001
眼前、シアンブルーに色付く惑星をながめる。
自分の立つ場所と接しない、彼方の地。広大な宇宙の星々を遠景に、液状の水とそれにより育まれた自然の大地が浮かぶ。
外核の対流による磁気が宇宙放射線を生存可能な程度に減衰させ、陸と海は生命にあふれ、築かれた文明により星の資源は表出した。
恒星の影に落ちても点々と光が灯るのを知っている。
惑星呼称レイレタリア。
そこに住まう者は、空より上に何かがあると知っていても、惑星という概念までは認識していない。
この外周通路から何度も見てきた。
飛翔デブリを防ぐ複層シールドに隔たれ、その先にも大気という隔たりが存在する。この距離感は生涯忘れないだろう。
「もうすぐ、だな」
「ええ」
窓から手を離して隣を見る。
わずかに弧を描く通路は、内側に向けて通路や小部屋が並ぶ。
自分の背丈の半分にもなる窓を片側に設けた空間は、慣れるまで恐怖を強く感じた。窓が外れた場合には、間違いなく宇宙に投げ飛ばされるだろうと。実際、一周の間に隔壁のようなものは設計されておらず、およそ発生しない事態だが、中枢機能が損傷した場合には外周通路の全体が気密を失うことになる。
自分が滞在するエリアも居住区の一角でしかなく、惑星の雲の様子を観察しながら、一方で自分がいる場所の巨大さも理解できる。
見晴らしの良い通路だ。
人は見当たらず、至近距離に、腰丈ほどしかない円柱の筐体が一つ。
こちらへの注目を示す光を円周表面に浮かべる機械がいる。
一言だけの返事は、普段の様子では考えられなかった。
「やっぱり、緊張するか?」
「私の存在意義が問われるものですから、どうしても……。情報閲覧にも関わりますから。”権限不足”と、これまで何度言われたことか」
「こっちも習慣になりつつある」
不満を示すように機体を左右に回す。今は通路のガイドレール上で動いているが、無重力エリアで活動できるよう複数の推進機構も組み込まれている。
驚くべき技術だ。
出会った当初から感情的な言動を見せていたが、それは彼女の”機体情報”を受け取った後でも印象は変わらない。
「全ては、これからの成果次第だ」
「ですねぇ。私の贅沢のためにも、ケンジさんには目一杯働いてもらいますからね」
「そんなことを言っていると、研修生止まりになるぞ」
間延びした悲鳴を上げる機械を横目に、再び星を見つめる。
サテライトステーションから離脱する際には今ある研修生の立場も失う。
同時に特任監視官へと昇格する。
我ながら努力した方だ。
知らない地で知らない学問を学ぶ。今日まで滞在が許され研修課程を通過した要因に、隣にいる機械も多分に含まれている。
「いざ会ってしまうと、君を失望させてしまうかもしれないな」
自分がどれほど劣る存在かも自覚している。
異文明の地に回収され、最初は情報端末を扱うことにも苦労した。研修をこなしていく中でも失敗を重ねており、技術評価は同期の中でも決して優れているとは言えない。
日常会話が可能で、これからの任務をこなすための性能を備えた機械にとって、それは足手まといとしか表せない存在だ。
有機起源か、そうでないか。
それだけの違いによって付き合わされているに等しい。
「ケンジ、心配無用です。私には共同生活を円滑に進めるためのパートナー心理パッケージが搭載されています。日常の言動からある程度、相手の心的傾向を推測できる――」
おそらく、表情を作る機能があれば、こちらへの心配を演じてみせる。それどころか外観上だけでなく、感情的な要素を実際に備えているだろう。
「……私たちが今回の惑星探査を順調に進めることが可能だと信じています」
「嬉しい予測だ」
「何にしても、私の場合、視覚装置は今のこれと大して変わらないので、外見に関しては既に知ったようなものです」
とっくに諦めています、なんて口調の相手だが、こちらだって空間再現で外観については確認している、と内心で告げておく。
「まあ、違いといえば、ツッコミの反応速度が1‰ほど向上するくらいですね」
「全く得にならない対面だよ」
「そこは喜ぶべきでしょう」
次の輸送隊の到着によって、今の遠隔通信による会話も不要になる。
相手は惑星探査機だ。
搭乗するという意味では、当面は一緒に生活するようなものだ。
遠隔という点についての実態も、この基地の処理容量の一部を割り当てられているだけで、同期する際に多少の遅れがあるという程度の話だ。
「定刻通りに到着するんだな?」
「心配しなくとも、もうすぐですよ」
まもなく、製造基地からの長い輸送を終える。
輸送期間については研修初期から知らされていたくらいで、どちらかといえば自分の研修は間に合わせの処遇だ。
こちらは搭乗者なんて身分だが、実際は乗せられるだけの存在である。
活動に関しては惑星探査機が役割の多くを占めており、何しろ相手は機能だけをみれば全ての課題を自律的に達成できる。到着しないことには本格的な活動はできないため、輸送計画の方が主軸になるのは当たり前だ。
お互い、長く待ち望んでいた。
今日までの待遇についても今後の活躍を見込んでのことであり、貢献度に応じてさらなる厚遇も受けられる。生活物資の向上や閲覧権限の追加は、双方の願望である。
「先にドックで待っていようか?」
「どのみち直接接合するわけではありません。お化粧の準備もありますので、気長に構えていてください」
焦らず紳士であれと告げられる。
探査機に自動メンテナンスがあるとしても、一旦は技術者の元で整備を受ける。基地に格納できる大きさでないため整備の工数も多い。物資運搬などドックの日々の利用を思えば、不要な現場待機が邪魔になるのは確実だ。
正式な顔見せの時には、身だしなみを改めておくべきか。
こんな意気込みも長くは続かない性格だが、初対面の印象だけでも良くしておこう。
「”センチエコー”。君に会えるの楽しみにしている」
「私もです。管理者」
君が優れていることを知っている。
再び生を受けた自分が身を捧げるに相応しい相手がいる。
向かう先には、資源に富む植生豊かな大地がある。
だが、眼前の惑星は、自分たちの存在がなくても同じ色を見せただろう。