005
惑星の広大な夜の地平を見る。
高高度の段階から揚力装置が花開く。推進器は逆加速を行い、巨大な機体が蓄積する運動量を減じさせる。
可聴修正した外部音声からは、急速降下の轟音が伝わってくる。
着地時点で相対的静止まで持ち込まないことには、巨大質量が一帯を破壊することになる。
大地は揺れ、空気による音と質量の衝撃波が遮蔽物を切削する。その運用の一切を前提とした破壊兵器であるため、運用する搭乗員に関しては安全だ。
どのみち単純浮上するだけでも一帯の地表は吹き飛ぶ。
ある程度の環境破壊は免れない。そう見越して、主要民族の集落が近辺に存在しない地域を選んだ。
「さすがに、大型生物との空中接触は無かったか……」
過去に訪れた使節団は、悪評を避けてか大変慎ましい機体で着陸していたらしい。当時とは違った慎重さが今は求められる。
惑星探査機は安定速度に入り、降下体勢から着陸体勢へと移行する。
主要通路を水平方向にそろえる。艦内を移動するには、この姿勢が楽という、利便性一点の都合だ。
夜空に輝く物体の飛来。
現地民からの発見は確定的であり、遠くないうちに偵察が来る。空の彼方から落ちてくる存在として、以前の出来事を覚えていれば、どこの所属か思い至るに違いない。
艦底の降着装置が開放され、最後の衝撃を吸収・緩和した。
ここになって急激な変化を得意としない重力装置の停止を知る。
今の状態が惑星本来の重力なのだと実感する。事前に知っていたが、やはり体は重たい。
「お疲れ様です」
「これからも頼みにしたい腕前だ」
可視光処理は最悪、透過干渉波に切り替えて周辺状況を確認する。
降下地点は森林地帯だ。
高低さまざまな木々が乱立するものの地形の隆起は少なかった。
現在では地表の土が巻き上げられ、艦底に接触した木々は廃材と化した。とても散歩できる状態にない。
視界確保のためにも、後々に伐採は行う。
気分的には、惑星探査機の外装も丸洗いしたいところだ。
「センチエコー。索敵ユニットを投下しろ。土煙が流れるまで定点監視を優先する」
「了解。索敵ユニットを投下」
命令は復唱され、本艦防衛のために各種装備が展開される。
この際、三種の小型ユニットが地上の防衛線になる。
「こちらメテオ。アヴェンジャーに求む」
「……こちらアヴェンジャー。メテオを受信した。応答どうぞ」
同時に、宙域で待機するミアンにも連絡を取る。
「こちらは着地点の制圧に成功した。フォートの様子を求む」
「了解。フォートは現在、資源回収の任にある。以上」
先に降下したロバートの方は、順調に作業を進めているらしい。
惑星探査機は単独運用を可能とする。
支援物資が届かない環境において現地資源を利用するものであり、搭載された自動工場が継続的な活動支援を実現する。この惑星についても資源調査は済んでおり、既定通りの性能を発揮するそうだ。
実証試験として惑星の反対側にいるロバートが資源の集積網を構築する。
偵察任務により消費される各種ユニットの連続生産。つまりマーカモス、トレイスドッグ、アラクノタレスの三種の製造を定時生産している。
並行して、移民計画の実現のために、帝国民が移住する拠点の仮構築も予定されている。
閲覧権限によっては、帝国を再現可能な量の設計図を保有することになる。技術水準の並ぶ二次勢力の発生は避けなければならず、敵勢による奪取の危機には自壊も要求される。
既得技術の運用には徹底した管理が求められ、それゆえに膨大な情報を抱える機械知性は慎重に運用されなければならない。
仮想敵は惑星の原住民であり、さらなる脅威には本艦の武装も展開される。
任務を実現するための技術は最初から提供されており、保有戦力で対応困難な惑星生物は観測上では確認されていない。
気楽と言えば気楽なのだ。
ともかく今は、状況が落ち着くまで休憩できそうにない。
ミアンの方も宙域からの監視網を広げていることだろう。
少しでも計画を進めるためには、周辺地域の再確認が有効か。
計画の規模が大きすぎるために全容を覚えるのは不可能だ。そういった事柄はセンチエコーに任せている。
「センチエコー。最寄りの集落まで、どの程度ある?」
「単純距離では5000単位ほど、徒歩換算にして半日になります」
「……さすがに半分以上は徒歩だよな」
着地の被害範囲を考えれば、距離が遠くなるのは仕方がない。
着地点は事前に設定したものであり、訓練でも似たような会話をしたのを覚えている。
諸事情による遠回りを含めれば、移動時間に短縮はない。しっかり半日の移動になるという長い説明をセンチエコーは省いた。
さすがに異常現象が起きた方向から、そのまま現れるのは単純に不審である。友好的に接触できるかは不明としても、大量の兵器を引き連れて向かうわけにはいかないのだ。
「重力適応のためとはいえ、体力訓練を続けておいて良かった」
「運動後の食事については期待してください。私も料理の腕には自信がありますから」
運動に食事は付きもの。そう語られると生物としては嬉しい。
降下前に二食ほど味わったが、惑星探査機での食事には満足している。もちろん、センチエコーが栄養管理を担ってくれていることも全面的に認めよう。
「センチエコー。……料理という言葉の意味を知っているか?」
「はい、それはもう! 調整作業のことですよね」
「正しさ半分だな」
自動調理器は正しく自動なのだから。注文ボタンを押すだけの作業を料理とは言わない。
サテライトステーションの方でも、さすがに試食までは用意されていなかった。
保存食の最終調理にしても、完全自動化までいくと嗜好要素が強い。
複数の調理設備を一括で管理する手法は、利用者の負担を減らしつつも裏での作業工程を増大させる。調理工程は料理ごとに乱雑化するため、並列化や整備に課題が残り、えてして大規模な施設での利用には向かない。
結果、売り込み先の個人に対して、中々の購入コストを要求する。
高級志向一直線の製品だ。惑星探査船に設置されることとなった経緯に疑問は残るが、型落ち品でも十分な働きは見せている。
包装の開封から調味液の滴下まで見事に自動化して、提供時点で利用者に手間をかけさせない。容器への盛り付け方まで工夫した一品は、焼き目にしても、耐熱包装に熱芯を突っ込んだだけのものとは格別する。
「食事をしない私には理解できないことですね」
「いや、種類こそ多く見えるが、安定動力が好みとか、その程度の話だぞ」
自分も文句を言える立場でもない。
宇宙に滞在中の食事でも同じようなものだった。自らの指で端末から予約することもあれば、センチエコーに口頭で任せていた。
かつての地球での料理文化も、ボタン一つほど単純統一化されていないだけで道具に頼ったものだ。料理を先に見るか、直接食材を見るかの違いだろう。
「……今度、マスターの人力で稼いだ動力を取り込んでみたいです」
「色々間違えているが間違っていないな」
センチエコーは機械であり、隣にいるのは対話ユニットでしかないため、こちらが食事をする間も傍らに留まるだけだ。隙間時間に動力補給を行っていると思うと、一緒に食事をするなど遠い話だ。
素材の味なんて言われても、大元は成分調整による結果だ。実態としては、舌触りや咀嚼感を味わうための加工品と表すべきである。
食事と栄養摂取が分かれるのは前世で経験済みだが、健康体があるのに点滴で済ませるのは邪道という認識があった。