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黄昏の精霊たち  作者: 松谷若草色
精霊の出奔と出会い
9/17

ノアとエレオノール_広がる世界③

 湯屋(ゆうや)最奥(さいおう)には、ほかとは異なる木材を使用した部分がある。木調(もくちょう)が異なり、かつ色も黒っぽくひときわ目立つ。

 しかし何よりその壁にぽっかりと開いた口。その口はちょうど床から始まり、腰の高さまで。

 まるで壁が途中から始まっている……そうとしか言いようがない。

 湯船(ゆぶね)に向かう者はどうやら、ここに這いこんでいくようだ。

 頭や背中をぶつける者がいるのだろう。布に竿が通されて、入り口に下がっている。


 異様だ。 

 

 確かにこれなら、保温が効くだろうが……ほかにやりようはないのか……そんなことを感じつつエレオノールは手ぬぐいを胸にあてながらその闇を眺めた。

 若い男が二人はい出てきた。

 やはり異様だ。ずんぐりとした小太りの男と、ひょろりと背の高いの男の二人組。思わず羞恥心を感じる。何しろ手ぬぐいで身体をおおったとて、申し訳程度にしか隠れない。けれどもかえって隠す方が気にしているようで無粋な感じがした――

 二人と目が合った。

 「お先に。おう…美人だね」

 片方の男が、エレオノールを一瞥してそう言う。自分に向けて言っているのか独り言なのか微妙なニュアンス。

 「やめとけ、まだ子供じゃねえか。すまんな」

 「あ、ほんとだ。すまねえ。でも嬢ちゃん美人だな」

 もう一人がそれに相槌を打ちつつ、こちらに挨拶をする。 

 「ああ…」と、呆けた返事しか出なかった。

 子どもに間違えられた……

 確かに(ここでは)大人の女性にあって、エレオノールにはないものがある……(胸はあるんだがな)発毛の違いは種族の差だろう……

 二人は何の気もなさそうに、エレオノールの横を通りすぎてく。ぽかんと開いた口がふさがらない。これまでの百三十年の価値観が逆立ちしてしまったようだ。

 「故郷でも、湯はこんな感じなのか?」

 ノアが興味のある様子でたずねてきた。

 「いや……」

 なんというか――

 なんというか。カラリとしている、というのも違う。性的な目線が全くないわけじゃない。

 「みんな、なんか異性の裸体を見慣れているな」

 「そうなんだよな」

 といって、ノアは大きな身体をかがめて、闇の中に入っていった。

 「俺も最初は戸惑ったよ……」

 そうなのか。エレオノールも、しゃがんで後をついて行く。入口に下がった布は濡れており、背中に触って冷やりとした。


 中は真っ暗だった。

 入り口?から差し込んでくるかすかな光を頼りに――しようにも充満した湯気の乱反射に遮られて、何も見えない。

 「よっ」とか「おっ」と声をかけながら、足で探って進むノアのうしろ姿がおぼろげに見える。

 「すまんな――通るぞ」暗がりの中でノアの小声が聞こえる。

 「すまない、通るぞ…」エレオノールも真似しながらついて行く。

 これでは確かに人が座っていても分からないな。

 「はいはい」

 「いるよ」

 すぐに返事が返ってきた。年配の女性の声。

 ノアが立ち止まった気配がある。その場で湯に浸かったようなので、その隣にエレオノールも陣どった。どうやら湯船の底は石でできているのか、つるつると滑らかだ。

 「あの――ノアだよな?」

 不安になって、念のために気配の方に向かってつい聞く。

 「ああ」と、聞きなれた返事があったのでほっとした。

 温かい。

 気持ちが良い。

 真っ暗闇に慣れてくると、宿の一室くらいの広さだということが分かる。じっとしていると耳も慣れてきた。

 まばらに人がいて、めいめい小声で話をしている。暗闇の湯もいいものだな。冷えていた身体に心地よい。無言でノアが脇腹をつついてきた。すかさずつつきかえした。


 興奮した男の子たちが五人くらい、湯にすべり込んでくる。

