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夢を紡ぐ手  作者: たき
6/8

(6)

 気がついたとき、ミューは暗い暗い場所にいた。魂だけのはずなのに、体のあちこちがきしんで痛みを訴えた。

 周りではたくさんの魂がすすり泣きを漏らしていた。ここはどこかと尋ねるミューに、女生徒の一人が答えた。自分たちは暗黒神の呪法に捕まってしまったのだと。

 占い師に勧められるまま薬を飲み、想い人の夢に入った。相手は自分の気持ちを受け入れ、手をとってくれた。幸せに酔った彼女たちはしかし、体に戻る前にここへ引きずり込まれてしまったのだ。自分の想い人とともに。

 ミューはネリアを捜したが、いないようだった。ネリアが本当に手をとってほしかったのはラムダだから、まだここへは来ていないのだろう。

 ネリアたちはきっと知らないのだ。相手が受け入れてくれたら自分は元の体に戻れると信じているに違いない。今ここに閉じ込められている人たちを目にすれば、自分のしていることが犠牲を増やすだけだとわかるだろうが、まだ望みをかなえていない人たちにはこの檻が見えないのだ。

 体がなくても、全員の力をあわせれば出られるのではないかとミューは提案したが、生徒たちはそろって首を横に振った。夢に送り込むために必要だからと、『彼』に術力を奪われてしまったのだ。

 だまされたと泣きわめく少女たちをなぐさめることができないまま、ミューは檻の外へ目を凝らした。部屋のすみで、白髪のわずかに残る男が椅子に座って本をめくっていた。

 それは占い師だった。店で会ったときはかぶりもののせいで顔がよく見えなかったが、背中を丸め前かがみになった姿勢が同じだった。

 ミューはもう一度捕らわれている人たちを見回した。巻き込まれた男子生徒以外は全員神法学科生ばかりだ。

 男の狙いは他人の術力だったのか。

 そのとき、占い師の近くの闇から一羽の鳥が滑り出てきた。半透明に輝く鳥にミューははっとした。あれは風の神の使いだ。

 自分はここだとミューは叫び、檻をたたいた。ねばついた闇が糸をひいて手にこびりつく。気味の悪さに短い悲鳴をあげたとき、男の声が聞こえた。

「ようやく会えたな、ファイ・キュグニー」

 次の瞬間、鳥は爆発した。黒い砂がさあっと床に降り積もり、消えていく。男はのどの奥でくぐもった笑い声を立てると、読んでいた本を開いたまま傍らの円卓に置き、檻のほうへ近づいてきた。

 ミューは目の前の男を見つめた。占いのときに名乗らなかったにもかかわらず、彼は自分のことを知っていた。そしてファイのことも。まさか神法学科生の名前をすべて把握しているのだろうか。

 不意に男が檻の中に手を突っ込んできた。ミューの右隣にいた少女の魂は抵抗する間もなく引きずり出され、男のてのひらの上で蒸発した。

 金切り声が飛びかい、ミューの周りには誰もいなくなった。檻の奥で身を寄せ合っている魂たちを見やり、ミューは再度男をかえりみた。

「安心しろ。お前にはまだ手を出さない」

 にやにやする男にミューは身震いし、悟った。彼が本当に欲しているのはファイなのだ。

 自分はおとりだ――だが連絡は断たれてしまった。

 来てはいけない。来ないでほしい。ミューは必死に願ったが、闇の呪膜の中からでは決して届かない祈りだった。



 ファイの体調が戻るのを待って、六人はイフェイオンの家に向かうべく準備を始めた。ローは市長である父に警兵を動かしてもらうため自宅へ帰り、ミューの体は救出後にイフェイオンと戦闘になったときのことを考え、運ぶことになった。

