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003




 滞在元を離れて小さな連絡船が行く、意気込みゆえに頼み込んだマニュアル操縦で、改めて到達座標を正視した。


 サテライトステーションの横に停留する、全長1kmにもなる建造物。


 操縦席の正面モニターは、視界情報に加えて識別情報も表示した。惑星探査を目的とした巡洋艦。個体識別には型番に加えて担当AIの明記もある。


 社名と製造年数の略字に続く、相棒の名前。

 陰で待機する残り二つの識別結果も表示されており、実のところ自分が区別できるのは識別情報ありきであった。


 近づくにつれて圧倒的な質量を感じる。

 起動試験や後続を思えば悠長に眺めている暇はなく、直線経路で接近すると、格納ゲートの開放と共に歓迎の声を聞いた。


「ケンジ。私の船へようこそ」

「これからもよろしく頼む。センチエコー」


 連絡船は格納庫の一つにポツリと固定された。


 格納時に風音を聞いたように、艦内の活動エリアでは空気に満たされている。

 艦の出入りにエアロックなんて面倒な行程もなく、完全ではないが膜を張ったように空気を留める。そして格納ゲートを閉じてしまえば万全の気密状態になる。


 更衣室を経て通路に入ると、サテライトステーションでも見知った対話用ユニットが出迎えにきていた。


 円柱形がひと回り大きくなったのには、単純な出力の問題がある。

 単独で活動においては管理者に代わって力作業も担う。あるいは管理者が艦内で負傷した場合など、専用の救護ドローンが到着するまでの応急処置を最速で行う役割も含まれるため、要求される機能的にも大きくなる。


 虚空に話しかけるのは不慣れなため、見つめる先があるのは嬉しいことだ。


「オートメンテナンスの進捗はどうだ?」

「到着より開始して、四八〇時量前に完了しました」

「……システム再構成も問題無しか」


 重力設定が少し強いのは、向かう惑星に合わせたためか。

 地球の環境とも大差なく、地表で身体をさらしても即死しないと聞かされているが、軽装スーツくらいは肌身離さず身に着けておこう。


 こちらが移動に手間取るのを知ってか、通路壁面を移動機が伝ってくる。あたかもワイパーのように縦棒が壁を舐めるように進み、隣に来ると持ち手と足場を出現させた。


 推進装置の付いた服は直前に脱いでいる。


「慣れないとな」

「追々で構いませんよ」


 体重を預けた後には、操縦室まで一息に移動する。


 操縦室の中で一人軍隊の自分が座るのは艦長席だ。正面モニターが艦艇の診断状況を表示し、奥にも巨大モニターが待ち構えていた。


 内部設計には、機械知性の到来以前の名残がある。

 操縦室は各部に座席が設けられ、艦内には複数の指揮所が存在する。指揮の一極集中を避けながら多くの乗組員を抱えるという、かつての方式が今でも機能だけは残されていた。


 座席に身を休め、実物と見分けがつかない精密な外部映像をながめる。


 頼めば音楽も流れてくるだろう。

 わずかな駆動音の裏で自らの呼吸を聞く。製造を終えてから点検要員しか立ち入らなかった空間は、生活感を欠いている。この場を汚すのが自分だけなのだと思うと、愛着も湧いてくるものだ。


 手慰めに座席脇で待機する対話用ユニットの上部を撫でると、遠からず反応が返ってきた。


「私は役立っていますか?」

「ああ。今となっては手放せない存在だ」

「これからが私の本領ですよ」

「まったく、その通りだ」


 片手で正面の端末を操作する。


 予定に変更は見られず、本艦は惑星突入に際して大きな移動が求められている。

 巨大な巡洋艦を接地させうる広さの確保と、着地後の活動を優位に進めるための周辺環境。別地点で連携するロバートとの活動範囲が重ならないことも重要だ。

 とは言いつつ、事前に算出した位置を再確認するだけ。機械知性が定めた方針に従っているなら、こちらの追加操作は不要だ。


 関連情報を確認する間に、いつしか両手で操作する。

 操縦席から行える全ての確認を終えると、加重環境では快適すぎる着席状態を脱するためにも、背もたれから身を起こす。


「この後、艦内を見て回ってくるが、特に注意すべき箇所はあるか?」

「診察室の点検はお願いします。それと、できれば診断を受けてもらえませんか?

