(2)
いよいよ初めての野外研修が始まった。研修に使われるヒュポモネー山地は、レオニス火山とサルムの森の間にあり、ゲミノールム学院が国から所有権を与えられている。ここには各専攻生たちのあらゆる研修に対応できるよう、動植物からさまざまなしかけまでが用意されていた。
初日は班対抗の勝ち抜き戦だった。しかも代表が一人ずつ出ての勝負ではなく、四人対四人の戦いだ。短い時間の中で誰が誰を狙うか作戦を立てて試合にのぞむのだが、普段いがみあっている相手と急に協力しあえるほど、生徒たちは精神が成熟してはいない。これが二回生や三回生ならまだ班対抗の自覚をもち、自制心が働くのだが、一回生のこの最初の研修では毎年必ず仲間割れが起きる。まず同じ専攻生を攻撃するかどうかでもめ、また敵の同専攻生が味方の別専攻生にやられていると、つい敵の同専攻生を援護してしまう生徒が続出した。試合中も統率のとれた行動ができる班はほとんどなく、班ごとに色分けされた額あてをしていなければ、誰と誰が同じ班なのか傍目にはわからないほどだ。そのため判定をくだすウォルナット教官とフォルリー教官は、勝ち抜き戦の間ずっとこめかみをひくつかせていた。
シータたちの班はそれぞれ別専攻生を狙うことにしたが、敵とはいえ同じ剣専攻生がピュールにやられるのは腹が立つため、シータは自分の敵を倒すとすぐピュールの邪魔に入るつもりでいた。しかしたいていふり返るとピュールも同時に敵を討っている。ピュールが自分と同じ考えであることにシータは気づき、試合のたびに討ち取る時間を早めていったが、ピュールの勝負が決まるのもまた同様にどんどん早くなっていった。優等生のパンテールはもとより、もう一人の槍専攻生であるモナス・ボタールも意外と腕はよく、シータとピュールの早勝ち合戦も結果としていいほうに働き、その日シータたちの班は優勝した。
研修中は野営もあるため、ふもとの宿舎を利用できるのは今日だけだった。だが宿舎といっても、座って待っているだけでおいしい食事やあたたかい寝床が用意されるわけではない。今日の夕食は、勝ち抜き戦で最下位とその一つ上だった班が罰代わりに任され、その間に他の班は自分たちの寝る部屋に敷布や掛布を運んだ。
専攻別に分けられないことに最初は不満を漏らす生徒が多かったが、普通に話をする班もちらほら出てきた。家が近所でどこどこの店がよいとか、同じ武具屋に通っているとか、小さな共通点から会話ははずんでいった。
そんな中、女生徒については別室を用意すると教官が言った。武闘学科生の女子はシータだけなので、それを聞くなりピュールが鼻を鳴らした。
「パンテール、お前が一番こいつのそばにいるんだから、ぜひともこいつの『異性』としての魅力を教えてくれ」
申し訳ないが俺には配慮の理由がさっぱりわからない、とにやにやするピュールに、パンテールが目をしばたたいた。
「ええっと……強いのに偉ぶらないし、正義感がとても強い。いつも元気で前向きで明るくて、根にもたないさっぱりした性格で……」
長所をどんどんあげていきながら、パンテールがだんだん困惑顔になっていく。ついに沈黙したパンテールがシータをかえりみた。
「……ごめん。僕はシータの『異性を感じさせない』ところが魅力だと思ってて」
だから安心してシータと一緒にいられるんだと頬をかきながら言い訳するパンテールに、ピュールが派手に噴き出す。怒るに怒れず、シータも口の端を曲げた。自分もパンテールを親友だと思っているので、その理由に不満はまったくないが、ピュールが望む答えはほぼ皆無だったのが何とも複雑だ。
「つまり、誰が見てもこいつはわざわざ部屋を分ける必要があるような『異性』じゃないというわけだな」
げらげら笑ってから、「ほら、とっとと自分の部屋へ行けよ」とピュールがシータを手で追い払う。
「別にいいわよ。あんたに『異性』を感じてもらわなくても、何の問題もないんだから」
むかつきながら自分の荷物を持って移動しようとしたシータに、ピュールがさらに声をかけた。
「明日、時間になっても来なければ置いていくからな」