 パンの材料を仕入れにいく日に使う荷馬車をミューの両親に借り、ラムダがミューを抱き上げる。忘れられそうだったミューの杖はイオタが持っていった。

「ファイを連れていくのは気が進まないんだが」

 ロー以外の全員が荷馬車に乗り込み、さあ出発というところで、タウが漏らした一言にシータたちは驚いた。

「ファイなしでミューを助けるのは不可能じゃないか?」

「そうよ。相手は元教官で暗黒の法術も使うんでしょ? 回復役のミューもいないし。悪いけど、今回は私一人では無理だわ」

 ラムダとイオタの反対に、タウは腕組をした。

「イフェイオン先生は封印を解いたファイにかなり興味をもっていた。どうも嫌な予感がするんだ」

「行くよ」

 ファイはおびえた様子もなく、言い切った。

「ミューは闇の呪膜の中にいるから、タウたちの物理的な攻撃では助け出せない。イオタには戦闘に加わってもらわないといけないし、その間に膜を破る人間がいる」

「……わかった。だが十分に注意してくれ」

 本心ではファイを必要としていたのだろう、タウはすぐに引き下がった。ファイはよそを向くと、しばらく誰とも目をあわせなかった。

 ファイの『早駆けの法』で速度を上げた荷馬車は、夜中近くにイフェイオンの家に着いた。ずっとミューをひざの上で横抱きにしていたラムダは、馬車を下りる前に一度ミューを抱きしめた。

 ゲミノールム学院勤務ののちスクルプトーリス学院を退職したイフェイオンは、さびれた村で暮らしていた。庭の手入れもしていないらしく、雑草が好き放題にのびている。隣の家に人の気配はなく、腐った木窓が風に揺れていた。

 イフェイオンの家にも明かりはともっていなかった。眠っているのか、留守なのか。五人は互いを見合い、まず偵察にファイが御使いを飛ばした。

 家自体が小さいため、気配をさぐるのに時間はかからなかった。さらにファイはミューのいる場所も確認した。

 玄関の扉を開け、術が施されていないか、イオタとファイが念入りに調べてから全員で入る。大地の法に攻撃術はないが、相手の動きを封じる術はある。さらにイフェイオンは暗黒の呪法も扱うので、五人は慎重に進んだ。

 やがてミューのいる部屋にたどり着いた。中に踏み込んだシータたちは四方八方を見回したが、すみの円卓の上に本が広げられている他は何もなかった。

「ミューはどこにいるんだ?」

「あそこよ」

 イオタが一か所を指さす。やはりシータたちには何も見えなかったが、ファイもイオタと同じあたりを凝視していた。

 ラムダはイオタが示した場所に駆け寄ったが、手をのばしてみても何の感触もない。

「どうして俺たちには見えないんだ? ミューは無事なのか?」

「呪膜に覆われているからよ。ついでに言うと、膜を破ってもミューは魂の状態だから、たぶん私とファイにしか見えないわ。それにしてもすごい人数ね。これ以上詰め込めないんじゃない? ミュー、聞こえる?」

