008
相手の接近は前もって知っていた。
騎乗する四足獣は、視界のせまい夜間でも歩調を乱さない。
夜間移動の光が届く以前、衛星監視による位置情報が逐次届き、偵察ユニットの監視範囲に入った後は、鎧衣装の模様まで細かに確認できた。
文明錯誤に思える外見も、ここでは理にかなっている。
単なる鉄甲冑なら移動の妨げにしかならない。飛び道具を防ぐ最低限の厚みだけを残し、後は個人の技量と恵まれた魔術的素養で身体性能を補う。
外装はともかく、内に身に着けた衣装には、この地の恩恵を一身に浴びるための技術と素材が組み込まれていることだろう。
種族としての肉体は劣るわりに、戦闘能力の個人差が大きすぎる。未開の地も多く、並みいる脅威に囲まれながら今日まで縄張りを築き上げてきたのも、一個体では補えない弱点を多くの人材と技術が庇ってきたためだ。
わずか小隊、三十にも満たない数の行進だろうと、頭数で測れる戦力ではない。
相手はこちらに気付くと、早い内から速度を落とした。
移動を優先する相手にとって、街道上を独占するこちらはひどく邪魔に映ったことだろう。
手元にあった薪をたき火に放った後で、立ち上がる。
「邪魔だ。通せ!」
「お断りします。セレス=バーガンディ部隊長」
街道を塞いだところで相手は脇を通り過ぎても良かった。街道の利用法に対する指摘と放置物への警戒を含めて、部隊の進行を止めたらしい。
それも、相手の名前を言い当てた時点で変わる。
停止していた部隊は警戒を最大限に示した。
「刺客か」
単なる野盗なら逃げ去っている。
有名人を狙って襲いかかるにも悪い相手だ。通りがかった人物の名前を当てるなど普通ではないし、刺客と考えるのは妥当だ。
返ってきたのは、いかにも権力闘争を匂わせる発言だった。
騎士団が国防の戦力とはいえ、維持するための財源確保には多大な労力がかかる。議会の命令によって動く騎士団の面々なら、派遣の決定に政敵が関わってくるのも当然である。
少しでも機会があれば利用しないはずもないか。
おかげで戦力が減らされたとすれば利敵に過ぎる。
自惚れているのは、こちらも同じだが。
「私どもは十五日ほど前に、空の外より参りました」
「……帝国デイヴァール」
「はい」
「無断で立ち入るなど、明確な領土侵犯だぞ」
「一方的に国交を断ったのはそちらです。告げる義理はありません」
敵国だろうと通達するのが本来だが、連絡役である使節団は相手自ら殺した。政権移行の演出に使った責任を追うのは国自身だ。
「白鱗騎士団、第三部隊。 私はあなた方と同じ立場です」
「先遣か」
「こちらは本隊ですがね」
全戦力を預かる内の一人。
まあ、相手方にとって見慣れない装備を付けているとはいえ、たったの一人。
相手が疑いの目を向けるのも無理はない。周辺には夜風にまぎれて大群が潜んでいる。気付いていたして、敵を前にして味方に悠々と会話するわけにもいかないか。
「この一年、それ以前からも、あなた方の文化を見てきた。こうして言葉を交わせることと同じく、あなた方の武力も調べ、対処するための戦力も持ち込んだ」
自分を含めた三人が失敗すれば、次は戦争にもならない。
何より希少資源を備えたこの惑星は魅力的だ。
帝国も簡単に手放すとは思えない。一千年という余裕がある今だから穏便な方法を取っているだけ。
地と空で領域を接しながら国交を絶った相手は、大義名分を持って支配できる本当に都合の良い存在なのだ。
なぜ母国愛も持たない代理人がこんなことをするのか不思議に思えるほど。
「つまり貴殿は、侵略のための兵を連れて、我々の国土に踏み込んだということだな」
「ええ――」
――その通り、と。
答えた直後には、目視不能な一撃が自分の至近距離まで届いた。
容赦ないな。
相手は振りぬいた剣を構えて、こちらの無事を見つめる。
直撃致死の攻撃を放ったとして、初撃で死なれては向こう方としても拍子抜けだっただろう。
たき火も夜闇も全て、視線を寄せるための目くらましだ。
武の素質もない人間が一人で対峙するわけがない。光学迷彩ふくめ、数種の擬装兵装が戦力の大半を見事に隠し切っていた。
自分の真横には、魔術シールドを備えた偵察機が一つ。
アラクノタレスと呼ばれる、多脚型で寸胴とした腹を持つ機体がいる。
街道周辺では、高機動、追跡索敵を得意とするトレイスドッグが逃げ場もなく囲み、わずか少数の敵が正面前方に活路を見出すのも無理もなかった。
迷彩機能を解くと同時に、相手共に配置した戦力が動きだした。
「かかれ!」
敵部隊長による号令は、強く響いた。
多くは騎乗する中、飛びかかってきた獣型ユニットに襲われて武器と姿勢を失う。下乗できた一部も多すぎる敵に手段を奪われ同じく地面に転がった。
何も知らなかった当時ではない。仕向けた偵察機はどれも魔術的な防御を備え、個人程度の攻撃では深刻な損傷にもならない。
隊長含め、装備の優れた副官でも一機を壊せれば十分。
遠方から射出された拘束具が速やかに四肢を捕らえて移動を防ぎ、数人は小さな悲鳴を出して終わる。
残り一人、身動きも取れず転倒すら拒み、片腕が下方に引き絞られようとする中、それでも距離を詰めた。
見まがいようもない流血。
拘束部を自切した相手は半歩、届かない距離をわずかに縮め、その後、地面に倒れた。
「あなた方の負けだ。これ以上の抵抗は、お互い不要な面倒を生むだけになる」
恐ろしい相手だ。
初撃に見えない攻撃を放ったことといい、魔術自体の脅威も分かっているがそれを扱う相手も相手だ。
いくら拘束されたとしても、四肢を自切するなど半端な覚悟ではできない。
再生できるとしても全く後遺症がないわけではないのだ。治療が遅れれば死亡もありえる。
「捕虜として生存可能な待遇は保証する。誰か治療を行えるものはいないのか。……仕方ない、こちらで何とかしよう」
戦闘後の処理は速やかに進み、乱雑とした現場も修復を行った。
これといった妨害も行われなかったことで、副官以下、部隊の大半も現地で解放することができた。