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黄昏の精霊たち  作者: 松谷若草色
精霊の出奔と出会い
6/17

ノアとエレオノール_新婚生活③

 初めてのことだ。

 そういう気持ちも、そういうことをするのも。

 エレオノールはもちろん緊張していた。

 緊張するけれど、さっき風呂でノアにされたことを思い出すと、どうしても違う気分になる。彼の指のゆっくりとなぞる動きが頭から離れない。


 上手だった。


 五百年も生きていればきっといろんな経験をしているのだ。

 「じゃあ続き、しようか」ノアが耳元で囁く。

 胸が高鳴った。


 ノアはベットの方にいって先にブーツを抜いで、上衣(うわぎ)を脱いだ。エレオノールは改めてノアの半身を見る。

 「ノアの身体、きれいだ」

 アルブの里の祭りの宴でも上半身を(はだ)けた男の身体を見たことがある。アルブの蒸し風呂でも男の裸体をそれとなく見たことはある。

 それと比べて、ノアの身体は太く、日に焼けてたくましく、きれいだった。

 「そうか?」とノアは言って頬をかいた。

 それきり、エレオノールはまごついて、次に何をすればいいか分からなくなってしまう。

 「エルも見せてくれ」言われて「おう」と、跳ねあがるように返事をしてブーツを抜いで、ベットに上がりこむ。

 自分の上衣のボタンにも手をかけた。


 暖かくなった部屋でボタンを一つ一つ外して、するりとはだけた。

 まず上半身が下着だけになる。

 エレオノールはやっぱりまだ緊張してきた。

 脱いだ衣類はベットのすぐ横の椅子の背もたれに掛けた。

 蝋燭(ろうそく)のわずかな明かりで、ノアの漆黒の瞳がキラキラとしている。


 自分のズボンに手をかけて、おろした。


 「……どうだ」


 純白の下着に身を包んで、エレオノールはノアの前に膝立ちになった。

 新婚初夜。

 の、リベンジ。

 ノアにはあんな風に茶化されてしまったけれど。

 自分に自信があるわけじゃない。

 「でも女として生まれたからには――」そんな風に思っていた。

 雷公だかなんだか知らないが、それよりも一人の女だ。それを全うしたかった。立派な下着に身を包めば、少しは胸をはって異性の前に立てる……ような気がした。

 「手をどけてくれないか」ノアが言う。

 おずおずと手をどけて、ノアの言う通りにした。彼がごくりと生唾を呑んだのが分かった。


 ノアの目……目がわたしに……釘付けになってる――胸が高鳴る。

 

 「きれいか?」

 「きれいだ」ノアが即答する「――本当に。息を呑むほど」


・・・ 


 正直なことを言えば、エレオノールのあまりの美しさに俺の性欲は霧消(むしょう)した。


 かすかな部屋の光……蝋燭のみの薄暗がり。

 その闇の中に白銀色の長い髪と、碧い瞳が浮かんでいる。美しい顔立ち、白い無垢な肌。すらりと伸びやかな手足、くびれた腰、そしてまさに今からノアを受け止めようとしている女性らしい柔らかいふくらみ。

 薄暗がりに、ただただ真っ白な裸体が浮かんでいる。否が応でも視線を吸い込まれた。この世のものではないようだった。


 もともとこの世のものじゃないのか……精霊だしな――

 停止した思考の脳裏に浮かんだ。俺がどうにかできるものか?本当に?


 しかしエレオノールの自信のない「……どうだ」の声に、あっという間に現実に引き戻された。

 生々しい不安がどっと伝わってきた。

 もっと自信満々でも良さそうなものだ、でもそうじゃないらしい。よくよく見ると純白の下着の上品な装飾部分が、彼女が身じろぎをするたびにキラリ、キラリと輝いている。

 エルの下着は二枚ほど洗ったが、それらとは全然違う。

 「身につけている下着もきれいだな。エルによく似合ってる」

 そう言うと、エルはいかにも嬉しそうに、身体をくねらせた。

 その仕草がいじらしく、愛おしかった。彼女の心意気にこたえなければいけない。

 おもわず初夜のことをからかったのは悪いことをしたと思った。

 「おいで」と声をかけると、音もなく腕の中にすべり込んでくる。

 ふたたび、下半身に衝動がかえってくる。彼女の身体はすっかり火照っていた。ビスチェを丁寧に脱がせると、美しい胸があらわになった。

 「きれいだよ、エル」

 言うと、声にならない甘いため息で返事をしてくる。

 手のひらで腹をなぞり、胸を指でなぞった。

 


