天才の証明③
追放者酒場なんていう耳障りのよくない呼び名のこの店にもキチンとした名前というものがある。
火竜の息吹亭、それがこの店の名前だ。
鍛治師だったドワーフの父と冒険者だったヒューマンの母の影響を受けたのと、火力が自慢の料理が由来でこの名前が付けられたという。
そんな火竜の息吹亭の常連と言っていいくらいにはよく顔を見せるようになった、元Aランク冒険者のカルマ・ノルン。
彼は週末になると必ずやってきては、ここでその週の疲れを癒しに来る。
座る席はいつも同じちょうど真ん中にあるテーブル席だ。
彼が来るよりだいぶ早い時間から週末の宴を先に開いているのは、シスター服を着た元シスター。
ひたすらに酒を飲む酒豪ゆえに、ついたあだ名は酔いどれ知らず。
その割にはいつも顔が赤らんでて、呂律も回っていないのだが。
「いらっしゃいませ、カルマお兄ちゃん。週末だから最初はいつものでいい?」
グリーに気付いたカルマがニコリと優しく微笑んだ。
「ああ、いつもので頼むよ」
「オーダー!ビール大とガーリックライス」
最初は頼むのは決まってビール、それとご飯物。
大体の客は酒とつまみを欲するが、彼の場合は一杯目の酒はご飯と一緒にモリモリといく。
今日はガーリックのよく効いた大人な味のガーリックライス。
バターとコーンと牛肉がふんだんに使われた人気メニューである。
今は冒険者を引退して冒険者ギルドにて働いているそうで、週末のような次の日の予定がない場合には決まってこれを頼んでいる。
酒が進むと共に彼の周りには自然と人が集まってくる。
器が大きくおおらかな性格というのだろうか。
一緒にいて楽だからと、別の常連であるドワーフの兄弟はそう言っていた。
「今週もお疲れ様、週末はゆっくりしっぽり二人で過ごすの?」
カルマに尋ねると、彼は少し照れ臭そうにはにかんだ。
考えてみると彼はまだシスターと付き合っていることを報告していないようだ。
それじゃあいけない、とグリーは考える。
ここにいるみんなは運命共同体だ。
みんな同じように己のユニークスキルのせいで不幸を被っている者同士なのだから。
しかし二人の雰囲気が前とは違うのは一目見て明らか。
周囲の人達はなんとかなく察しているような気もする。
具体的に言えば前まではシスターにちょっかいをかけようとする客もいたが、今ではさっぱり手を出さないでいる。
だから衣服が乱れた時にチラリと見える白い肌についつい目がいってしまうのは抑えきれないようだが。
夜もだいぶ更けてきた頃合いだ。
流石の酒飲み達も手が止まりだし、お喋りに夢中になったり、酔い潰れて机に伏せる者もちらほら。
そうしているうちに真夜中も過ぎて、客の多くは帰り出す。
「グリー、あんたもそろそろ上がんな。ほとんど酔い潰れてるし、あとはあたし一人で回せるから」
グリーはまだ子供なので、それくらいの時間になると店主が帰るように促してくる。
「もうこんな時間か。俺達もそろそろお暇させてもらおうかな。お勘定お願い」
店主の言葉を合図にカルマとシスター・アンジェリーナも帰り支度を始める。
夜道は危ないからと、グリーを家の近くまで送ってくれるのだ。
Aランク冒険者の魔導士より優れた魔法を自在に操るグリーをどうこうできる不審者など現れるはずもないが、グリーは二つ返事で頷いた。
ぐっすり眠るシスターを背に抱えてることを頭から忘れ去れば、二人きりでゆっくりと話せる僅かな時間。
グリーはその時間を噛み締めるように、ゆっくりとした足取りで地面を踏み締めて歩く。
どうか、終わらないでほしい、ずっとこの時間が続いて欲しいと思いながら。
そして別れの際にグリーは小さく囁くのだ。
「不可避の魅了」
対象を魅了し意のままに操る強力な魔法。
余程高位の魔導士、もしくはマジックアイテムでの対策をしていなければ防げない。
カルマのような戦士職なら簡単にグリーの操り人形へと早変わりだ。
「じゃあ、今日も行こっか。深夜のお散歩に」
ただ黙って頷くカルマの目は虚ろ。
自宅の玄関に大事そうにシスターを下ろすと、ドアを閉めて鍵もきっちり二つ閉めた。
今度は会話もできるように魅了の魔法を改良しようと決意を固め、カルマは静かにグリーは小躍りでもしそうな陽気な鼻歌混じりに歩き出す。
行先はいつもと同じ、ダンジョンの下層。
Bランク以上の冒険者でなければ立ち入りが許可されていない場所である。




