即座に次の術式を組む。
ひたりと、その首を掴んだ。
「っ――!?」
創造神の目には、私が動き出そうとした瞬間すら見えていない。
両手で私の手を剥がしにかかるが、もはや紋様の軸は刻まれている。
「執行律、廻天の章――第一条『世界は神を廻し、神は天を廻せ』」
それは神族の最初の掟。
神は世界の流れを把握し、それに沿うように世界に干渉する。決してそれが逆になってならない。神の意のままに動くだけの世界は、もはや世界として成り立っていない。
世界の流れに合わない干渉が行われるならば、それは大きな歪みとなる。
そうして生じるものの一つが、魔導災害だろう。
一本線の首輪に棘が加わる。もはや魂にすら刻まれたそれは、私でなければ解除できない。
最後に私と目があって、そして創造神の首が落ちる。
頭と胴を切り離され何もできない創造神の心臓に、手袋をはめた手を突き刺し、小さな淡い光の球体――魂を引き抜いた。
途端に肉体は黒く変色してボロボロと崩れ落ちていく。
魂に無理やり魔力を込めれば、途端に大量の光が溢れ出す。聖なる光――天使の力だ。滅ぼしたのではなく、魂ごとその力を吸収して利用していたわけだ。
溢れる光がいくつもの球形を為す。頭上に手を伸ばして膨大な魔力を放てば、魔法障壁ごと屋根が吹き飛び、藍色の空が目に飛び込んでくる。空に惹かれるように昇りゆく魂の光は、幻想的な光景だ。向かう先は天使の住まう天界だろう。
破壊神の魂からは、神族の力が溢れ出した。他の神全てを吸収していたようだが、それにしては大したことない奴だ。
解放された魂は、あるべき場所で周囲の魔力を糧にして肉体を構築する。天使と違い、神族の魂はこの場に留まる。
直に神界は神で溢れ返るだろう。見た所、三百以上の神がいる。
後は、創造神と破壊神だ。
いくらクズとはいえ、その概念自体は必要だ。
腰のベルトから、片手用のハンマーを取り出す。
光の放出を終えて本来の姿に戻った二つの魂へ、それを振り下ろした。
パリンッ、と薄氷を割るような音とともに魂が砕け散ったそれに、すぐさま術式を描く。
「<復刻>」
――あらゆるものを再構築する権能。魂に直接干渉できる力だ。
魂の核さえあれば、神は存在できる。何にも干渉はできないけど。
ただ、神は存在するだけで世界を回す力を持つ種族だ。多少の綻びは他の神が直してくれる。
人格を書き換えて再構築もできるけど、一方的に取り込まれた天使や他の神が、人格が違うとはいえ何の確執もなく新しい創造神と破壊神とやっていけるとは思えない。
他の事も考えれば、意志など削ぎ落としてしまった方がいい。元来、神はそういうものなのだから。
二つの魂から核が抜け落ち、光の粒子となって宙に溶けるように消えていく。
後に残ったのは、核を失い色褪せていく魂の殻のみ。
これこそが今回の私の報酬。別にこれといった使い道が決まっているわけではないけど、あって困るというものでもない。
「……これもいいか」
足元に溜まった血を広げ、創造神の神殿を飲み込んでいく。
私の血はあらゆるものを溶かして飲み込む呪いの血。それが神の創造したものであろうと、その痕跡すら残さずに喰らい尽くす。
一分もかからずに一帯が更地に変わる。周囲を見渡せば、青々と茂る草原に、今まさに復活しようとしている無数の魂が光を放っていた。
報酬も手に入れたわけだし、これでこの世界での依頼は終わり。
後は、復活した神族と天使次第だ。これでまた堕落するようなら……世界ごと切り捨てていいかもしれない。
物騒な事を考えつつ、足元に帰還の魔法陣を描く。
ろくでもない依頼主だったけど、他の世界でそういう事が全くないわけでは無い。神族と言えど、その根幹となる心は他の生命と変わらない。
言ってしまえば、世界を管理する力を持っただけの人族。欲に飲まれるのも致し方ないのだ。
世界には流れがあるけど、意志はない。だから流れが外れようとしても止められない。その代わりになるのが神族だ。
そして、神族が世界の流れに逆らうのを止めるのが、私の仕事。
まぁ、そんなのが出てこないのが一番なんだけど。
帰還の魔法陣とともに、私の身体が天へと昇っていく。
草原が空の色を受けて藍色に染まる。そこに魂が輝いている様は、星空と言ったところだろう。
願わくば、その星が落ちないように。
その祈りを最後に、私はその世界から姿を消した。
『面白そう』 『続き気になる』 『なんで工具?』 と思った方は、下の☆☆☆☆☆を押して評価・もしくはブクマ登録していただけると、連載版が登場します。きっと恐らく多分。