 ラムダの隣に並んだイオタの深黄色の目は確かに誰かをとらえていた。

「そう。これから助けるわ。外にミューの体を連れてきているの。もし戦闘になったらすぐ援護に……え?」

 イオタはファイをふり返った。円卓に置かれている本を読んでいたファイにも、ミューの声は届いた。

『あの人の狙いはファイよ。だから今すぐ逃げて』

「あんたはどうするの? 一生この中にいるつもり?」

『わたしはまだ大丈夫。ファイを捕まえるまではあの人は手出ししないわ。だからお願い、すぐにここから逃げて!』

「相手がここまで親切に用意してくれているのに?」

 ファイは本を手にイオタの横へ立った。本の表紙は薄黒く、ねじれ輪がさらに濃い黒色で描かれていた。

「ファイ、それ……」

 イオタが目をみはる。ファイが持っていたのは暗黒の法術書だった。

「わざわざここが開いてあったってことは、解呪できるならしてみろってことだと思う」

 本をのぞいたイオタが唇をわななかせた。

「ミューは何を言ってるんだ? 教えてくれ、イオタ、ファイ!」

 わめくラムダを無視して、イオタはファイの腕をつかんだ。

「だめよ。絶対だめ。こんなものを詠唱したらあんたは……」

「他に方法がない」

「天空の法術は? 前にシータから暗黒神の邪気を追い出したみたいにできないの?」

「あれはあくまでも退けるためのものだ。この呪膜は封印の形式で作られている。解呪するには同じ神の力を借りるしかない。封印と解呪の原理は忘れていないよね?」

「覚えてるわよ。覚えてるから言ってるんじゃない! なんでそんなに冷静なのよ!?」

「頼むからわかるように説明してくれよ」

 ラムダが困りはてた顔つきで言う。イオタとファイは三人を見やり、そしてミューをかえりみた。

「助けるためにここに来たんだから」

 淡々と告げるファイに、イオタはこぶしをにぎりしめ、唇をひき結んだ。

「膜を破るには解呪をしなくてはならないわ。でも解呪には『さらなる絆に結ばれし者』という一文が必ず入ってる。暗黒神の封印解除も例外じゃないの」

「何か問題があるのか?」

「わからないの? その言葉を口にすれば、ファイは自分から暗黒神との絆を太くすることになるのよ。『神々の寵児』は四神だけとつながってるんじゃないわ。すべての神の力を受け入れられる体なの。ファイがそんなまねをしたら、暗黒神の降臨できる器がはい完成ってことよ」

 一息にまくしたて、イオタは顔をそらした。

 しん、となった。シータもタウもラムダも、ファイに視線をそそいだまま身じろぎもしない。

「解呪したからといって、すぐに乗り移られるわけじゃない。神はそんなに人の体に出たり入ったりしないから。暗黒神の信者に捕まって降臨の祈りを唱えられないかぎり、心配することはないんだ」

「今後そういうことがないとは言い切れないでしょ。あんたはずっと暗黒神の信者を警戒して生きていかないといけなくなるのよ」

 ファイはラムダを見た。ラムダは口を開きかけたが、言葉は出てこない。黄赤色の瞳ははっきりと迷いを映していた。

 ミューを助けるためにここへ来た。だがミューを救うにはファイを犠牲にしなければならない。シータとタウも同様だった。どちらも選べないとみんなの目が言っている。

「いつ先生が戻ってくるかわからない。急いだほうがいい」

『やめて、ファイ! そんなことしないで。私のことは放っておいてっ』

『助かるの? 私たち助かるの?』

『お願い、ここから出してっ』

『帰りたいの。助けて! 体に戻して!』

 猛反対したミューは、群がってきた他の魂たちに押されて奥へ奥へとのまれていく。見覚えのあるいくつもの生徒の魂から視線をそらし、ファイは自分の杖を見つめた。

 暗黒神の紋章石を新しく加えないといけないなと、内心で自嘲の笑みをこぼす。叔母にもらった首飾りが胸元で熱をおびた。

 イオタとラムダを下がらせたファイは、一度深呼吸して左手の本を見た。

「欲望という欲望を愛でし暗き夜の王。闇に秘めしは御名、御身の吐息なり。我は恐怖の王の眷属にしてさらなる絆に結ばれし者。王に無限の喜びを捧げられし者。されば今ここに御手より鍵をたまわりて、つきることなき絶望を世に解き放たん」

 杖で宙にねじれ輪を描く。部屋に満ちていた闇がいっそう深くなり、ファイの姿を包み隠した。



 床が振動し、暗闇の底から恐ろしい気配が這い上がってくるのをシータは感じた。両性具有の神の高笑いが耳をつんざく。

「ファイ!?」

 にごり渦巻いていた闇が薄まっていく中、シータはファイがその場に倒れ伏しているのを目にした。すぐに駆けつけようとしたが、足は根をはやしたように床から離れない。足だけではない、腕も首も動かせなかった。『枷の法』でもかなり威力が高いものだ。

 くつくつと、しわがれた低い笑い声が後ろから近づいてきた。

「偵察は隣の家もきっちりするべきだったな」

 大地の紋章石のはめ込まれた杖をつきながらシータの横を通り過ぎた老人は、ファイの前でひざをつくと、その体を回転させた。

「学院生の頃のシャモアに似ておるな。かわいい顔だ」

 ファイは気を失っているらしく、男が頬をなでてもぴくりともしない。

「わしもいい加減他人の術力を吸い取ってきたが、それでもまだこの子のほうが上だとは、恐ろしいことだ。あるいは暗黒神が大目に見たか。何と言っても『神々の寵児』だからな」