 そのまま明け方まで、たっぷりとエルを愛した。



 ひとねむりした翌朝、エルが大騒ぎしていた。

 「わー!ノア……なんか……わー!まだノアが入っているみたいだぞ!?」

 言いながら毛布を体にまとって、こちらを向いて苦笑いしている。

 「なん……なんだこれ?足が震える」

 「まあ、明日には治るよ」

 暖炉に火を入れて湯を沸かしながら言う。

 「え、治るのか!?一生このままかと思った」

 そんなわけがない。

 「このまま慣れていくのかと思った」

 「ははは、なんだそりゃ。どういう発想だ。もしそうなら、冥利に尽きるな」

 意表を突かれてツボに入ってしまった。

 「だろ、わたしも戸惑ったけど、考えてみると悪くない」

 順応するのか…… 

 俺はベットにへたり込んだエレオノールの横に座った。

 「大丈夫か、痛くない?」

 「痛くない、それより……なあ」

 と身体を預けてくる。

 「なに」

 「ねえ」と、エレオノールは甘えた声を出した。

 

 ――またしたい。

 エルが耳元で囁いた。


 「まだ、だめだ」

 「えーなんで」

 「破瓜(はか)したばかりだろう。今日一日は我慢だ」

 「乙女に恥をかかせるのか」

 口をとがらせて不満を主張してくる。

 「何言ってんだ。俺だって我慢するんだぞ」

 まだ不満げな表情だ。――そうだな。覚えたての時のことは、俺の記憶にもある。

 「じゃあな――」

 「じゃあ?」

 

 「昨日のはしたないの、好きか?」

 エルは顔を赤くして応えた。

 「好きだ」

 「あれならしてあげよう」

 そういうと、エルは妖しい顔で笑った。


 その日はほとんど一日中ベッドにいた。


・・・


 ノアに何か教えてもらうたびにエレオノールの胸の(うち)には色々な喜びがわいた。

 まずは新しいことを知る喜び。自分の目で森の外の世界を見ることが出来て良かったし、自分が閉じた世界にいたんだとしみじみと思い知った。

 そして伴侶となったノアの知恵の深さが頼もしく、無性に嬉しい。何かにつけて自分は本当にいい男に見染められたと実感した。

 ノアはなんでも優しく手ほどきしてくれる。

 

 料理を教えてもらった。

 無論エレオノールは料理ができないわけじゃない。それどころか、一通りのことはできる。彼女は一人前のアルブ族であり、戦士だ。

 森で生き抜く知恵は一通り身につけている。猟や罠、採集から調理にいたるまでの知恵。

 何日も獲物を追ったり、野宿でもぐっすりと眠れる方法や、迷わずに移動する術など……なによりエレオノールの場合はどんな魔物に襲われてもほとんど苦にならなかった。

 かなり獰猛(どうもう)な魔物でも、精霊魔術があればほとんど問題にならない。


 ――しかし「森の中では」という(ただ)し書きがつく。


 「煮炊きは暖炉でするだけじゃないんだな」

 この小屋には炊事(すいじ)専用にかまどがある。

 「うん、夏に暖炉は使わないし」と、なんでもない様子でノアが応える。

 「そうだな」

 それもそうだが、大きさの割に機能がつまった小屋だと思う。

 「使ってるところ、見てみたい?」

 「……見たい」

 そう言うと、ノアは火消し壷から炭の燃えさしを火箸でとりだしてかまどに放りこんだ。

 「せっかくかまどに火を入れるしな。油を多めに使う料理をやってみよう」


 食材、調理方法、調理器具……エレオノールの知っているものと少しずつ違った。

 豆や香草はいくらか知っているものもあるし、香辛料はラトランドとの交易もあったのでエレオノールが知っているものも案外多かった。

 しかしマナハトウで()れるような魚介類、そして木の実がここにはない。

 代わりにトウモロコシや瓜、小麦やこの辺で採集したもの――例えばこの間のきのこ、などがある。

 また、調味料も知らないものがあった。そんなわけでノアが先生となって、エレオノールに色々と教えてくれた。

 