「班行動の規則を無視する気なの!?」
「班行動をとる気持ちがあるなら、お前も俺たちに迷惑かけないようにしろって言ってるんだ」
「シータ、心配しなくていい。明日の朝、ちゃんと呼びに行くから」
ピュールとにらみあうシータの肩をパンテールがたたく。
「ありがとう、パンテール」
誰かさんとは大違いだとシータがぱっと笑顔になると、「おい、甘やかすなよ」とピュールが文句を垂れた。
「あんたには頼んでないんだからいいでしょ」
いーっと歯をむきだすシータに、「お前は幼児か」とピュールはあきれた様子で視線をそらして髪をかきあげた。
そして三人と別れ、ウォルナット教官に指示された部屋に入って横になったシータは、一人で寝るには広い部屋が落ち着かず、なかなか寝つけなかった。冒険では普通にタウたちと並んでごろ寝しているので、今回の研修で特別扱いを受けるとは思わなかったのだ。
何だか仲間外れにされたような気分だ。同期生たちが休んでいる部屋のほうに意識を向けながら、シータは無理やり目を閉じた。
翌日、シータはパンテールが迎えに来る前に部屋を出た。他の班はまだ寝起きの悪い仲間をたたき起こしている最中らしく、時間より早く待ち合わせ場所に現れたシータにパンテールはにこりと笑い、ピュールも一瞥しただけで無言だった。
集合時間ぎりぎりの班もあったもののどうにか両専攻生が全員そろったところで、二日目の研修が始まった。まず最初に風水地火四つの法陣に入って守護神を確認し、武闘学科生でも法術が発動できるように細工された札を受け取っていく。シータはすでに自分の守護神を知っていたが、風の法陣で反応があったことはやはり嬉しく、またほっとした。パンテールは大地の女神の守護を受けており、モナスは水の女神だった。そしてピュールの守護神が風の神だとわかり、シータはがっくりした。神がどういう基準で守護する人間を決めているのか問い詰めてみたいと本気で思った。
「ゲロース草にナウセア草、フレーレの花、プタルモスの葉、カピティス・ドロルの葉、ピュレトスの実……いっぱいあって覚えきれないわ」
渡された紙にびっしりと記されている植物名を途中まで読み、シータは早くもやる気をなくした。明日探索予定の二枚目には、鉱物や生き物の卵の殻なども載っている。
「しかも扱いの難しいものばかりだ」
パンテールも珍しく眉間にしわを寄せている。他の班が動きだしたのを見てシータも荷物を背負おうとしたが、ピュールとパンテールは二人とも地面に下ろしたままの袋から筆記用具を出していた。
「行かないの?」
「書かれているものを片っ端から探していく気か? 大馬鹿だな」
ピュールが冷ややかに言う。むっとするシータにパンテールが答えた。
「採取するものは生息場所に特徴のあるものが多いから、場所ごとにある程度まとめておいたほうが手際よく探せると思うんだ」
納得したシータは素直にペンを用意して、話し合いに加わった。四人は採取物とヒュポモネー山地の地形を照らし合わせ、探していくものの順番を決めた。シータたちが出発するときにはすでに他の班の姿はなかったが、見送るフォルリー教官の顔は満足げだった。
パンテールとピュールの立てた採取計画のおかげで、他の班が行ったり来たりする中、シータたちは順調に目当てのものを手に入れていった。ただパンテールの言ったとおり扱いの難しいものが多く、うっかり触ったシータはそのたびに頭痛や吐き気に襲われたり、くしゃみがとまらなくなったりして、ピュールに叱られた。さらに道中はいたるところに罠がしかけられていて、知らないうちに召喚の法陣を踏んで幻獣やら危険な動物やらを出現させてしまい、武器を振るうはめになった。
間でパンテールとピュールは何度か計画を練りなおし、シータとモナスは黙ってそれに従った。パンテールは当然として、ピュールが意外とまじめに授業を聞いていたことにシータは内心驚いた。自分に対して必要以上に口も態度も悪いのでつい反発してしまうが、ピュールの指示は憎らしいほどに的確だったのだ。