 歓声とともに盛大なしぶきをあげて向かってくる。

 元気がいいな。

 「おお、うるせえぞ!!」

 年配の男性の声。思わず首をすくめた。

 「うわやべ」「ごめんなさい」「静かに入りやがれ!」

 子供たちは、くすくすと忍び笑いしながら隅の方に行ったようだ。

 「スヴァト怒られた―」「お前もだろうが」「俺ちがうもーん」

 男の子たちはしおらしくするでもなく、小声でしきりに何か言い合っている。

 「バフィトのがはやかったって」「でもスヴァトの、あの大きさで――」

 子どもというのは、どこでもそんなに変わらないな。

 これではまるで――

 「家族みたいだな」

 とノアに言うと暗闇から「んー?そうだな」と、のんびりとした調子の返事が返ってきた。

 ――すごいな。

 うん、すごい。

 暗闇の湯船で、息を吐きながらエレオノールは考える。この湯屋でした体験はきっと忘れられないだろう。森の外にはいろいろなことがあるんだな。

 あと――ほかの男性の裸体を見て、改めて自分がいかにノアの身体を気に入っていたか、とっくりと思い知った。密かに暗闇で顔を赤くして、息をふぅっと吐く。

 湯船からあがって外に出た。

 「ふー、あったまった」

 満足したエレオノールに向けてノアがいう。

 「上がる前に、かけ湯した方が良いぞ、最後にきれいな湯で身体を清めるんだ」

 はーい、と軽い返事して足元に置いておいた自分の手桶を拾ってかけ湯しに行く。まるで娘にもどったような気分だ。どうせなら、最後に髪もきちんとゆすごう…

 考えて、ノアにもらったかんざしを外して髪をおろした。刺激的な体験だった…また――来てもいいな。


 服を着て外套を小脇に抱えて番台にいく。番頭に酒を二人前頼んで、ノアがお勘定済ませた。二階に上がるのにお勘定がいるらしい。そういうものなのか……


 番台の前に二人分の素焼きのコップが並ぶ。酒が入った器も一緒に渡される。

 ノアが器用に両手にたばさんで持った。

 「その酒。匂い、かがせてくれ」

 と、背伸びして酒の匂いをかいでみる。滋味深そうな発酵臭がする。

 「おいおい、こぼれる」というノア。

 「いいな、おいしそうだ」と笑いかけると「食前酒だ」とノアも微笑んだ。

 「それよりそのつまみも一緒に持っていってくれ」

 白い塊に蜜がかかっている。

 「なんだこれ」

 訊くと、ノアはにやりと笑った。

 「食べてからのお楽しみだ」

 階段をあがると、二階はさっきノアが言ったとおり休憩所になっていた。床に敷物が敷いてあり、皆一様に直接座って過ごしている。

 おしゃべりに興じる者。

 何かを読みふけっている者。

 ボードゲームをする者。

 酒を飲むもの。

 風呂でもそうだったが、ここでもみな気楽に過ごしていた。全体的に、熱にさらされた後の特有のけだるさを共有している気がする。

 「なあ、ノア」

 ふと思うところがあって声をかける。

 「わたしの故郷だったら、妻の裸体をほかの男にさらすというのはあまり歓迎されなかったが――」

 歓迎されないというか、ありえない……

 「ああ」

 と、ノアは思案気な声で返事した。大きなクッションが転がっていたところに陣取って座り、肘をもたせかける。表情をうかがうようにして、エレオノールはその横に寄り添うようにして座った。

 「そうだな。俺の故郷でもそうだった」

 考えこむ顔をしていった。――なるほど。つまり、この国……もしくは地域の文化か。

 「百年ここで過ごして、ひとつ腑に落ちたことがある」

 言葉を切って、酒を注ぐノアの手つきを見まもる。

 何やらこの酒は、泡がすごいな……ノアは酒を満たしたコップを渡してきた。モワモワと発泡している。

 受け取って言葉の続きを待っていたが、ノアが目の動きで一口のむように促してくる。

 「すごい泡だな」

 一口つけて見ると、キンと冷たくて火照った身体に心地いい。

 それはいいのだが……なにより感じたことのない刺激がある。

 ――んむ!

