010
捕虜であるセレスは、運び込んだ食事を何の抵抗もなく口に入れる。
こちらにとっても食欲をそそる料理であるし、毒見なんて必要も感じられなかったのだろう。
正直、全く同じ食事ができるかと言われると断定はできない。
食事といった諸々は機械側で調節する。
こちらが現地の生物を食用にできるように、ある程度の融通が利くのは知った上だが、現地の環境保全のために、こちらの排泄物に隔離と滅却を望まれるくらいの違いはある。
似た姿形でも、遺伝子の1%も一致していれば驚いてよい異なる生命体だ。
彼らの文化は学んでも地球人との比較までは意識してこなかった。機械知性やミアンにでも尋ねればすぐにでも分かりそうな答えだが、まあ、すぐ必要な情報でもない。
一人分の食事を堪能したセレスは、少々の身支度の後に席に戻った。
それまでには食事の跡も片付けておき、食後のお飲み物も用意しておく。
そのような対応にセレスからは小さな感謝を聞いた。
「それで、私の今後はどうなる?」
そう、次にセレスが切り出した話が、次の通信会議での話題になった。
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ロバートとミアンとの定期連絡は、互いの状況を共有しつつ次の行動を相談する時間でもある。
その中では当然、自分の活動も報告することになった。
「ケンジ。上手くやったな」
「ああ、そういってもらえると嬉しいよ。ロバート」
「良い結果なら、いくらでも褒めるさ。なあミアン?」
「……うん、お疲れ様」
原住民との初接触で問題を起こさず、初めての戦闘でも成果を得た。
自分にしては良くできた方だと自覚している。
「二人ともありがとう。それでなんだが、この捕虜の扱いを迷っている」
「困るも何も方針は前から決まっていたんだ。それに沿って動かせば悩むこともないだろ?」
そう告げるロバートの言い分も確かだ。
事前に決めた計画に従えば、任務は達成できる。
戦闘が起きた際の捕虜の扱いについても事前に取り決めたものであるし、 計画に多少の前後があっても、大まかな道筋に従うなら悪影響はない。
捕虜にするといっても保釈金目当てではない。
部隊を引かせるための人質であり、一つの役割としては完結していた。
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「敵国に惨敗した兵を、受け入れてもらえるとは思えない」
「それが、この国の普通なのか?」
「ああ。いや、……あくまで私の部隊に限った話だ」
「それはどういった理由だ?」
「私の実家は文官寄りで、騎士団に入れてもらう際にも色々迷惑をかけた」
「だが、部隊長にまでなっているだろ?」
「まさにそれだ。騎士団としても扱いに困って、財源やらでも常々指摘を受けている」
「……だから、こちらで保護してほしい。できることなら私の部下も」
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年齢的にも行き遅れに届く、とは本人の言だ。
体力的な衰えは感じないにしても、今後の展望には限界が見える。最近の活動事情から考えて他家によって謀殺されかねない、というくらい微妙な立場にあるらしい。
というのは、あくまで本人の言である。
むしろ、今日まで存続できたことには実家の地位が関係しているだろう。
あるいは愛情か。見栄のための援助が大きすぎたというか、曲がりなりにも騎士団の一部隊を務められてしまっている。国直轄の戦力として小数ながら貢献もあり、既に実家の一声で潰せない状況にあるのだろう。
跡継ぎでないとはいえ、貴族の娘。
引き際を求められているというか、ここらで失態を演じて静かに退場してもらうのが望ましい、と有力者の誰もが考えているかもしれない。
変に王家に気に入られて他家に引き取りを命じられても困る。けれど、勝手に死んでしまっても困るといった具合で、雑務を押し付けている。
まともに戦力を連れないまま遠方に送られた理由もここに含まれているだろう。
とにかく、いずれ解体される予定だった、落ち目の部隊というわけだ。
星降りへの対処も、おそらく厄介払いのための一環に体よく組み込まれたものだ。史実で何度も観測されている現象だから、辺境の住民に困惑があるくらいだと。
辺境への世直し遠足が、まさか国家間の武力衝突になるとは誰も思わない。
自身のこととはいえ国の内情を話すなど、捕虜のわりに油断している。
保護下にある相手に非道な行為をするつもりはないが、こちらに対して楽観すぎる考えだ。
「……あの性分で、収容地区の管理を任せていいか悩む」
「下手をすれば、元国民の不満を一身に浴びる仕事だからな」
原住民を滅ぼす予定もないなら、必ず彼らが生活する場を残す必要がある。
帝国民を受け入れるためには惑星内で優位を保っておく必要があり、敵対国の存在を排除した後の問題も解消しなければならない。