 逆にエレオノールがノアに手ほどきすることもあった。


 一緒に暮らし始めて一か月くらいのころ。

 風がなく穏やかな日にノアの案内で、裏手のクリークに出て釣りをした。釣り糸を垂らしながら川を(さかのぼ)っていくと、少しだけひらけた水場に出た。

 程よく広くなっていて流れがゆるみ、深さもあってなかなかいい。

 「なかなかいいだろ?」

 「いいな」言いながら石をひっくり返して捕まえた川虫を餌に、エレオノールは黙々と釣りをしていた。

 見晴らしがよく、穏やかな水場だ。 

 実は釣りならエレオノールにも心得がある。この日は密かにノアに良いところを見せようと、彼女はけっこう張り切った。

 「エル、やるな――」

 エレオノールが早々に三尾ほど釣り上げているのをみて、ノアを驚かせることが出来た。

 いつも教えてもらってばかりだったから大得意になる。

 「一人前のアルブなら誰でもできる。わたしだってまだこんなにちっちゃい頃から魚を釣ってきたんだ」

 と、胸を張りながら自分の腰のあたりに手をかざして説明した。


 「そうだノア、じゃあ水音焼でもやるか」

 「みずおとやき?」

 「うん、水音焼。うまいぞ。あ、ノア、塩あるか」

 問いかけに、面白そうだという表情のノア。

 「ああ、あるぞ」ノアも竿を引きあげて、エレオノールの方に近寄ってくる。

 「よし、じゃあご馳走を作るぞ」

 と言って地面に、釣った魚が三尾ほど入る程度の大きさの円を描いて、指くらいの深さに掘った。

 「ちょっと葉っぱをとってくるから、ノアは薪を集めてくれないか」

 目星をつけておいた場所までいって、大きなフキの葉をたっぷり摘んで戻ると、ノアも薪を一山作っていた。もっとも薪は森から流れてきた流木がそこら中にある。

 「これくらいあればいいか?」薪を指さしてノアが聞く。

 「ああ、充分だ」

 