 「そのまま呑み込んでみろ」と、ノア。

 目を白黒させながら無理やり飲み下すと、のどへの刺激が痛いくらいだ。

 そして、苦い。

 まず身体の火照りを癒す冷たさ。そしてけだるさに、活力と覚醒をもたらすような刺激と苦み。

 何よりもその刺激を、泡でベールにくるんでやわらげているのがいい。

 「どうだ。ノーザンメイア名物のエールだ」

 「――これは……いいな!!」

 うまい。風呂上りには特にいいのかもしれない。ノアは分かってもらって嬉しそうな顔をしている。

 「エルはなかなかイケるな」

 「ああ、そうみたいだ」

 ノアも一口すすって「んん」とうなっている。

 この男、ノアが歩んできた道を思う。故郷を追われてさすらい、別の価値観の世界と出会い、そしてその中で生きた。そんな人生の中で楽しみを見いだし、泰然自若(たいぜんじじゃく)とした雰囲気をまとうようになったのかもしれないな。

 そんなことを考えていると、さっきの話の続きが始まった。

 「まあ、なんだ。なんというか湯屋で娘の裸を見たところで、心まではつながらんからな……どうせ」

 「ん?」

 「いや……つまり……」

 急に話がみえなくなった。

 「魅力的な妻の裸体を独り占めにしたいという価値観は俺の故郷にもあったが……郷に入っては、だ」

 んん?

 「だから――」

 もどかしそうにノアが続ける。

 「ここでの俺は、エレオノールの心が俺に向いていることの方がずっと重要なんだ。妻の裸を見られたと言っても、あまり重たく捉えない」

 よく見るとノアの顔が赤い。

 ……もしかして、繊細なことをいって恥ずかしがっているのか。

 なんで恥ずかしいのか、わたしには分からないが、とにかくばつが悪そうな気分だけ伝わってきて気まずくなった。

 不意に言われている自分まで妙にこっぱずかしい気分になる。よく分からんが。

 「やめろ。何に照れてるのか分からんが、言うなら照れずに言ってくれ」

 叩くと「すま……すまん」と彼がしどろもどろになった。これじゃ泰然自若は撤回だ。

 「エレオノールの心が俺に向いていることの方が大切なんだ」

 顔が上気してきた。

 「同じことを二回言っただけじゃないか」

 ノアは閉口していた。



 裸体より心か――そうか。

 アルブの価値観……というよりわたしの価値観では。

 心が繋がってから裸を見せるものだと思っていた。だからここで急に価値観が逆立ちしてしまったような気がしたんだな。実際わたしが生まれ育った世界の価値観とは、まったく異なる文化の中にいる。

 わたしの心は、いま、確かにノアを向いている。ノアにとって、それはエレオノールの裸体以上に価値のあることだという。

 自分とノアは百と五百を超した者同士だ。人間族――ノアの言葉で言うヒュムなら『いい年』というのも無理があるような高齢。けれど自分には、今まさに青春がきたような気がする。

 ノアが深く息を吐いて、クッションに身体をしずめた。

 顔を熱くなったのだろう。手で顔をあおいでいる仕草が愛らしい。こんな一面もあるんだな……

 思わず愛しくなって、寄りそった。


 「チーズ、アルブにもあったか?」

 不意にノアが口を開いた。

 「この白いやつ?」

 「うん」

 皿にはスライスされた乳白色の物体が整然と並んでいる。結構量がある。

 「上にかかっているのはカエデ蜜か?」

 小麦色のソースがかかっている。

 「はちみつだ」


 ……得体の知れんものばかりだ。

 「これもうまいのか?」

 「ああ、俺は好きだ」

 言いながらつまんで、ひょいと口に放る。

 エレオノールもそれにならった。


 ――あまい!!

 

 はちみつとやらが、ことのほか甘い。濃厚で滋養のあるものだというのが分かる。本体は独特のフニフニとした触感で、かなり塩がきいている。はちみつの甘さと対をなして、絶妙のバランスを保っている。特筆すべきはスパイスが効いていることだ。この刺激的な香りが、チーズの塩気とはちみつの甘みを、より贅沢に彩っているのだ。

 

 チーズ本体にもクセのある香りがする。燻製してあるのか――?

 

 「うまい!」

 思わず大きな反応をしてしまい、口をおさえた。

 周囲の者がこちらをうかがっているが、もう風呂で顔見知りになった者ばかりだ。チーズを食べたエレオノールの状況を察したのだろう、みな一様にニコニコとしてから、めいめいの相手との会話にもどったのが分かった。

 「んーノア!おいしいものばかりだな」

 そう言ってエールを流し込む。

 クリーミーな泡に包みこまれた刺激的な苦みが、チーズにマッチしている。

 ノアの肩が、忍び笑いで小刻みに震えている。

 「ん?どうした」聞いてみる。

 よく見ると、ノアは少し酔っているのか顔が赤い。風呂上りで血行が良い時に呑む酒は効くからな。

 「エル、俺はお前がますます気に入った」

 そう言って急に肩を組んできた。

 「なんだ急に」

 ノアの心が急に親密に開かれたのを感じて、無性に嬉しくなった。

 「わたしがこれをうまいと感じるのが、そんなにいいのか」

 と問うと、大真面目な顔をして

 「食べたものへの評価が似ていることは、一緒に棲んで暮らすうえでは重要だ」

 と答えた。

 「ふうん」

 なるほど。まあ、一理あるか。――それはそうと酒がうまい。



 「ノアさん」

 