到着前にも行いましたが、こちら側の設備でも診察を受けてもらえると、装置ごとの診断誤差を修正できるかもしれません」

「正常動作を観るためにも出発前に受けておくべきだな」


 今度の移動には補助装置を使わない。

 巨大すぎる建造物を機械知性が操作するように、こちらも管理者としての姿を演じておきたい。


 こちらが点検する内に、センチエコーは残りの二人のために艦の待機位置を明け渡す。

 既に資材の積み込みは済んでおり、搭乗員を送り込むだけ。艦内の見回りもできない内に全ての準備が完了する。


 連絡待ちのためにも、操縦室へと戻った。


「センチエコー。機関出力を平常モードにしろ」

「機関、出力増加。……3、2、1、待機状態から平常動作に移行しました」

「予定時刻まで、どのくらいある?」

「移動開始まで約二七〇時量ほどあります」

「余裕だな」


 特に問題も起きていないため、声かけるくらいの時間はある。


 通信を繋げるとロバートの陽気な挨拶が告げられ、今度から指示担当になるミアンを合わせた三者の会議になる。


「ミアン。体調はどうだ?」

「悪くないよ。……ケンジ」


 ミアン=エリャーレフ。

 灰茶色の髪を首元で綺麗に切り揃えた姿を見る。


 細身端麗のミアンは、胸より上の映り方でも画面の占有率に差がある。比較先の映像枠がボディービルダーを半分に薄めたようなロバートなのが特に。

 身長に関しても、ロバートと自分のわずかな差に対して倍以上に小さい。年齢も相応である。


 体格差が影響する作業もなければ、お付きの機械知性のおかげで力作業は不足しない。

 ミアンと組むマルチロッドは、話し相手とするには硬物だが仕事は堅実だ。会議中の今は存在感を消しているが、出不精の娘を心配するように体調管理なんかを裏で支えていることだろう。

 惑星探査なんて大仕事をする中では、三人共に要介護者である。


「ここからの指揮は頼む」

「わかった。頑張る」


 出発前の点検も済めば、残りは任務の再確認くらいだろう。

 機械知性の方でも相互確認はできるため、滅多なことは起こらない。乗組員による目視点検も、あくまで責任分散のための形式化した動作だ。


 大まかな行程はこれまで何度も学んできた。

 間際という状況では、役割分担に意識を向けるくらいだ。


「万一の事があれば、ミアンに支援要請する。嫌な役割だがやってくれるか」

「大丈夫。しっかり任せてくれていい」


 基本的に、対応戦力は巡洋艦一つで足りる。惑星探査という任務を単独で達成することを想定した、各種の閲覧権限と軍事技術の供与が行われている。


 それでも単独で対応できない緊急事態が起これば、周回軌道で待機するミアンから援護を借りる。


 適性試験での評価が良く、上層部からの信頼も厚い。希望的観測だが軍への上申を行う場合もミアンの顔はあった方がいい。

 ……残念なことに。自分は才能が足りなかった。


 惑星探査機の故障に際して、復旧や回収作業を手伝ったり、探査計画の二次中継点として本国からの追加物資の投下を担う。質量爆撃や敵勢力への直接攻撃は、上層からの方が断然容易であり、本部隊の指揮官さながら決戦要員でもある。


「ロバート、ミアン」


 二人への呼びかけには、それぞれ返事が来た。


「……それに、シンクレア、マルチロッド、センチエコー」


 顔も持たない彼らの存在も疑わない。


「今日まで助かった。皆のおかげで惑星探査を開始できることになった。これからも色々な困難に見舞われるかもしれないが協力してくれると嬉しい。……この探査計画を皆で完遂しよう」


 計画が無事に進むなら、直接顔を合わせる機会は無いかもしれない。

 そう考えて一つの区切りとして言葉を残す。


 時間になり三つの惑星探査機は遠ざかる。


 長い旅路だ。これまで滞在していたサテライトステーションも、うちに惑星と宇宙の境界に隠れて直接観測が不可能になる。


 船首の観測映像が広い宇宙を映す。

 地球を離れた経験のない自分にとって、眼下に巨大な地平が固定された様子は、自分を酷く小さく見せた。




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