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第2話 新しい自分

 右も左も分からない世界で小さな妖精が生きるのは命がけだった。

 まず、何もかもが大きい。ネズミに似た生き物でも、妖精にとっては象のよう。

 そして、妖精の生態について、彼女自身が何も知らない。どうすればいいのか、教えてくれる親や教師がいない。それどころか、他に仲間が見当たらない。

 森の中を飛んでいるうちに気がついたことがある。耳を澄ますと、動物の声が聞こえるのだ。「早く巣に帰らなくちゃ」「ご飯食べようよ」「眠くなったきた」など、短い言葉だ。

 さらに集中すると、今度は植物の声らしきものも耳に届く。とても小さな声だが、聞き間違いではない。「ミズ、オイシイ」「タイヨウ、キモチイイ」など、動物たちよりもっと単純なものだ。

 妖精は身の回りの生き物の声を理解できるようになったらしい。

——これは、妖精の力……?

 半信半疑で尖った耳に手を当てる。人間だった頃とは違い、世界に「声」が溢れている。もしかしたら、前に住んでいた世界も、本当はそうだったかもしれない。

 すべてを聞いていては、少し騒がしすぎるかもしれない。感覚を研ぎ澄まさなければ、都会の雑踏のように聞き流せるようになった。

 様々な声を聞けることは非常に助かった。動物たちが情報をもたらしてくれるのだ。もうすぐ天候が荒れる、危険が迫っている、など。こうして、妖精は少しずつこの世界に慣れていった。


    *


 数日が経つと、動物は二種類に分かれていることを知った。

 一つは前の世界と変わらない生物。形状は多少違っても、自然の中で生きているのは同じようだ。

 もう一つは、とても獰猛な生物。頭が二つだったり、牙や爪が発達していたり、見た目でも分かる。顕著だったのは、その思考回路だ。「壊す」「殺す」などの破壊衝動しか感じられない。その上、他の生物には感じられないほどの強い力が()えた。あれに襲われたら一溜りもない。妖精は気配を感じたときに草木に隠れて過ごした。どうやら個体数は少ないようなのが救いだ。様々な場所に生息する普通の動物と違い、遭遇する確率は一週間に一度あるかないくらいだ。

——故郷の創作物に出てくるモンスターみたいなものなのかな?

 妖精は葉の後ろに隠れて獰猛な動物を観察した。全長五メートルはありそうな巨体を持つ狼に似た生き物は剥き出しの牙から涎を垂らし、森の中をゆっくりと徘徊している。

 小さな身体は弱々しいが、隠れるのには便利だ。息を潜めて物陰に隠れれば見つからない。下手に飛んで逃げることはしない。どんな生物か分からないから危険だ。


    *


 しばらく生活して気がついたことがある。まったく腹が減らないのだ。以前は大好物だったハンバーグも肉じゃがも鮭のみりん焼きも食べたくならない。

 太陽の光を浴びると満たされるようなのだ。さらに、比喩的な表現ではなく、本当に森の澄んだ空気が美味しいと感じる。砂糖菓子でも摘まんでいるような気分になる。水分は葉についた水滴を啜るだけで充分で、まるで植物にでもなったようだ。

 妖精だから自然のものが身体にいいのかもしれない、と彼女は結論づけることにした。食べないことで身体が弱る様子はなく、むしろ人間だった頃に比べると快調だったからだ。

 厳しい親を気にする必要も、夜遅くまで勉強をする必要もない。もしかしたら、彼女の生まれて初めての自由だったかもしれなかった。


*****


 森の中で十日過ごすと、周辺の——妖精にとってだから狭い範囲だが——常識について少し理解した。森には大型から小型まで様々な動物がいる。その中でも安全な動物を見つけてそばにいることにした。森での暮らしをもっと知るためには、身近な先生が必要だ。

 見た目は茶色の長毛種の犬だ。しかし、額からは一本の角が生えている。温厚な動物だということは、観察していればすぐに分かった。

 彼らは樹木のウロに生息し、ネズミなどの小動物を食べて生きている。茶色の身体は土や樹木に紛れることができる。数は多く、あちらこちらで見かける。外敵に襲われない限りはのどかに暮らしているようだ。

 妖精は犬のような動物をイッカクと呼ぶことにし、巣の一つで共同生活を始めた。

 そこにはメスの成犬が一匹と産まれたばかりの五匹の子どもたちが暮らしていた。イッカク自体が母性の強い生物なのか、個体の特徴なのかは不明だが、そのメスは子どもたちをよく可愛がり、同居を始めた妖精にも愛情を向けた。彼女にとっては五匹と一人はぜんぶ「可愛い私の子どもたち」だそうだ。

 妖精は彼女をふわふわママと呼んで懐いた。小さな子どもたちは、アイス、クッキー、キャラメル、マカロン、チョコだ。どれも好きな菓子で、マカロンだけは憧れるだけで食べたことがない。唯一の女の子につけた。

 兄姉たちはずっと一緒にいる妖精のことをもう一人の妹と捉え、仲良く遊んだ。彼らは「小さな末の妹」と妖精を呼び、身体をこすりつける。末の妹がちゃんと後をついてきているか確認する。日中は全員で追いかけっこやかくれんぼなどでのどかに遊んだ。

 暑い日は兄姉たちと涼しい日陰で昼寝をし、寒い日はみんなで集まって温め合う。ママは子どもたちに優しく頬ずり、分け隔てなく育てる。妖精は今までに感じたことのない温かさを知った。自然と心が満たされるのだ。勉強でいい成績を取る必要も、工作で賞を取る必要もない。

——愛を知る、ということはこういうことなのかも……。

 新たな世界の母親と兄姉たちに見守られ、妖精はすくすくと成長をした。

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