 

 若い男の声。

 さっき番台で私に声をかけてきた若者だ。

 「スコット」ノアは嬉しそうに彼の名を呼ぶ。

 「なんだか盛りあがってますね、ご一緒しても?」

 人懐っこいな。

 「ああ、もちろん。飲んでるか」

 ノアが嬉しそうにしている。スコットは自ら持っている杯を掲げて、ノアの質問に応えた。

 「奥様、本当に綺麗ですね」

 熱っぽい調子でそう言う。

 「そうだろう?」調子の良いノア。

 「ふふ、うらやましい」

 そう言って、杯と杯をぶつけた。ゴッと鈍い音。「お前はハーベナで浮いた話はないのか」そうしてさっそくノアがスコットに話の水を向ける。んー、とうなってスコットは杯をあおってから応える。

 「ないわけじゃありませんが…僕の仕事は危険なので、先があるような関係を築くのは気が引けて」

 そうか……と若干寂しそうにつぶやいて、ノアも合わせるように杯をあおった。

 「ノーザンメイア海軍か……」

 少し沈黙があったので、話の隙間に疑問を投げる。 

 「な、今のハーベナとはなんだ」

 「ああ、この大陸の南端にある港町さ」

 南端……この地の果てか。どんなところだろう。

 「失礼ですがエレオノールさんはどこの生まれの?」


 言うべきなのだろうか。

 「北方大森林から来た白銀色の髪の女」ともなれば、いずれ情報がめぐりめぐってアルブの里にわたしの居所がばれることになるのではないだろうか……

 そうなるとわたしの命もそうだが、ノアまで危険にさらす羽目にるかもしれない。そう思ってノアの方をうかがう。

 ノアはふふふと笑って「魔人の嫁だぞ?普通の出生じゃない」と、冗談めかして言った。

 ああ、とスコットも腑に落ちたような顔をしている。

 「ノアさんの不思議な話は大人から聞かされてきたので、どんなことがあっても不思議じゃないですけど……じゃあ霊界からでもきたんですか」

 ノアはにやりとする「当たらずとも遠からず」まあ、たしかにそうだな…

 「そうですか…詮索してもよければ故郷の話を聞かせてほしいな」

 「そうだな、いずれ機会が来たらこの村のみんなにも話そう」

 と、ノアは重々しく言った。スコットは素直に返事をして続ける。

 「エレオノールさん、ご存知かもしれませんが……ハーベナには北方大陸(ノーザンメイア)辺境伯の城があります」

 「北方大陸……」

 言うと、スコットが面食らった顔をした。エレオノールが自分たちのいる大陸の名も知らないと思ったのだろう。地理に暗すぎると暗に怪訝に思っているのかもしれない。

 「あ……いや、今いるのが北方大陸だというのは理解している」

 ラトランド大公国があるのが南方大陸だからな。秘密をかかえるというのは気が重いな……。

 「もしかしてノアさん…エレオノールさんはこの国の名前も知らないのでは?」

 ああ……とノアは応えた「まあ、俺たちにはあまり関係ないからな」

 「まあそうですよね」とスコットも納得している様子だ。

 「ここはコーネリアス王家の治めるコーネル王国です」

 コーネル王国……というのか。

 「コーネル王国の王都はコーネリアスというところで、モーリス海峡を渡った南方大陸(サザンメイア)にあります。

 今僕たちがいるこの領地はノーザンメイア伯爵が治めています。その方の名がアラン・ポートエリン。まあ、ノーザンメイアのほとんどは大森林のおおわれているんですけどね」

 ノアがお目通りすると言っていたアランという若者の姓はポートエリンだったな。ノーザンメイア辺境伯爵ということだ。

 「なるほど。そうなっていたのか。ありがとう。――ふーん。スコットはノーザンメイア軍に所属しているっていっていたな」

 さっきノアが言っていた。

 「はい。ノーザンメイア伯爵直属の海軍に所属しています。部隊の管轄はモーリス海峡。今は休暇中で、故郷に帰ってきているんです」

 「なるほどな。スコットがアランという若者を紹介してくれるのか」

 ノアの方を見ると、ゆっくりと首を横にふった。

 「アラ……アランってアラン・ポートエリン」

 「そう」

 言うと、スコットが滅相もないと言って慌てて否定する。