槍専攻生たちがピュールを中心に囲むのもうなずける。性格さえ何とかしてくれれば、一回生とは思えないほど頼りになる存在だった。
その日予定していたものをすべて採取し終え、シータたちは野営地に着いた。名簿を手に待っていたウォルナット教官に全員無事であることを伝え、割り当てられた天幕を組み立てる。今日はそれぞれの班で自炊することになっており、シータたちはここへ来るまでに集めてきた材料を鍋に入れていった。不器用に切り刻まれた野菜を見てピュールがシータをからかったせいで、一時つかみあいの喧嘩になったが、それ以外はいたって平穏だった。
夜は各班とも誰か一人は火の番をすることが義務づけられていたので、パンテールの提案で先にシータが役を担い、シータが天幕を使うときは男子三人が外に出ることにした。そして三人が天幕に入ってまもなく――すさまじいほどのいびきが聞こえてきた。
近くに獣でもいるのかと勘違いしてしまいそうな荒々しいいびきに、シータを含め火の番をしていた生徒たちが周囲を見回す。発信源が自分の班の天幕だとわかったシータが、中をのぞくべきかどうか迷っていると、ピュールとパンテールが静かに外に這い出してきた。
「モナスだったの?」
もしピュールだったら明日笑ってやろうと思ったのに、と残念がるシータを睥睨し、ピュールは三人分の茶の用意をした。
「昨日もなかなかすごいいびきだったけどな」
ピュールから茶を受け取ったパンテールが苦笑する。
「あいつは周りに気をつかうから、慣れない環境だと人一倍疲れるみたいでな」
槍の腕前だけで言えば俺の次に強いんだがと、とパンテールの隣に座ってピュールがため息をつく。
「入学前からの知り合いなの?」
「俺と同じ鍛錬所に通ってた。他にも何人かいる」
ピュールがざっと見回すと、火の番をしていた槍専攻生たちは大丈夫だとばかりに手を振った。
皆が文句を言いに来ないのは、ピュールがいるからだ。ピュールがモナスを守る形になっているのだと、茶をもらいながらシータも気づいた。
「これが私だったら、あんた絶対怒って蹴り飛ばしてるわよね」
「当然だ」
わかりきったことを聞くなと、ピュールが横柄な態度で言う。それが憎らしかったが、同専攻生に対しては案外優しいんだなと、シータはほんの少しだけ見直した。結局交替の時まで三人は話し続け、モナスと入れ替わりにシータは天幕に入った。自分のいびきがうるさかったことを知ったモナスは真っ赤になってあやまっていたが、寝袋を外に出したパンテールとピュールは気にするなとだけ言い、モナスに火の番を任せて眠りについた。
翌日は植物以外のものの採取が中心となった。毎年この時期に地中から噴射される鉱石を拾いに行ったときは、警戒をおこたれば急に足元から飛び跳ねる石でけがをした。一番すり傷や切り傷が多かったのはモナスだったが、手当てをするピュールは小言を吐かなかった。その代わり、出現した幻獣の急所をシータが間違えて逆に凶暴化させてしまったときは、これでもかと責めた。ピュールに怒鳴られるたびにシータはふてくされ、パンテールがなだめたが、何度も戦闘を経験するうちに攻撃に踏み切る速さや一撃の威力など、仲間の動きがわかるようになり、初日の班対抗戦よりは攻守の連携がかみあってきた。水の法専攻生がいないのでけがをしないよう細心の注意が必要だったが、タウたちとの冒険とはまた違った高揚感をシータは楽しんだ。
そしてその日、シータたちは一番に野営地に着いた。これもパンテールとピュールのおかげである。シータたちが食事の用意をしていると他の班もぼつぼつ現れたが、採り忘れたものを探しまわり夜中近くに野営地に到着した班もいくつかあった。
翌朝、まだ日が昇る前にシータはパンテールに揺り起こされた。今日が最後の研修日だが、残った採取物には時間制限がある。早くしろとピュールにせかされ、シータは大急ぎで朝食をかき込んだ。
目的の洞窟に行くと他の班の姿もあった。シータは自分で頬を二度ほど打って目を覚ました。