 男はすばやく法術を唱えると杖を振るった。かろうじて動く指先だけで『剣の法』を放とうとしていたイオタは、大地と暗黒の力がからみあった衝撃をまともに受け、悲鳴をあげてその場にくずおれた。

「イオタ!?」

 タウとラムダも体が動かないらしい。シータは唇をかんだ。せめて上半身だけでも自由になれば、短剣を飛ばせるのに。

「ミュー、いいから早く体に戻ってっ」

 床に倒れたままイオタが叫ぶ。ラムダが目を見開いた。

「ミューは無事なのか!?」

「おう、わしの呪膜はこの子のおかげできれいさっぱりなくなった。せっかく捕まえた獲物がみんな逃げてしまったが、まあよい。ファイ・キュグニーさえ手に入れば、あとはくず同然だ」

 男はファイの襟をつかむと引きずりだした。

「ファイを返してっ」

 シータの声と同時に、男が杖を持った右手を後方に振った。

「ええい、邪魔だ。どけっ」

「ミュー、今のあんたじゃ無理よっ」

 イオタは杖を振り回す男の右側を見つめている。ミューはとめようとしているのか。

「放せと言っておるのだっ」

 男がついに暗黒の法術を使った。イオタの悲鳴と視線から、ミューがはじき飛ばされたのがシータにもわかった。

「もうやめて、ミュー! あんただけじゃ勝ち目がないわっ」

 こりずに男にしがみつくミューの姿を想像し、シータは歯ぎしりした。体さえ動けば!

 意地でも前に行こうと力んだ刹那、急に全身が軽くなった。前のめりに倒れたシータのそばで、タウとラムダも床に転がる。

 起き上がろうとしたシータの頭上を炎のつぶてが走った。しかし『盾の法』にはばまれて霧散する。イフェイオンが剣呑なまなざしを部屋の入り口へ突きつけた。

 炎を放ったのはモーブ・ヒドリー教官だった。隣にはシャモア・マルガリテース教官がいる。シャモアがシータたちにかけられた捕縛の術を解いたのだ。さらにコーラル・ロードン教官、キュアノス・ケローネー教官、そしてトウルバ・ヘリオトロープ学院長が入ってきた。

「ああ、ファイ。何てこと……」

 イフェイオンに首根っこをひっつかまれているファイに、シャモアが手で顔を覆う。

「ふん、勢ぞろいとはご苦労なことだな。ヘリオトロープ、あんな目にあったというのに神法院の犬になったか」

「いいえ、私は邪魔をするために学院長の座に就いたんです」

 冷ややかな口調で学院長が答える。

「ファイ・キュグニーを返してもらいます」

「やってみろ」

 イフェイオンがにたりとした。詠唱の早さはほぼ同じだった。法術と法術のぶつかりあいに天井が吹き飛び、床に大穴が開き、壁が破壊される。とがった残骸が飛散するせいで、シータたちはファイを助けに行くこともできず、じりじりと後退した。そこへミューが現れた。

「戻ったのか、ミュー!!」

 ラムダがミューを抱きしめたとき、黒い闇のかたまりが飛来してきた。間一髪でミューをかばってよけたラムダに、ミューが言った。

「ここは危ないわ。逃げましょう」

「しかしファイが……」

「ラムダ、急いで。逃げるのよ」

 ミューはラムダの腕をつかんで出口へと向かう。そのとき、イオタが左斜め上をあおいだ。

「何ですって!? ちょっと待って、ラムダ。待ちなさいっ」

「イオタ!!」

 二人を追いかけようとしたイオタに黒い渦が迫る。ふり向いて目を見開いたイオタにタウが飛びかかった。

「タウ、イオタ!?」

 折り重なって床に倒れた二人にシータは駆け寄った。イオタは意識があるらしく、眉をひそめて短くうめいたが、イオタの上のタウはまぶたを閉じていた。

「タウ、しっかりして、タウ!!」

 額から肩から、タウは体の左半分が血まみれだった。タウを揺さぶるイオタは涙ぐんでいる。水の法担当教官を捜したシータは、ケローネーが部屋のすみで壁にもたれてぐったりしているのを見た。