 まずは掘った穴に、ふきの葉っぱを何枚も敷きつめた。

 さしずめこれが鍋。

 釣った魚――はっきりとしたパーマークが美しい、エレオノールが知っている魚の亜種だろう――に、塩をたっぷりとすり込んで、葉っぱの上に並べた。

 興味深そうにしげしげとノアが見ている。

 「やったことあるか?」訊くと「いや、ないな」とあごに指をあてて応えた。

 じゃあ、アルブの文化なのかもしれない。

 魚の上にもふきの葉を敷き詰めて、上から砂をかける。たてに小指を立てたくらいの厚みだ。

 砂の上に、ノアの集めた薪とその辺の枯草を敷いた。

 さっそく火をつける。

 「さて、あとは小一時間この上でたき火をしていればできる」

 「へー。楽しみだな」とノアは微笑んだ。

 炎が順調に育っていくのを二人で眺めた。

 「なんで水音焼なんだ」

 「さあ……わからん。でもこうやって川の横で水音を聞きながら作るからじゃないのか」

 クリークのせせらぎ、岩と岩のあいだに水がもぐりこむ音、遠くで鷹が鳴く声……

 「なかなか風流なんだな。アルブも」

 「そうだぞ。いつも精霊の声に耳を傾けて共に生きているんだ」

 作った火を絶やさないよう、ノアの拾ってきてくれた薪をどんどんと足した。


 焚火をしながら、持ってきた小鍋でニグスリノの茶を淹れた。


 火を眺めているとノアが思いだしたように訊いてきた。

 「アルブにも結婚や血縁と言う考えはあるのか?」

 「あるぞ」

 「誰が誰の子供で――と言うようなことか」

 「そうだ。誰それの息子、娘というようにな。一族の名前もある」

 訊きながら、ノアは小鍋から湯呑に茶を注いでエレオノールに渡す。

 「――ありがとう。私の一族はシェーンベリといって、アイディヨキ(母なる川)の中州の島に棲んでいる」

 ノアはふーん、と言って川の方を見ていた。

 「他の地域の一族と結ばれる事はあるのか」

 「ん?あるぞ。一族の中での婚姻が多いが、時にはよそに嫁いでいくこともある」

 「なるほど」

 ノアは物思いにふけっている。

 顔を上げると、荒野のむこうに森が見えて遠くに山が見える。

 風がない穏やかな日だ。

 「今日はいい日和だなあ」エレオノールは、何の気なしに呟いた。

 「ん?うん、そうだな」

 何か別のことに気を取られていたようだ。

 「エル、今度村に出かけてみよう」

 村、というと以前話してくれた近くのタリオという村のことか。

 「そろそろ市も立つしな。賑やかで楽しいぞ」

 「市か、それは楽しそうだ」

 思わず声も弾む。

 市場ではきっとこの周辺地域のいろいろな特産品を見物できるんだろう。楽しそうだ。

 だが――

 「ノア、わたしは金をほとんど持っていないぞ?」

 アルブの中であれば、それはほとんど問題にならない。アルブの交易は物々交換で十分成り立つ素朴なものだったからだ。

 しかし他の地域と交易していたため、よそでは金銭を介して交易がなされるという知識だけはあった。里を出る際、それが脳裏をよぎったが、その時になったら考えようと思って先延ばしにしていたことだった。

 「ん?そんなことは問題ないさ。俺は金があるからな」

 「いいのか?」

 「当たり前だろう。エルは俺の妻だからな。いやな、それより俺とエルの場合はどうなんだろうと思ってな」

 わたしたちの場合は…?

 「エルは、俺に嫁いだということになるな。やっぱり俺の氏になるということか。エレオノール・ローム……」

 「ま、そういうことなるな」


 ――エレオノール・ローム――


 口の中で呟いてみる。悪くない。改めてノアの妻になったのだ、という実感がわいた気がした。


 小一時間たき火を続けた。そろそろ魚が仕上がっているはずだ。まだ細々と燃えていた火に砂をかけて消火して、丁寧に砂をどける。

 フキの葉が見えてきた。

 「細工は流流(りゅうりゅう)、とくと仕上げを御覧(ごろう)じろ」

 黄色く変色したふきの葉を一枚いちまい取りのぞいていくと、火の通った魚があらわれた。

 「ははは、名調子だな。どれどれ」とノアは笑っている。

 エレオノールも笑った。

 余らせておいたふきの葉で魚をくるんで渡すと、ノアが鼻を近づけて香りをかいでいる。

 「干し草のような香りがするんだな」

 ふきにくるまれて蒸し焼きにされた魚は、甘酸っぱいような干し草のような香りがする。

 「うん。味はどうだろう」

 早速味見してみる。

 ふきの葉の甘酸っぱい香りが鼻孔をくすぐりながら抜けていく。塩加減もよく、淡泊な魚の甘味と旨味が絶妙だ。いいぞ、この魚うまいな。

 「ん、うまい。ノアはどうだ?」

 魚にかぶりついたノアに感想を訊く。

 「ふきの葉の匂いが魚にうつって、生臭さが消えている。うまいな……良いぞ。エル、良いことを教えてもらった」

 「ヘヘ。アルブもなかなかなものだろう」

 得意げなエレオノールのことをノアも笑顔で褒めてくれた。

 「たいしたものだ」と。

 

 二人で黙々と魚を味わった。この川の精霊の息吹を感じた。

 「タリオにいったら、いくつか衣類を見繕おう」

 またポツリとノアが言う。

 「うん」楽しみだ。



 ノアと一緒に暮らし始めて良かったこと。

 なによりアレが良かった。

 夜となく昼となくノアにねだった。

 

 ずっと二人きりだったから、エレオノールはところをかまわずノアにねだった。

 ベットの中で、岩場の陰で、風呂の東屋で、木立の横で、――川のほとりで。

 いつもノアは()()()()()()()()()()()()

 

 アレはエレオノールがなんとなく想像していたようなものじゃなかった。

 もっとずっと直接的な快楽だったし、想像していたよりも生っぽかったし、慈愛に満ちていたし、最初は恥ずかったけれど、この上なく甘えた気持ちになったし、なによりも興奮した。

 いつもノアは時間をかけて丁寧にエレオノールのことを愛してくれた。

初夜の部分(R-18)は別サイト「ハーメルンSS」に記載。

https://syosetu.org/novel/277506/2.html

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