手に入れなければならないのは、洞窟の奥の泉に咲く『ルーメンの花』の滴だった。花は泉の中央のせまい陸地に群生していて、岩壁の小さな穴から降りそそぐ陽光を浴びるといっせいにつぼみを開く。ただし、ちょうど昇りはじめたばかりの旭が差し込む位置にしか穴がないため、完全に夜が明けてしまうと再び洞窟内は陰り、花は種を落として枯れてしまうのだ。
滴は花が開くと同時にこぼれ落ちるので、あらかじめ瓶を構えておく必要がある。それだけなら難しいことではないが、問題は泉の中央に無事にたどり着けるかどうかだった。
泉には『ルーメンの番人』と呼ばれる水の怪物が棲んでいる。大きな音さえ出さなければ襲ってこないが、一度暴れだすと周辺で動くものすべてを飲み込んでしまうまでおとなしくならない。
四人全員で行けば水音も激しくなるため、どの班も代表者が一人ずつ行くことに決めたようだ。シータたちの班からはピュールが向かうことになった。
瓶を片手に、ピュールはゆっくりと泉を渡りはじめた。水かさは胸のあたりまである。今のところ番人の姿は見当たらない。どこにひそんでいるのかわからないため、代表者たちはみんな一歩一歩確かめるような動きで進んでいった。
やがて穴から光が差し込んできた。こうべを垂れていた『ルーメンの花』が次々につぼみをもたげ、花開いていく。まず一つの班の代表者が中央に着き、滴を瓶に移した。他の代表者たちも無事に泉を渡り、滴を手に入れていく。ピュールもどうにか間に合いそうで、シータはほっとした。そのとき、とある班が歓声をあげた。自分の代表が滴を確保したのを見て、うっかり手をたたいて喜んだのだ。
とたん、泉が波打ち、水柱が立った。水中から現れた『ルーメンの番人』は、近くにいた生徒たちを次々に食らっていった。
形はとかげに似ているが、とかげよりも手足が短く、頭も大きくて平べったい。体全体が肉厚でぼてっとしており、表面はぬるぬる光っていた。どうやって隠れていたのか不思議なほどの巨体だった。
陸へ上がろうとする代表者たちを容赦なく飲み込んでいく番人に、生徒たちは悲鳴をあげて逃げまどった。仲間を助けに行く者、行かない者が入りまじり、互いに押し合いもみあう中、ピュールは戻る代表者たちとは逆に中央に進んでいく。そしてしっかりと滴を瓶に入れると、番人の尻尾側を通ってシータたちのほうへ走った。
眼前の生徒をあらかた食った番人が、巨体に似合わぬ速さで身をひるがえした。真後ろにいたピュールは不意をつかれて足をとめてしまい、番人がピュールめがけて口を大きく開けた。
シータはとっさに自分の腰の短剣を飛ばした。剣は見事に番人の目に刺さったが、長い舌がピュールをからめとる。ピュールは番人の口に引きずり込まれる直前、駆けてくるシータに瓶を投げた。シータは受け取った瓶をモナスに押しつけると同時に槍を奪い、番人に向かって突進した。今しも閉じようとしていた番人の口の中で槍を立てる。続けてシータは剣で舌を切り裂くと、槍のおかげでできた隙間からピュールを引っ張り出した。
番人が槍をかみ砕く。その場でもがいて激しい水しぶきをあげる番人から二人はようよう逃れた。
「まったく、ひどい目にあった。とっととここを離れるぞ。おい、聞いているのか、シータ?」
騒ぎの原因となった班にピュールが毒づく。しかしシータは動かなかった。
「みんなを助けないと」
「わざわざあれと戦う必要はないだろう。他の班のことは放っておけ」
「一緒に訓練してきた仲間を見捨てるの? 同じ専攻生なんだよっ」
シータはピュールをにらむと、そばにいた剣専攻生をふり返った。
「ポーマ、ラボル、何の札を持ってる?」
「俺は炎だ」
「僕は風。助けてくれるのか、シータ?」
「馬鹿なまねはよせ」
肩をつかんできたピュールの手をシータははねのけた。
「逃げるなら勝手に行って。私は残る」
「四人一緒に帰らないと減点されるんだぞ。パンテール、こいつを何とかしろっ」
「無理だよ、言いだしたら聞かない。僕も残るよ」
「俺たちもやる」
シータたちの会話が聞こえたのか、外へ走りかけていた剣専攻生たちが戻ってきた。
「どうかしてる。やっぱり剣専攻生は馬鹿ばっかりだ」
