009
相手国の重役を本拠地に抱え込むほど短慮ではない。
内部的な造りも強固であるが惑星探査機の万が一の損傷は、自分個人の命よりも重大だ。
そのために安全距離を保って別の場所に隔離施設を用意した。
仮の建物だが今の捕虜だって長く預かるつもりもなかった。
とはいっても、尋問のように遠隔で会話するわけにもいかない。相手方に配慮して接待のために自分が立ち入るのは当然であり、以前として危険は残る。
自分が死ぬことになれば、戦力の大幅な損失だ。
帝国風の冗談で表わすと、残り二人のどちらかが代わりに預かることになるのだが一夜の内に爆発四散することになる。自分も中々死ねない身分らしい。
朝方になり、センチエコーからの連絡で捕虜の覚醒を先んじて知る。
隔離施設に到着した頃には相手は室内を見回っており、部屋前の通路に立った自分はセンチエコーに確認を取ってから到着を知らせた。
「失礼する」
扉が開閉した先には、豪華とまでは言えないがそれなりに整った部屋がある。
当人が就寝していた寝台といい室内装飾は貴賓向けのそれで、配置された家具も実用に耐えうる。
ただし形と質感だけで、原材料にはこだわっていない急造品である。
「ここは?」
「いわゆる捕虜収容所だ。そちらの文化に配慮しているが、分からない設備があれば聞いてくれれば説明する」
用意した席へとうながすと、相手は素直に着席した。
元着た甲冑は部屋の隅に置かれてあり、新しく用意した衣装を着こなしている。
赤い柔らかめのドレスは、横に束ねた長い金髪に似合っていると思う。治療はセンチエコーに任せきりだったが、着衣を変えたとは聞いていた。
元の戦着も洗浄して見える場所に飾ってあるが、即座に着替えるような真似はしないようだ。
「体の調子はどうだ?」
質問すると相手は持ち上げた手を動かした。
足と共に、拘束を脱するために本人が自切した部位だ。
「良い感触だ」
「……何度か経験しているような口振りだな」
「まあ、言っても一度だけだがな。近隣の村々を食い荒らすような獣でな、あえて片腕を喰わせて、攻撃が緩んだ隙に致命傷をくれてやった」
騎士団としての仕事には領地の保全も含まれる。
要請によっては怪獣討伐も命じられるという話だ。
この地の戦士は勇ましいな。
切り傷を覚悟で攻撃する程度の意識かもしれないが、現在の自分でも真似したいとは思わない。
「そちらが神の力を借りるように、こちらは肉体の自然治癒力を借りた手法だ」
「驚きだな」
「さすがに切断された部位の接合はできなかった。元の部位も洗って冷凍保存してあるが、残しておきたいか?」
「いや、自由に処分してくれて構わない」
復元した四肢は、採取した細胞から急速成長させたものである。
筋肉量に関しても元と大差ない。違和感こそ少ないはずだが実態は本人にしか分からないものだ。
切断部の保存にしても、聞こえの悪い話題だが扱いに困っていたのも事実。相手方に修復可能な技術がある以上、医療廃棄物として勝手に処分できるものでもない。
戦場で気にすることでないのも事実であるが……。
「黒子程度、気になる部分があれば、他も調節できるが?」
気持ち足りない胸へと、わずかに向けた相手の視線を見逃す。
古傷があるのか、はたまた豊胸か。
裏に誘惑を込めた動作だろうと自由にするといい。
「なるほど、これは魔術に関わることでも通用するのか?」
「実際に症状を診てみないことには答えられないが、あなた方の既知ではない、別の可能性として考えてもらえればいい」
「……そうか」
生存に関わる異常なら、センチエコーが真っ先に伝えてきたはずだ。
相手が気にするものでも緊急に対処すべきものはないだろう。
「あれから、私の部下はどうなった?」
「あの後、現場で解放した。ひと通りの身体検査はしておいた。かすり傷程度は我慢してもらうが、死に関わるような傷は一つも確認していない」
「そうか、感謝する」
何というか薄い表情でも、言葉との食い違いは感じられない。
考える時に考え、笑う時には笑う。
感情は判りやすいが、直情的とも言えない。
あまりに素直すぎるのも変な気分だ。
勝負が決した時の様子から強情な態度は予想しなかったが、今では戦った時に見た強い執着も感じられない。
戦闘とその他で、完全に区切りを付けているのかもしれない。
「改めて、あなたの身分をうかがってもよろしいですか?」
「構わない。セレス=バーガンディ。白鱗騎士団第三部隊、隊長。実家は準三位の貴族だが私は当主ではない」
事前情報との齟齬もない。
捕虜として待遇を与えるのに問題も無いようだ。
「食事をもってこよう。……続く話はその後で構わない」
「いや、同席してくれて結構だ」
「何?」
「どのみち食事の後には話があるのだ。移動の手間をかけさせたくない」
「こちらとしては一時的に席を外すくらい構わないのだが」
「身を隠すとしても薄壁一枚だ。どこも大して変わらんよ」
もちろん小部屋があるといっても監視の隙はない。
とはいえ、敵の目の前で食事をするのも緊張するだろう。
今のこちらに大した脅威が無いことを認めるとしても。
「ところで貴殿のことは、何と呼べばいい?」
「ケンジ、ケンジと呼んでくれ」
名乗り忘れていたことを非難する気もないらしく、こちらの名を覚えることに集中して、視線を下げた後には何度か練習する声が聞こえた。