『治癒の法』が使えないよう、イフェイオンは一番にケローネーを狙ったのだ。

「ミューを呼びにいかないと」

「違うわ。あれはミューじゃない。ミューはここにいるのっ」

 タウの頭を抱きしめるイオタの視線は、タウのすぐ脇に向けられていた。

「じゃあラムダと一緒にいるのは……」

「ネリアよ。あの女がミューの体に入ってるのよ」

 シータはすぐに外へ行こうとしたが、タウを運ぶのが先だとイオタに言われ、二人でタウを引きずって脱出した。

 庭に出るとラムダとミューが戻る戻らないで口論していた。その人は偽者だとシータが叫びかけたとき、ラムダがミューの手を振りほどいた。

「誰だ? お前はミューじゃない。ミューはみんなを置いて逃げるようなことはしない」

「何を言ってるの、ラムダ。私は私よ。他の何者でもないわ……やめて、近寄らないで。この体は私がもらうの。あんたには渡さないわっ」

 突然ミューが両手をばたつかせはじめた。ミューの奇妙な行動にとまどい顔だったラムダがシータたちに気づいた。

「タウ!?」

 左側を上にして庭に寝かせたタウの頭をイオタが膝で支える。ラムダは走り寄るとタウの横にしゃがんで患部を調べた。

「まずいな。このままだと失血死するぞ」

 ラムダは舌打ちすると、まだ一人でもがいているミューを見やった。

「中身はネリアよ。何とかしてよ、タウを殺す気!?」

 ラムダは腰を上げるとミューに近づいた。

「それはお前の体じゃない。ミューの体だ。すぐそこから離れるんだ、ネリア」

 ミューがびくりと肩をひきつらせた。

「タウが重傷だ。ミューの助けが必要なんだ。早くしてくれっ」

「嫌よ」

 即答だった。ネリアはミューの瞳でラムダをねめつけた。

「この体ならラムダと一緒にいられる。そうでしょう?」

「お前、まだそんなことを……」

「いいかげんにして! 何でもいいからタウを助けてよっ」

 イオタの訴えにラムダはこぶしをにぎった。

「お前、水の法を使えるんだろう? 先にタウのけがを治してくれ。話はそれからだ」

「残念だけど、できないわ。私の術力はあの男に奪われてしまったもの。もう、さっきからずっと私にまとわりついている人を見るくらいしか力は残っていないの」

「だったらすぐにミューに体を返してくれ」

「嫌だと言ってるでしょう」

「タウの命が危ないんだぞっ」

「そんなこと私には関係ないもの」

 ラムダが手を挙げた。しかし体はミューのため、ぎりぎりのところで踏みとどまる。そんなラムダに、ネリアは暗くゆがんだ笑みを浮かべた。

「……え?」

 ふとイオタが目をみはり、イフェイオンの家をふり返った。まもなくして、ロードン教官が空を翔けていく姿が見えた。

「ラムダ、シータ、タウをお願い」

 イオタは抱いていたタウの頭をゆっくり地面に下ろすと、立ち上がった。

「何をするつもりだ?」

「先生たちの援護に行くのよ。ミューたちが戻ってくるまで意地でももちこたえないと」

「私も行く」

 一緒に動こうとしたシータをイオタはとめた。

「だめよ。法術が入り乱れている中を走り回ってたら粉々になるわ。あんたたちはミューが戻ってくるまで待ってて」

「ミューはどこに行ったの?」

 先ほどロードン教官が飛んでいったことが関係しているのか。だがイオタはシータの質問には答えなかった。

「あのはげ頭……死んでも髪がはえないようにしてやるんだから」

 毒づくと、杖を手にイオタはイフェイオンの家に向かって走った。



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