ピュールは苦々しげに吐き捨てたが、先に行こうとはしなかった。結局つきあうつもりらしい。ピュールに呼ばれ、少し離れた場所でなりゆきを見守っていた槍専攻生たちも寄ってきた。
シータたちはひとまず泉を離れ、輪になった。
「番人の急所はへそだったな。どうやってあの巨体をひっくり返すんだ?」
平べったいうえによつんばいで移動するため、普通に攻撃していたのでは倒せない。ピュールの問いに、シータはふところから風の札を取り出した。
「これを使うわ」
神法学科生ほどの術力はないので一人では無理だが、複数の力をあわせれば番人をあおむけにすることができるはずだ。そしてへそが見えたところで攻撃すれば、誰かの武器が当たるだろうとシータは言った。
「勝算は五分のうえに楽観的な意見だな」
ピュールは舌打ちしたが、他にいい案が出なかったので、シータの作戦を実行に移すことにした。風の札を持つ者と炎の札を持つ者、それ以外の者に分かれている間に、ピュールは武器を失ったモナスに、外でうろついている専攻生の召集を命じた。
風の札を持つ生徒は全部で五人だった。彼らを援護する炎の札を持つ者は四人。微妙な数だったが、これでやるしかない。
泉に戻ると、番人は姿を消していた。またどこかに身を隠しているのだろう。へそを狙う生徒たちが足音を忍ばせて配置についたところで、シータはわざと大声をあげた。
すぐ水面に変化が起きるだろうという予想ははずれた。泡一つ浮いてこない泉にシータたちの緊張が解けかけた刹那、いきなりシータの目の前に巨体が現れた。あまりにも距離が近かったために風の札を持つ生徒たちは立ちすくみ、背中を向けて逃げる者もいた。
番人の前足が陸にかかる。最初に反応したのはピュールで、一呼吸遅れてシータも札を発動させた。だがやはり威力は弱く、番人をわずかに後退させただけだった。
再び番人が水からはい上がろうとしたとき、ピュールが叫んだ。
「逃げるな! 炎部隊、両足を狙えっ」
あとずさっていた生徒たちの動きがとまる。シータたちの両脇にいた炎の札を持つ専攻生が番人めがけて炎を放った。足元に飛来してきた炎のつぶてに番人が足をひく。両足が同時に浮いた瞬間、風の札を持つ生徒たちの起こした風が一つになって番人をはじき、巨体が大きくのけぞった。
「今だっ」
パンテールの合図とともに、幾多の剣と槍が番人に投げられた。その内の槍一本が見事にへそを貫くと同時に、番人の体は水になって飛び散った。
飲み込まれていた生徒たちが池に落ちていく。専攻生たちは大歓声をあげて仲間のもとへ駆け寄った。ぽかんとした容相であたりを見回す者、涙する者、さまざまだったが、洞窟内は祭りのにぎやかさで、はしゃぎすぎて水のかけあいにまで発展した。ピュールはあきれ顔で立ち去ろうとしたが、他の班の水合戦に巻き込まれて怒り、反撃に出た。シータもパンテールもモナスも誰彼かまわず水をかけまくり、集合時間がきた頃には全員びしょ濡れになっていた。
野営地に戻った生徒たちは、研修の反省文とともに採取物を教官に提出した。最後の騒ぎで『ルーメンの花』の滴を手に入れた班は少なく、シータたちをはじめ全部の採取物を集めた班は、皆の前でほめられた。
ピュールは「剣専攻生との研修は二度とやりたくない」とぼやいていたが、シータが壊したモナスの槍は自分の父親に無料で提供してもらうと言い、弁償を免れてシータはほっとした。
その日の夜は、ほとんどの班が眠らずに火を囲んで談笑していた。研修前に比べると両専攻生の距離がずいぶん縮まっているのを見て、夜更かししていても教官たちは注意しなかった。
シータたちも四人そろって話をした。一番緊張が解けた様子でよくしゃべっていたのはモナスで、実はシータにいつ喧嘩をふっかけられるかとずっとびくびくしていたのだと言われ、ピュールとパンテールに笑われた。絶対に自分よりピュールのほうが意地が悪いはずだとシータは反論したが、饒舌になったモナスはいかにピュールが面倒見がよいかを熱心に語り、最後には恥ずかしくなったのだろうピュール本人にとめられた。
こうして、武闘学科一回生たちの研修は無事に終了した。