 「そんな、僕は領主様とは口をきいたこともありません。あと若者って、エレオノールさんよりも年は上――ノアさん、エレオノールさんも長命種の方ですか」

 ノアは苦笑いしている。

 「ああ、そうだぞ」

 「そうだったんですね」と、スコットもつられて苦笑いした。

 「そうだ、ミカルが言うには今回伯爵が市を視察に来るそうだな」

 ノアが思いだしたように言った。

 「はい――」


 ――ノアとスコットは楽しそうにおしゃべりをしている。

 エレオノールはチーズの燻製と発泡酒を改めて愉しみ、ひとり舌つづみをうった。アルブの食べ物だっておいしいものはいっぱいあるけれど、異国の食べ物にこうもすんなり馴染むものなのか。不思議だな。


 話はいつの間に盛りあがっている。スコットが海軍でどんな生活を送って、どんな女と出会ったのか……近くにすわっていたものを巻きこんでいつの間にか恋愛談議に発展している。

 どうやらスコットは年上の女性にふられたようだった。彼が言うには、命の危険があるのに家庭は持てないということらしい。まあ、それもそうか……

「スコットぉ!そんな根性だとおめぇは一生独り身だぁ」

 スコットの話を聞いて、すぐそばにいた年配の男がスコットににじり寄ってその肩をバンバン叩く。スコットは不満そうに

 「んだことねえっすよ!!」立派に言い返しているじゃないか。

 「ねえ旦那?」と年配の男がノアに同意を求めている。

 「そうだなぁ…」ノアは難しい顔をしている。けど、あれは内心あんまり考えていない顔だ。酔っぱらっている。 

 「じゃあ、おめえの根性見してみろ。いったいどういう了見だ」なおも楽しそうにスコットに絡む年配の男。

 

 ――宴だな。

 

 スコットも言われっぱなしじゃない。

 「そらあ、一生下っ端ってわけにもいかねえんだし、指揮官クラスになったらきちんと家庭を持てると思ってんす」

 「なるほど、いいね。いっちょ前じゃねえか」

 スコットの答えを聞いて嬉しそうに、酒をあおる年配の男。妻と思しき女性も意見する。

 「スコット君は優しいし、口もうまいし、その気になればすぐ結婚する相手は見つかりそうね」

 うーん、とスコットは煮え切らない顔をしている。

 「ね、エレオノールさんはどう思いますか」

 わたし?

 わたしは――

 「だめだ、だめだ。わたしは恋愛のことは分からないぞ、ちっともわからん」

 それはそうだ。初恋がついこの間で、もうその相手と結ばれているのだ。

 「いえ、じゃあ恋愛のことはいいんです。エレオノールさんはどうしてノアさんに決めたんですか」

 「え。そりゃあ、ずっとここにいないかって誘われたから……って、そういう話は簡単にするものじゃないだろう」

 ノアはにやにやとして、エールの入った杯をあおった。

 「ノアさんでもこんな別嬪さん相手には形無しだあ」

 「そりゃあそうだ」

 スコットにそう言われて、ノアはまんざらでもない顔をしている。

 「スコットは指揮官になんのか。おめえがなるっていうなら、きっとなるんだろう。がんばれ。でも待ってられねえ女だっていらあな」

 と言って年配の男が笑って「仕方ねえよ、そういうのは」言いながら自分の皿の干し肉を口に入れた。

 「よけえなお世話ならいいんだが、本当に気に入った女相手には、遠慮してはいけねえよ?例え自分がどんな状況であれ」

 そう言って、男は杯をあおった。


 そんなものかなあ……


 男女のことなんか、本当に分からない。

 それにしてもここは、人と人の距離感がアルブの里とは違う。初対面なのにまるでずっと一緒に過ごしてきた家族のようだ。名前も分からないのに。


 なんだか陽気な所だな。


 宿に戻る道すがら、勢いよくノアの腕に自分の腕を絡めた。少しふらっとしたが、足取りは確かだ。

 「ノアのずっと心にいなよっていう、アレ……アレは心が動いたぞ」

 「そりゃあどうも。遠慮してる場合じゃなかったんでな」

 ふふふ、と二人で笑った。

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