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004




 惑星突入に備えて無重力状態になった室内。

 部屋の中央で身を縮めて回転運動する中、扉が開く。


「マイマスター、お食事の時間ですが……」


 視線を向けると、開いた扉で静止する来訪者がいた。

 接地移動する対話用ユニットが頭上を見せていた。


「眠っているようので取り下げておきます」

「待ってくれ。食べる!」


 これだって物理的距離が遠ざかったことで気が緩んだだけだ。

 サテライトステーションでは常に観察されている気分だったのだ。現在も変わらないにしても解放感くらい味わいたい。


「この映像記録は、ロバート様に送信しておきましょう」

「止してくれ、自分が話題の発端になると思うと情けない。どのみち今の内しかできないだろ」

「重力制御による無重力再現は、着陸後にも可能です」

「そうじゃなくてだな……」


 相棒なら任務直前の怠けた姿を伏せてくれ。

 それに少ない食事だからといって、欠かすのは気分が落ち込む。


 呼び出し後の案内は素直に受け入れた。片腕の力で移動できるようになった船内を進み、そして今は食堂にいる。


 パック詰めされたゲル状の食事。


 逆流防止のための食事は外装も質素だ。

 製造所直通、工業的な印象がある。これに関しては調理の一切を製造所で済ませているのだから大量生産に適した外装にもなる。


 ただし、帝国の標準であったりする。

 多種族を抱える帝国は、多様性のためにも統一的なデザインを好む。唯一明記された情報により、自分に適した食事だと理解できる。

 帝国民にとって現地調理は娯楽。この艦に設置されている自動調理器についても標準搭載だが一般国民にとっては贅沢品である。


 甘味は十分。


 地球人用に調整してくれたのだから帝国には感謝だ。

 体質情報を入力するだけの作業でも、手間の分だけ配慮されている。こういった場合、直接の作業員より、製造工程を考えた生産場や制度を敷いた帝国の方に恩があるというのだろうか。


 飲み干した容器を小さく縮めて、廃棄口に入れ込む。

 ささやかな食事は終了した。


「センチエコー。映画はどうだった?」

「帝国全史は完読しました」

「勝てないなあ」

「良ければ、いつでも解説できますよ」

「機械知性が新興種族なのが今でも信じられん」


 機械知性は保安性の高い記憶領域に加えて、互換性のある記憶領域も備える。

 百年千年の映像記録を、新人の労働マニュアルの感覚で配られても困る。概念としては理解できるが同時に埋まらない溝があることも知ってしまう。


 機械知能としても、記憶媒体に栄養ゲルを突っ込まれても困るだろうし、動力部に限っても適切な養分があるというもの。


 ちなみに彼らの処理速度に対して、特に優遇は無い。

 彼らを満足させうる膨大な情報となると、流行りものに駆け込むような消費には多額の出費が伴うため。必然的に学習枠で安価に購読できる類に限られる。

 国民としての一権利を持つ代償だ。

 帝国民という信用価値で労働する者には寄り付かず、帝国の古めかしい歴史資料をあさる。極めて都合の良い労働者になっている。


 ちなみに兵棋演習の対戦戦績は、自分の方が強い。

 センチエコー将軍の部隊は”とても不運なことに”兵装不備で二回に一度攻撃を失する。時折、部隊の一部に欠員が出るのも標準仕様だ。


「今は夜か」

「そうですね」


 壁際の観賞モニターでは惑星表面が暗がりに包まれている。


 こちらの活動時間に恒星は何度も出入りをしていた。

 人工照明の元で安定した生活を送っているが、夜だから眠っていられるなんて行為も久しぶりの経験になる。


「急かされない内に、艦長席に着くとしよう」


 その呟きの裏では、センチエコーが数々の艦内設備を働かせていることだろう。


 操縦室に戻り、ミアンへの定時連絡もした。

 これから先の短時間は信号通信に乱れが生じる。お互いの不快をさけるためにも一度通信を切ってしまう。


 現段階では予定に従うだけの簡単な作業だ。優秀すぎる機械知性が大半の作業を代行している。

 周回軌道からの降下はタイミングが命であり、大きく損ねると位置修正は困難になる。センチエコーは予定通りに惑星偵察機の姿勢を傾け、安定突入を支えている。


 着地予想は誤差を含めて許容可能な範囲を示し、事前観測による着地点周辺の環境資料も取得済み。


 重厚な質量体は、その矛先を御座へと向ける。


 わずかな推進を感じたのは一時、正面モニターは惑星への接近を継続的に示した。


 揺れは無かった。

 巨体と重量は摩擦や微細な空気の渦をも抑え込み、大気圏突入という行為だけを伝えてくる。自由落下による急激な突入が艦周辺を赤熱させ、偵察用ホログラムにも乱れが生じる。


 そして視界は白く染まった。







『滅ぼさないで……』







「……。センチエコー、何か言ったか?」

「いえ、何も」


 直前の異変が自分を標的にしたものだと知る。


 早くも接触してきたというわけか。


「着地点の制圧後に精神ケアの予定を入れる」

「ケンジ。何か問題が起こりましたか?」

「一応の対策だ。日誌にも書くつもりだが今は心配しなくていい」

「わかりました」


 想定通りというか、これを見込んで帝国は未開人なんかを部隊員に選んだ。


「悪いが、貴重な対魔術シールドを展開してくれないか?」

「着地後は周辺大気から魔素を自動回収できます。問題ありません」


 帝国の主要種族は生物としての優位を持つかわりに、環境適性を著しく落としている。

 進化の終端という話ではなく、法規制を含めた生物的な進化の余地を残していない。惑星探査のためだけに帝国民を改造するような行為は完全な違法である。


 いくら技術的に解析しようと一部で理解できない。それは帝国にとって望ましい状態ではなく、確認段階での惑星の大規模な改変は避けたいらしい。

 まだ、死亡断定された未開人を拾ってくる方が人道的なのだ。多文明を根絶させても存続できるだろう帝国が健全性を保つための法整備だと思われる。


 帝国にとっての未知の現象を技術的に確立できるよう、感応できる人材が観察記録を残しておく。

 このあたりは、待遇を含めて最初に同意した。

 こちらとしても死にぎわの寄り道として知らない地での生活を堪能できる。多少は過酷な目に会うとしても納得の上である。


 本格的に活動を始めた直後にこれだ。

 しばらくは退屈できそうにないらしい。


「楽しみだ」

「私もです。管理者マイマスター




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