そのための収容地区であり、規模によっては国としての形も作り上げる必要がある。
「所属していた部隊にしても、実家が縁故を送り込んで維持していたみたいだから、いざ管理しろって命じても、見知らぬ相手に上手く命じられるか不安だ」
「悪けりゃ、単なるお飾り部隊か」
「それに近い。武装も標準で間違いなく実戦経験もあるが、部外者を次々入れ込むとなると問題が起きそうな気がする」
「うむ。分からなくもないな」
現地の戦力としては悪くないはずなのだ。
実際、魔術的な素養もあり、惑星の主要民族としてのサンプルに相応しい。魔術的な実験を実戦的に行うなら十分すぎる検体だ。
だが正直、このまま保護しておくには面倒な人材である。
これから多くの原住民を管理していく中、高貴な者を雑に扱うと、相手国の文化を軽視することになり、要らない反感を買う可能性もある。
いっそ解放してしまって、身分の高い他の誰かを新しく誘拐したいくらいだ。
属国にするのが目標であっても、文化を根底から破壊するような行為を好んでいるわけではない。
「……理想的な集団に理想的な構成員か。そう謙遜するなよ。ケンジ。お前はよくやってるよ」
ロバートは、どこかの引用を持ち出して、そう告げる。
「人々をまとめるにも向く向かないがある。現場に求められるのが能力である以上、足りなければ下に付けられることもあるさ。そんなことくらい納得の上だよ。向こうも地位を保証しろとまでは言ってないんだろう?」
「ああ、その通りだ」
「こっちは他国なんだ。それも国交を断って敵対している、な」
どう扱っても最低最悪にはならない。
分かっていても実行するのは気が引けるものだ。自分一人の問題でもない。
「つっても、最初は使用人くらい用意してやれよ。手作業を覚えるにも見本ってヤツは必要だ」
「……そうだな。助かったよ。ロブ」
「俺は優秀だろ。ケンジィ」
「ああ」
業務の定型化も悪い話ではない、か。
最初に苦労するのは事実だが、文化のすり合わせも並行して行える。何より透明性を確保できるのは、以降の管理に大きく影響する。
優秀な個人に押し付けるより安定した方法だ。
落ち着いた頃には実家への連絡くらい許してやれ、との助言付きだった。
できることなら全部ロバートに任せてしまいたいという気持ちも、まあ、ここでは間違いではないだろう。
ロバートは優秀だよ、まったく。
ダディではないが、もっと甘やかしてくれてもいいだぞ。
汚いおっさん仲間の尻を拭くのは拒否するだろうが。
事前に想定していたとはいえ、実物を経験してみると迷いも出る。同じ立場の者がいる安心感は大きい。
「ときに、人型義体の利用申請が許諾されていたんだが、あれはケンジだよな?」
突然切り替わった話題は、帝国の技術に関する利用許可を勝手に三人分申請したことだった。
「ああ。捕虜が結構な身分だから手伝い無しで生活させるのも悪いと思った。それに使用用途があるといっても自分だけ頼むのも悪いからな」
支配地域を広げる上で、人型の体があるとないとでは効率も変わってくる。
必要な事態になれば申請は容易に認可されるはずだが、早めに利用できることに不都合はない。
個人の配給点で多少早められることについては、緊急性と娯楽の違いだ。
任務の計画を提出しているとはいえ、変な事態になって人型義体で惑星を埋められても困るというやつかもしれない。
「貴重な配給点を皆のために使いやがって」
「二人にしても、対話ユニットに種類が増えるのは悪くないだろ?」
「もちろん、見飽きるなんてのは無いが、あえて新鮮さを求めるなら確かに悪くないな。クレアにも人間の不便さを味わってもらいたかったところだ」
酒好きのロバートなら、飲み仲間が欲しいと言うのだろう。
個人的な通信の際には隣に酒を置いていることもある。いつか原住民の町に向かうことがあっても、酔わない護衛として連れ歩くことができる。
「再素材化できるといっても場所を取るのは事実だから、実際に使わなくても構わない。ミアンもそのくらいで受け取ってくれ」
「わかった」
そんな短い話題だ。
「……ところで捕虜になった子は美人か?」
「美人も何も、データベースから容姿は確認できるだろ?」
「そうじゃなくて、ケンジからの感想だよ」
どういった意図の質問だ?
美人だぞ。別の種族だろうと外見の好き好みはある。
少なくとも辺境村で見かけたような者とは、身支度の時間も長いはずだ。
「まあ偏屈でもないし。扱いに困ることはないな」
「おお? 直前の相談とかみ合ってないぞ。ケンジ」
「本人の性格と、今後の任務に適するかは別だ」
「つまり、相性バツグンってやつだな」
「作業の上ではな。……こっちはいつ物理的に首を落とされるか恐々なんだよ」
「美人にナイフは付き物だぞ」
「もういい。捕虜中の私服姿を送ってやるから、そっちで判断してくれ」
「冗談だ。許してくれ」
話題が過ぎると、しばらく声を上げなかった一人を見る。
この時ばかりはロバートも小声になり、要らない話を打ち切って会議を終えた。
10話以降の連載は未定です




